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月影花風《げつえいかふう》  作者: セリーネス
1/16

始まり1

「グヴァ~イ?」


「は~い!起きてるよ~!」


階下の姉さんからの声に返事をしながら僕はベッドを降りる。

マーツルンド家の朝は早くて忙しい。何故なら、我が家は冒険者向けの宿屋兼道具屋を営んでいるからだ。

父さんは、夜明け前から起き出してお客さんの朝ご飯を作り出す。

母さんは、夜明けと共に起き出して朝一で出発するお客さんを起こして回る。兄さんと姉さんは、母さんと同じ時間帯に起き出して父さんが作った朝ご飯をお弁当箱に詰めて出発して行くお客さんに手渡していく。

僕達兄弟は、朝一に出発するお客さん達の事を“第一陣”とこっそり呼んでいるんだけど、その第一陣が出発し終えるまではちょっとした戦争の様に慌ただしい。

僕は第一陣が出発し出す頃に起き出して着替え、部屋の窓を開けてベッドメイキングを済ます。

次に廊下を挟んだ向かいの部屋で寝ている妹を起こす。まだ小さい妹は、一度声を掛けたぐらいでは中々起きてくれないから大変だ。

先ず毛布を剥がしたら抱き上げて文机の椅子に座らせ、まだ寝惚けてぼんやりとしている妹の顔を濡れたタオルで優しく拭う。だいたいはこれで目を覚ましてくれるので、続いて姉さんが用意しておいてくれた服に着替えさせ、生まれてからまだ一度も切っていない腰まである長い髪を梳かして二つに別けて三つ編みを作り仕上げる。

兄さんと姉さんから教わり、この一年間僕が妹の髪を整えて来たので他にも色々な髪型を作ってあげられるけど、妹の最近のお気に入りはこの髪型だ。

妹の支度が済んだらこっちの部屋の窓も開けて、空気の入れ換えをしながら妹のベッドメイキング。

みんな忙しいから、僕は自分で出来る事はなるべくやる様にしている。片手に僕と妹が着ていたパジャマを入れたカゴを持ち、反対側の手で妹の手を引いて階下へ降りる。洗濯カゴにパジャマを移したら道具屋の開店準備をしている母さんの所に妹を連れて行く。これが僕の毎朝の日課だ。

その後は洗面所で顔を洗い、家族専用のダイニングに移動。第一陣にお弁当を手渡し終えた姉さんが、今度は僕達兄弟全員分の朝ご飯を作ってくれているのでお手伝いをする。


「おはよう。ミトゥルカ姉さん」


「おはよう、グヴァイ!」


僕は、姉さんが作ってよそっておいてくれた朝ご飯のスファン(牛乳粥)と果物の盛り合わせ、そしてカトラリーをテーブルに並べていく。並べ終える頃に父さんの手伝いをしていた兄さんとその兄さんに抱っこをされた妹がダイニングに入ってきた。


「おはよう、グヴァイ」


「おはよう、兄さん!」


全員席に着いたら「いただきます」。

宿の食堂で朝ご飯をお客さんに用意しながら父さんと母さんはそのまま向こうで自分達も食べる。だから、兄さん達は下の僕達が寂しくない様に朝ご飯は兄弟揃って食べようって決めてくれた優しい決まり事だ。


「ごちそうさま~!」


「さま~!」


食べ終わった僕と妹は食器を流しに置いて洗面所で歯を磨く。


「グヴァイ!式服、椅子に掛けておいたからね~」


「うん、わかった~。ありがとう、姉さん!」


「式には俺とミトゥルカが先に行くけど、後から父さん達も行けるって言っていたぞ」


「え~!?…いいよ!恥ずかしいよ!」


今日は学舎の卒業式だ。家族全員が卒業式を見に来るなんてうちぐらいじゃないだろうか?仲良しで大好きな家族だけど、なんか恥ずかしいとも僕は思ってしまう。


「何言ってんの!卒業生代表に選ばれた自慢の弟なのよ!その晴れ舞台をみんなで見なくてどうするのよ♪」


「そんな大層なものじゃないよ~?」


兄さんのお下がりの卒業式用の服に着替えながら、僕は姉さんの言葉に照れた。


「チリュカは、兄ちゃにお花を沢山かけてあげるね!」


1学年下の生徒達が作る花のアーチをくぐりながら、卒業生は講堂へ入る。その際に更に下の生徒達は花カゴの中の花びらを卒業生達に降り撒くのだ。


「ありがとう、チリュカ♪……じゃあ、行ってきま~す!」


「ま~す♪」


兄さんと姉さんの頬に挨拶の口付けをして、僕は妹と手を繋いで家を出た。

学舎は隣町にあって、途中学舎に通う他の子達と合流しながら僕達は約一時間かけて歩いて行く。

3才から5年間毎日通った通学路は、途中魔物や追い剥ぎも出る。でも、道々に街道警備隊の人達や魔物を狩る冒険者達が居てくれるから幸い僕は一度も怖い思いはしなかった。

本当は飛んで行く方が早いし楽なんだけど、学舎を卒業するまでは子供だけの飛行は禁止されている。きちんと自分の手足を使って成長する事が大切なんだ、と学舎の先生が言っていた。実際、飛ぶ事ばかりして歩く事を疎かにしていた人が脚の筋力が落ちて歩けなくなったって冒険者が持っていた新聞に載っていた。それを読んで、手足を使う事は大切なんだって僕は改めて思ったっけ。


「なあ、グヴァイ」


「ん?」


隣を歩く武器屋の息子、ケルンタスヤルが話し掛けてきた。


「もし、学長から推薦状を貰えたらグヴァイは王都へ行くのか?」


推薦状とは、王都の高等学舎・ソイルヴェイユ行きを推薦してくれる物だ。王都以外にも高等学舎は有るけど、ソイルヴェイユだけは学長の推薦状が無いと入学願書を送れない。

初等学舎を卒業後も更なる学びを得たい僕としては本当は欲しい物だけど、もし貰えたとしても馬車で片道一週間近く掛かる所に住んでいる者には王都は余りにも遠過ぎる。

だからか、この辺りでは進学しようと思う者は殆んどいない。それに、高等学舎からは物凄くお金も掛かるのだ。学費、寮費、生活していく上で必要な諸経費色々が。

いくらうちの宿屋兼道具屋が冒険者達から有名で人気が高いと言っても、家族6人+通いの従業員3人へお金が必要なんだから余裕は無いと思う。


「……僕が貰えるとは限らないだろ」


僕は、本音は進学出来るならしたい。学ぶ事は好きだし、何より王都の学舎へ入れたら本格的に魔術式や魔方陣を習う事が出来るからだ。今の学舎でも魔術式は習ったが、生活していく上で必要最低限の事しか学べない。このままずっと村で生きていくならそれで十分だけど、僕はいつかファルリーアパファル中を旅したいと思っているからもっと様々な魔術式や魔方陣を学びたかった。


「卒業生代表が推薦状を貰えなかったら他の誰が貰うんだよ」


そう言ってケルンは笑うけど、村長の息子や町長の娘それに町一番の豪商の息子が貰う可能性だってある。

金に余裕がある者は、箔が付くからとか新たな人脈の為にって理由から進学を希望するし、親が学長へ強く希望すれば推薦状を書いて貰える場合があると噂で聞いた事がある。

基本的に各町の学舎で推薦状を出せるのは1~2人まで。もし噂通り学長が親の希望に答えたら、僕が推薦状を貰える事は無いだろう。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




「――――――以上!卒業生代表、グヴァイラヤー・タル・マーツルンド! 卒業生、全員起立! 礼! 着席!!」


滞りなく、卒業式が進行していく。

僕も間違える事無く代表挨拶を述べる事が出来て、着席後に小さくホッと息を吐いた。


「続きまして、学長より卒業証書授与をお願い致します」


名字順に次々と呼ばれて証書を授与されて行くのだが、その際に推薦者には推薦状も一緒に手渡される仕組みになっている。

証書は黒い革製の横型の長方形のケース入りだが、推薦状はサーヴラー国の刻印が施された深紅の縦型の長方形の紙なので、手渡されれば遠目からでも一目で判る。

僕は名字からすれば最後の方だが、代表に選ばれたので最前列の真ん中に座っている。だから、卒業生48名が次々と名を呼ばれて壇上に上がり、証書が手渡されていくのが良く見えるけど今の所誰も推薦状を受け取る者はいない様だ。

先程呼ばれた村長の息子も今壇上へ上がった豪商の息子も証書を手渡されたが、推薦状は渡されなかった。

豪商の息子の表情が一瞬歪んで見えたのは、学長が書いてくれなかった事への怒りからなのだろうか?

続いて壇上に上がった町長の娘も受け取らなかった…。後書いて貰える可能性が高いのは僕と何時も成績の順位を競っていた町の宿屋の息子だろうか。


「グヴァイラヤー・タル・マーツルンド君!」


「!? はい!」


名を呼ばれ壇上に上がり舞台の前に立つと、目の前には5年間土日と長期休暇の時以外は毎日顔を合わせ、時に厳しかったけど普段は冗談が大好きで子供が大好きな学長が変わらぬ優しい笑顔で僕を見つめていた。


「卒業、おめでとう」


そう言いながら、学長は卒業証書と共に深紅の紙を取り出した。


「!?」


驚き、僕は受け取るのを躊躇ってしまうと学長は更に笑顔を深めた。


「毎年色んな噂が流れるけどね、私は昔から新たな学びを心底から望みどんな人にも自信を持って紹介出来る子にしか推薦状は書いた事が無いんだよ。君の5年間は他者へ差別無く又下級生にも良き見本になり良い上級生であったね。過去に卒業して行った君のお兄さんお姉さんが自慢の弟!と誉めるのも頷ける。だから、何も躊躇う事は無い。堂々と受け取りなさい」


「…はい。有難うございます」


両手で受け取り、学長へ一礼して後ろへ振り返りまた一礼をした時、僕の右手に卒業証書と共に推薦状が握られているのが参列者の目に止まった。その途端、会場内は割れんばかりの拍手が鳴り響いた。やはり、推薦状を学長から受け取れると言う事はとても素晴らしく名誉な事でも有るのだろう。一部の保護者や卒業生を除き皆が称賛をしてくれたのだった。


「――以上を持ちまして、卒業式を閉式致します」


晴れやかで嬉しくて気持ちが高ぶったままの中、無事卒業式は終った。

僕は学長や各学科の先生そして友人達と挨拶を済ませ、会場の外で待つ家族の元へ一目散に駆けた。


「卒業おめでとう、グヴァイ!ギドゥカに続いてあなたまで推薦状を貰えるなんてお母さんは本当に嬉しいわ!」


「あぁ!お前は私達家族の自慢の息子だな!」


涙ぐむ母さん、僕を抱き上げでキツく抱き締めて頬擦りをしてくる父さん。その横では妹を抱き上げて一緒に微笑む姉さんに僕の事を満面の笑顔で見つめてくれる兄さんに囲まれた。

家族全員から頭を撫でられて凄く照れくさかったけど、凄く嬉しかった。


「さあ、帰ってお祝いをしましょう♪」


母さんがそう言ってみんなを促し、学舎の門へと向かった。

嬉し過ぎるからなのか、父さんは校庭で僕を肩車をしたまま門をくぐり抜けて歩き進む。初等学舎を卒業した子供は、まだ未成年だけどもう子供には見られない扱いを受ける。新たな道を進める子供達にはそれはとても誇らしい事なので、幼子の様に肩車をされている今の状況は大変に恥ずかしい。

歩いて帰るのだろうと思っていた僕はこのまま町の中を抜けて街道へ出て、町の人達や警備隊の人達に見られるのはとても耐えられない。


「と、父さん!恥ずかしいから降ろしてよ!」


顔を真っ赤にして僕がそう小声で訴えると、隣を歩く兄さんが優しく笑った。


「大丈夫。そこに馬車を停めてあるんだ。直ぐに降ろしてあげるよ」


普段は、仕入れの時にしか使わない幌を張った荷馬車で父さんと母さんは学舎に来たのだそうだ。勿論ついでに町で仕入れも有るのでその為でもあったが、家族全員が揃って出掛ける事等めったに無いので馬車でのんびり話しながら帰ろうって事にしたのだそうだ。


「グヴァイ、ゆっくり進むからここ、座って良いよ♪」


「え!?良いの!?」


「あぁ、良いよ♪」


一応2人は座れるけど、狭い馭者台はあまり安定性が良くない。大きく揺れると体の軽い僕や妹は簡単に転がり落ちてしまう危険がある為、いつもは兄さんしか父さんの隣に座らせて貰えない。けど「今日は特別だよ♪」と兄さんが代わってくれたので、僕は荷馬車の中からよりも少し高くて見通しの良い景色に心が踊った。


……そして、勇気を出して父さんに話し掛けた。


「…ねえ、父さん」


「なんだ?」


「今夜、時間有る?」


「……あぁ、大丈夫だ。食事の後書斎へおいで」


僕が、この場では話せないけど相談したい事が有る。と言外に言いたい雰囲気を察してくれた父さんは頷いた。


「うん!ありがとう!」


僕の父さんは元冒険者。背はとても高いし鍛え上げられた身体は大きくて凄く力も強い。剣を握れば、今でも現役の冒険者にも負けない程の腕前。

出身はサーヴラー国最南端の貿易都市・カブェーダナム。

そこは王都イルツヴェーグの次に大きく、ファルリーアパファル中の種族が行き交う街でもある。

子供の頃から様々な種族を見て育った父さんは、目の前に開ける大海と世界に憧れて冒険者になったのだそうだ。そしてギルドではかなり名が知れた冒険者になった頃、旅の途中で立ち寄ったテルトー村の宿屋の看板娘の母さんに一目惚れしちゃって、村を拠点に1年間冒険している中で母さんに結婚を申し込み続けたらしい。宿屋の跡取りでもあった母さんは、冒険者の父さんに付いて行く事は無理だから一緒になれないって断り続けたそうだけど、父さんはあっさりと引退して婿養子に入ってしまったのだそうだ。

ちなみにフィマナ母さんは父さんより2つ年上。でも、お客さんからは父さんの方が年上に見えるってよく言われている。料理上手だけど、裁縫は苦手。でも薬草の知識が豊富で、今はそれを生かして宿屋の隣で道具屋を営んでいる。宿屋の主を譲ったおじいちゃん達は、今は南の鳥人族の国で悠々自適な隠居生活を送っている。

ギドゥカ兄さんは、僕よりも8才も年上。優しくて力持ちで物知りだ。父さん似で背も高いし顔は母さん似だから凄く格好良くてモテる。学長から王都の学舎の推薦状を貰った時、父さんも母さんも兄さんに進学を進めたらしい。でも兄さんは、忙しい父さん達とその時まだ4才だったミトゥルカ姉さんと生まれたばっかの僕の事を心配して「勉強なら父さん達を手伝いながらここでも出来る」って言ってどんなに周りが説得しようとしても頑として頷かなかったそうだ。実際兄さんは父さん達の仕事を手伝いながら勉強を続けている。

ミトゥルカ姉さんは、僕の4才年上。兄さんと同じで、やっぱり優しくて料理とお裁縫がすっごく上手。母さん似で凄く可愛いから泊まりに来る冒険者達から“看板娘”って言われている。「宿屋は兄さんが継ぐだろうから、道具屋は私が貰うわ♪」ってよく言っていて昼間は母さんの代わりに店番をしている。勉強は兄さん程では無いけど、いつも僕と妹の宿題を見てくれるし計算が凄く早くて字もキレイで羨ましいって父さんが言っていた。

妹のチリュカは僕より4才年下。僕や姉さんの口真似が好きで、家族一元気だ。あまり勉強は好きでは無いらしい。そしてたまにイタズラをして兄さんや母さんから叱られている。どうやらチリュカは小さい頃の父さんに似ているらしい。


僕は父さんや母さん達、そして兄さん達の会話を聞きながらのんびりと外を眺めた。

めったに乗れない馬車からの景色は、いつも通る道でも視点の高さが違うだけで新鮮だ。

冬の良く晴れた早朝にのみ丘の上から微かに見えるイルツヴェーグを僕はふと心の中に思い出した。


『兄さんの時は進学を薦めたらしいけど、僕が行きたいって言ったらなんて言うだろう…』


今夜父さん達に相談したいと思うけど、少し不安な気持ちにもなった僕だった。

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