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月影花風《げつえいかふう》  作者: セリーネス
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始まり4

朝の仕事の後、兄さんは毎日僕を連れて川や野山に行き釣りをしたり罠の作り方や仕掛け方を教えてくれた。

そしていざ獲物が狩れると、今度はその動物に適した捌き方や毛皮のなめし方も教えてくれた。

僕は、兄さんの的確で解りやすい教え方のおかげでたった数日で一人でもウサギを捌ける様になれた。

妹が終業式を迎え長期休暇に入ると、今度は母さんが妹と僕を連れて森に入り薬となる植物を教えてくれた。小さな頃から兄さんや姉さんと一緒に薬草詰みを手伝っていたので、それなりに詳しいつもりでいたけれど生えている場所や採取した季節や時間帯の違いで同じ薬草でも効能に差が出る事や種子や木の皮も薬になる事までは知らなくて驚かされる。更に母さんは、薬草でも扱い方を間違えば毒に変わってしまう物や逆に毒草が扱い方一つで薬になる事を教えてくれた。

姉さんは、採寸後からずっと店番の合間や寝る前に色々と裁縫をしている。たまに柄の好みを聞かれたり、デザインを描いたスケッチブックを見せられては「どっちが良い!?」って聞かれるけれど、僕には違いが良く判らなかった。行くのは僕なのに何故か姉さんの方が興奮していて、王都で流行っているファッションを本屋で情報誌を買ってきて見てはそれを基に更にあれこれ作ろうとしている。

僕としては、もう少しひらひらの少ないシンプルなシャツが良いなぁって思っていたけれど、せっかく姉さんが嬉々として作り続けてくれているので、言えない。すると、父さんがある日の夕食の時に「流行りと言う物はいつか廃れる。今流行っている物を作って持って行っても向こうで流行っていなかったらどうするんだ?」とボソリと呟いた。それを聞いた姉さんは、落ち着きを取り戻して翌日から縫うシャツはとてもシンプルなデザインになった。


テルトー村にも短い夏が本格的に到来し、宿も連日満室になる。毎朝目の回る忙しさだけど、今度は父さんが仕事の合間に乗馬や馬車の御し方を教えてくれ出した。


「どんな馬もどんな馬車も扱い方の基本は一緒だ。覚えて身に付いておけば、この先困らないぞ」


「はい!」


僕は、一遍に二つも覚えられる様になるだろうか?と不安だったけど、乗馬が出来る様になると馬の動きや気持ちが何となく解る様になり、馬車の御し方は不思議と簡単に覚える事が出来た。

どちらも一通り基本が身に付き、乗りこなせる様になると今度は剣の扱い方を教えてくれる事になった。

父さんが今でも現役の冒険者に負けない程の剣の使い手なのは、冒険者になる前に剣術を徹底的に祖父から教え込まれたおかげなのよ。と父さんから剣術を習うんだ♪と母さんに僕が話したら、母さんはニコニコと父さん話しをしてくれた。

竜人の曾祖父は、クシュマルレミクスの元騎士。そして、他国にもその存在が知れ渡る程の剣の使い手なのだそうだ。

子供の僕に合わせた剣を父さんは用意してくれていて、握り方から始まり振り方、そして足捌きの基本を教わる。


……だけど、僕は剣の扱い方を教わって行けば行く程剣が怖いと思う様になっていった。


「……ねぇ、父さん」


「どうした?」


剣術を習い始めてから3日目、僕は休憩の時に父さんに剣が怖いと感じる。と今の正直な思いを告げた。


「どう怖いと感じるんだい?」


父さんはそんな僕を見て軽く目を見開いたけど、優しく問い掛けてくれた。

僕は、兄さんとの狩りで初めて獲物を仕留めた時の事を話す。


「罠は、僕が作って仕掛けたんだ。初めは全然駄目だったけど、何回目かの時にウサギが掛かってくれたんだ。僕は初めて成功したから凄く嬉しかった。だけど、食べる為に捕まえたから殺して捌かないとならないよって兄さんに言われて…。でも、僕には可哀想で出来なかったんだ。そうしたら、兄さんは怒らずにウサギが苦しまない方法の殺し方を僕に教えてくれながらやってみせてくれたんだ。隣で見ていただけだったけど、僕はその時に命を頂くってどういう事か生まれて初めて考えたんだ」


今までは、命の事も生き物を食べるとはどういう事かどこか漠然としたものでしか感じていなかった。だけど息絶えるウサギを見て殺すという行為とはどういうものか初めて自覚をし、そして命の有り難さを強く感じた。

剣は自分の命を脅かす者から守る為にある物でもあるけれど、殺す為に作られた物でもある。そして扱い方を誤れば、守りたい者の命を奪ってしまう物でもある。だからこそ、僕は剣が怖くなった。と、自分の思っていた事を上手く父さんに説明出来る自信は無い中で、一生懸命言葉を紡ぐ。

そんな僕の話をずっと黙って聞いていた父さんは、僕が話し終わり口を閉じると一つ深い溜め息を吐いた。


『臆病者って呆れられちゃったかな…』


溜め息を吐いた後、何も言わず父さんは俯いていた。そして少しして、ゆっくりと顔を上げた父さんが呟く。


「お前は凄いな…」


「え?」


瞬き一つせず、父さんは僕を見つめる。


「俺もお前位の頃にじい様から剣を教えてもらい始めたけど、切れ味の良さに感動してただ切る事にばかり夢中になっていた。だから、初めは命の事なんて全く考えもしなかった。………グヴァイ、お前の感じている剣への恐怖心は正しい反応だ。剣を……武器を扱う者にとってその心は絶対に忘れてはいけないものなんだ」


「……そうなの?」


「あぁ」


父さんは頷き、この世の全ての武器は、殺傷する為に作られた。だが、殺す事を目的に武器を扱うのはとんだ愚か者がする事。武器を持つ者は、殺す事に慣れても溺れてもならない。武器とは自分の命を守る為、大切な者を守る為にだけ存在する。と教えてくれた。

僕は父さんの言葉のおかげでただ怖かった剣と向き合える様になった。そして、決して誤った使い手にはなるまい。と心に誓う。

剣の基礎を学び始めてから数日が経ったある日、僕宛に郵便物が届く。


それは、王都の学舎・ソイルヴェイユからだった。


父さんが、卒業式の翌日には入学の手続きを行ってくれていたのだ。正式に入学を認める旨が書かれた書類や両親宛の書類と共に、入学案内書が同封されていた。学舎の事や寮の事が記載されていて、持って行く必要がある物が判りとても助かる。


『……あと、2週間なんだ』


カレンダーを見て、印した出発するまでの日がもう間近だと気付く。

大きな荷物は来週の頭に送る。有り難い事に父さんの知り合いの商隊が隣町を通り王都へ向かうそうなので、一緒に運んで貰える事になったのだ。

そして、再来週に僕は王都へ出発する。その事に改めて気付き、僕は少しだけ切ない気持ちになった。

込み上げそうになる涙を我慢する為に、僕はノートを開いた。今日まで兄さん、母さん、そして父さんから教わった事は全てノートに書き留めて来た。けど、改めて読み返して僕は気付く。全部命を守る為の事をみんな教えてくれていた。


『あ、駄目だ。また涙が……』


「あれ?まだ起きていたのか?早く寝ないと起きるのが辛くなるぞ」


「!?」


瞬きをしたら、零れ落ちそうな程目に溜まってしまった涙に困っていた所に宿屋の厨房の手伝いを終えてお風呂から上がった兄さんが、部屋に戻ってきた。声を掛けられた事で驚いた僕の涙は引っ込んでくれて内心ホッとする。そして壁の時計を見れば、なんと深夜間近だった。


「ホントだ。ごめんなさい。ちょっと考え事してて…。もう寝るよっ」


「……どうした?泣いているじゃないか。……また誰かに何か言われてしまったのか?」


だけど、少し声に涙が混じってしまい掠れた所為で兄さんには誤魔化せなかった。

大股で僕の直ぐ目の前に立った兄さんは、軽く僕の顎を持ち上げ、じいっと僕の顔を覗き込む。引っ込んだと思っていた涙がまだ目の端に溜まっていた様で、瞬きした瞬間に流れ落ちる。

それを見た兄さんは一瞬険しい顔付きになり、窓の外を睨む。

僕は慌ててパジャマの裾で顔を拭って首を横に振った。


「ち、違うから!……その、出発まであと2週間なんだなぁってつい思っちゃったのと、みんなが教えてくれた事を書き留めたノートを読み返したら、凄く大切な事を教えてくれていたんだなぁって判って……」


「そうだな、もう2週間後なんだな…」


焦った僕は、みんなから沢山愛されていて大切に思われている事に気が付いた事とそんなみんなともうすぐ離れる事に寂しさを感じて思わず涙が出てしまった事をバラしてしまった。

うっかり正直に言ってしまい、恥ずかしくて居たたまれなくなっている僕に、兄さんはただ優しく微笑み、頭を撫でる。


「荷造りは大丈夫か?」


「うん。姉さんが、明後日には全部縫い揃うからそれから荷造りを始めてって言ってた。足りない物は週末の市で買ってくれるって母さんも言ってたから大丈夫だよ」


「そっか、それなら安心だな。……さあ、もう寝ような」


「はい」


兄さんに促され、僕は机の灯りを消して自分のベッドに潜り込む。僕がきちんと毛布を肩まで掛けるのを見てから兄さんも隣の自分のベッドに入った。


「おやすみなさい、兄さん」


「あぁ、おやすみ」




※※※※※※※※※※※※※※※※※




週が明け僕の荷造りも無事に済み、父さんと商隊に預けに向かう。

商隊の隊長は父さんの知り合いで、年に数回は会って飲む仲らしく僕の荷物を快く預かってくれた。そして僕が入寮する日に合わせて荷物を届けてくれると約束してくれて、その後は久々の再会に話が盛り上がって行くので同じ商隊の人達も交えての賑やかな昼食会となった。

この街を出たら数日は野宿になるそうで、みんなお店のメニューを全て網羅する勢いで注文していくにも関わらずテーブルに運ばれて来た料理のお皿の中味はどんどん空になっていく。

その速さにビックリして、僕が自分のご飯を食べるのを忘れ固まっていると、同じテーブルの隊長さん、副隊長さん、そして父さんから笑われてしまった。

王都に店を構える様な大きく有名な商隊でも中身はこんな奴等ばかりなんだよ!と隊長さんが豪快に笑い飛ばす。

「食いっぱぐれるぞ」とまだ楽し気に笑いながら父さんが僕の皿に料理を取り分けてくれる中で、父さんと僕は隊長から困った話を聞いてきた。


それは……


「来週から王都への街道を使えないってどういう事!?」


夕食時、母さんが驚いて珍しく大声を出す。

王都を中心に東西南北に主街道があり、それ等は全て隣国の国境と繋がっている。テルトー村を走る街道はその主街道から少し外れた別となるが、隣街を抜けて南下すれば北の獣人族の国境と続く主街道に出る。

その街道が今週末から封鎖される事になったと突然決まってしまったのだ。


「……来週、獣人族の王族がサーヴラーに来る。そして様々な対策上、許可を得ている者以外の飛行・通行は王族が帰られる迄出来ないそうだ」


「帰られる迄って、一体いつまで…?」


「……一月後だそうだ」


「そんなっ…!」


昨日の夕食時に、どう王都へ向かおうか話し合って決めたばかりだった。繁忙期の為、父さんも母さんも宿屋を空けられない。だからと言って僕1人で旅立たせる訳にも行かないので、兄さんが同行してくれる事になった。歩けば2週間近くは掛かるけれど、飛行なら子供の僕の力でも4~5日程で着けるらしい。旅費を抑える為に野宿をしながらの旅になるけど、兄さんと一緒に行けるのが嬉しくて昨夜はワクワクして中々寝付けなかった。

だけど、事態が変わり王族が帰られるのを待ってからの出発では僕の入学に間に合わない。父さんの話を聞いていた全員が絶句する。


「…許可を得ている者ってどんな人達なの?」


姉さんの質問にみんなで父さんを見る。


「騎士、街道警備隊、王都に店を構える一部の商人達、それから上位ランクの冒険者。…後は配達員達だったと思う」


「配達員!……今ちょうどワヤンが帰ってきているわ!ねぇ、そうよね?兄さん!」


姉さんの言うワヤン事ワヤンドゥカさんとは、兄さんの幼馴染みで学舎を卒業した後は隣街で配達員の仕事に就いた。そして、去年から配達場所が王都近隣になり、今は夏の休暇で村に帰ってきているのだそうだ。


「…配達員が子供を連れて街道を飛んで良いのか判らないが、明日聞いてみるか」


翌日、仕事が一段落した所で兄さんは僕を連れてワヤンドゥカさん宅を訪れた。


「ギドゥカ!久しぶりだな!元気だったか?」


「俺は変わらずだよ。ワヤンこそ元気だったか?」


まあ、上がれよ♪とワヤンドゥカさんは笑顔で僕達を招き入れる。


「母さんは兄さん達と牧場に行っているから今居ないんだ」


「そうか、突然訪ねて悪いな」


「何言ってんだよ。お前ならいつだって構わないさ」


リビングのソファを勧められ、兄さんと一緒に座るとワヤンドゥカさんはキッチンから冷たいテフ茶を持ってきてくれた。


「グヴァイもおっきくなったなぁ!卒業式で推薦状を貰ったって母さんから聞いたぞ♪…さすがお前の弟だよなぁ」


「実は、その事でお前に相談したい事があるんだ」


兄さんは、ワヤンドゥカさんに僕の進学と街道封鎖の件を話す。


「……そっかぁ、うちの村からとうとうソイルヴェイユへ上がる子が出るんだなぁ。まあ、俺は最初の子はお前だと思っていたけどな」


「俺は村に居たかったから良いんだよ」


「話は解ったけど。すまん。…俺ではグヴァイを連れて街道は飛べないんだ」


王都で仕事をしているだけあって、今回の件は彼も知っていた。たしかに許可証を彼は持っていたが、まだ王都の勤務になって一年半なのでランクが一番下の自分自身のみ使用可能の物しか出ていないのだそうだ。


「そうか」


「力になれなくて本当にすまんっ」


僕達の向かい側に座るワヤンさんは深々と頭を下げる。


「…いや、俺の方こそ悪かった」


「グヴァイ、ごめんな」


「そんなっ!謝らないで下さい!ワヤンドゥカさんが悪い訳じゃないじゃないですか!」


「良い子だなぁ~」


俺もこんな弟が欲しい!と言いながら、ワヤンさんは僕の頭をグリグリと撫でる。彼には兄はいるが弟はいないのだ。だから、まだワヤンさんが隣街に居た頃はよく兄さんと2人で僕やケルンと遊んで可愛がってくれた。ワヤンドゥカさんに兄さんは苦笑しながらソファから立ち上がり、玄関へ向かう。


「またな、ワヤン」


「あぁ!風祭りは一緒に回ろうぜ!」


「あぁ!」


兄さんは、またな!と手を降りながらワヤンドゥカさんと別れ、宿屋へ戻る。

だけど、暫くして道を歩きながら兄さんは腕を組む。


「さて、どうしたもんかな…」

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