混血
ラトリア視点です
アルト家の男は伴侶のみを愛し抜く。
たとえ、伴侶が己より先に命を落としたとしても、その代わりはいない。
可愛い弟ではあるが、ルシアンのミチルに関する狭量さはどうかと思う。
皇城から戻るなり、ルシアンがミチルを部屋に閉じ込めてしまった。挨拶はさせてくれるようになって、弟の成長を垣間見た……。
必然的に部屋を追い出されてしまったセラを茶に誘う。ロイエとダヴィドも。
「ミチルは本当に嫌がっていないのかい?」
嫌がっていないのは知っているが、義兄の前では見せない顔もあるかも知れない。義妹はそんなに器用な人間ではないが、念の為確認をする。
「ミチル様は男女関係に関して消極的でいらっしゃるので、ルシアン様が強引なぐらいで適正に補完されるかと」
ルシアン至上主義なロイエ視点では随分好意的に受け止められているが、おかしいことには気付いて欲しい。消極的だからといって過剰な独占欲から軟禁監禁まで至るのは普通ではないし、適切な手段ではない……。
セラを見ると肩を竦ませて言った。
「破れ鍋に綴じ蓋よねぇ」
主である夫婦を捕まえて言うね……。
良い意味じゃないと分かって言ってるだろうし、セラなら。
「まぁ、ミチルが嫌がっていなければ良いけれどね」
「想いが一方的ならば耐え難いでしょうけど」
そうだね、と答える。
「ミチル様は諦めてそうですよねぇ」
のんびりした口調で言ったのはダヴィド。
スパイスのかかったねじりパイを美味しそうに口にする。
破れ鍋に綴じ蓋は表現としてどうかと思うが、実際ミチルのような気質にはルシアンのような強引さは必要だろうと思う……事もある。
「ルシアン様もミチルちゃんから聞くとは思いますが、本日のお茶会でゼファス様が気になることを仰せでした」
私の元にいた頃、セラは女性言葉は使っていなかった。再会した時には驚いたものだ。あれだけ女性と間違えられることを嫌がっていたのに、と。
……人の事は言えないか。家を継ぐのをあれだけ嫌だと思っていたのに、今はそうではないのだから。
「気になること?」
続きを促す。
「イリダやオーリーの民は魔力の器を持たないのが普通ですが、持って生まれる者には条件があるとおっしゃっていたんです」
部屋にいる全員の視線がセラに注がれる。
先程までの砕けた雰囲気はなくなる。
「詳しく聞かせてくれるかな」
ゼファス様とミチルのやりとりを出来るだけ正確に再現してもらう。
今回ミチルに帯同して登城したのはセラだけだった。
「皇太子殿下はマグダレナの民ではないものに魔力の器を持たせる術をご存知ということになりますよね、そのおっしゃりよう」
ダヴィドが言った。苦いものでも噛んだような表情だ。
「マグダレナの血を引いていないと駄目なようだけれどね」
何故それを殿下はご存知なのか。もしそのようなことが可能ならば、皇女シンシアは魔力の器を持てたということになり、純血である必要はなくなる。
……父は? 父もそれを知った上で皇女をあのように?
顔を上げると、セラと目が合った。
「ゼファス様はミチルちゃんに、ルシアン様なら気付くと仰せでした」
ルシアンなら気付く?
ルシアンじゃないと気付かない?
……いや、気付かなければ話にならないとおっしゃってるのだろう。
「兄上もすぐに気が付きます」
声のした方を見るとルシアンが立っていた。
……ミチルは解放されたのか。
「ルシアンは気付いたんだね?」
「確証は得ていませんので調査の必要はありますが」
ここまではっきりと言葉にすると言うことは、ほぼ間違いないのだろう。
ルシアンは自分の首に手を当てる。
「我らマグダレナの民は首よりも下に魔力の器が作られます。平民達は首から上に」
相槌を打つ。
「器の測定がなされるのは何故十六歳でなければならないのか、不思議に思いませんか?」
「体内に器が出来るのに十六年かかるのかと思っていたよ」
ルシアンにじっと見つめられてしまった。
適当に言いすぎたようだ。
「私の考えを先に述べても?」
ルシアンの考えを聞きたいので異論はない。
「勿論だよ」
頷き、話を促す。
「魔素はマグダレナの民だけでなく、全ての生物の身体を作り替えます」
「いや、それはおかしい。千年経っても平民たちは魔力の器を持たない」
正確には持つ者と持たぬ者がいるが。
「あぁ、すまない。続けて」
つい話を遮ってしまった。
弟が適当な事を言う筈もないのに。
「魔素はそのままでは毒になります。魔力の器がないものにとっては。
ですがこの大陸に住む者は魔素を取り込み続けても死なない。魔素を吸収し、体内で魔力に変換する動植物を口にする事で毒は中和されます」
皇宮図書館の蔵書にもそう書かれていた。
「純血のマグダレナの民の体内に器が出来上がるのには、本来なら十六年も必要ありません。
古ディンブーラの皇族達はその年齢に達する前に魔導を用いていました」
──そうだ。
古ディンブーラ最後の女皇 ペルビアナは当時十六。兄であるシラン──雷帝国初代皇帝は二十。アスペルラ姫は十三才だった──。
アスペルラ姫はその年齢で既に女神に祈りを捧げていたのだから。
「マグダレナの民は生まれつき器を持っているのか?」
私の問いにルシアンは頷く。
「帝国との戦争、ギウスによる侵略。
祈りを捧げる重要性よりも、大地が衰えぬようにする事が優先されたのでしょう。領主は魔力を魔石として大地に吸収させることで領地を維持するようになります」
ペルビアナ達はあれほど戦争が長引くとは思っていなかったのだろう。直ぐに解決すると甘い考えを抱いていた可能性もある。
頼みの綱であるアスペルラ姫は姉を助ける側には回らなかった。姉、兄どちらかに与することを良しとしなかった。
姉についたならば兄を討つ大義を女神が与えたと皇国が言い出す可能性は高い。兄を討ち、帝国を滅ぼした後は自身が女皇として担ぎ上げられることは想像に難くない。その場合、姉のペルビアナはどうなるのか?
ラルナダルト公家に降嫁し、利用されない為に領地にて生きることにしたのは、アスペルラ姫にとって唯一姉と兄、マグダレナの民を無用な戦いから救う手段だったのだろう。
対外的にはアドルガッサー王家という隠れ蓑を用意し、大陸に生きる全ての命の安寧を願い、女神へと祈りを捧げた。
たとえ皇国、帝国が祈りを忘れても、祈りを捧げることを忘れない為に。
献身的に祈りを捧げるアスペルラ姫に、女神は自ら作り出した宝具を与えた。時は流れそれは今ミチルの手にある。
ギウスの出現により皇国と帝国は和睦を余儀なくされ、皇国は祈りに必要な宝具を失う。それを知られれば自分達が責められるかも知れない。
だが魔力を吸収させねば大地は枯れていく。死活問題だ。だからそれに関しては民に徹底させた。実行は難しくなかったから。
表向きは亜族という、人を襲う存在から領地を守る為に町を城壁で囲んだ。
けれど今ではその亜族も人であったということが知られている。
マグダレナの民の成れの果て。
魔導を禁じた雷帝国では町を城壁で囲む必要はないが、魔石を大地に吸収させるのは信仰の厚い一部の貴族のみが行うことであり、一般的ではないと聞く。
当然、大地は痩せ細る。
ずっと信じてきたものが、権力を持つ者によって捻じ曲げられた事実であることを知る。
疑いもしていなかった。
しかし、こうして考えてみれば、十六になって突然器が体内に出来ると考える方が不自然だ。
「……オーリーやイリダの民も?」
問題はそこだ。
「女神は血を混ぜてはいけないと女皇に命じているだろう? 魔力の器が作れてしまうのなら不要……ではないな。
祈りを捧げない民と交わることは許さないということなのか……?」
ルシアンが頷く。
「信仰が失われる事を危惧したものかと」
真実、女神がオーリーやイリダの民を拒絶する意思があったのなら、ギウスという国は滅ぼされていた筈だ。
女神の力がミチルを媒介としたように、直接発現出来ないものであったと仮定しても、あの時代は愛し子であるアスペルラ姫がいた。
姉や兄を思い、姫が嫌がったとして、女神からすれば異物が自身の作った大陸に乗り込んできた挙句侵略したのだ。面白くはないのではないだろうか。
「……もしや十六年とは、オーリーやイリダの民の体内に器を作るのに必要な年数なのか?」
そもそも貴族と平民では器の在処を判定する場所が違うという。
それは何を意味するのか。
「本人の資質ではなく、母体が関係するのではないかと考えています」
──母体。
かつてミチルに危害を加えた平民の娘キャロルは魔力の器を持っていたからこそ学園への入学が認められた。
彼女が女神を信仰したとは思えない。訳の分からない新興宗教の聖女になったぐらいなのだから。
ルシアンもその点を理解して言っているだろう。
「母親が祈りを捧げた結果胎児に魔力の器が出来る。もしくはその素地が出来る……魔力の器が生成されるのに十六年の歳月が必要ということかな?」
恐らく、と答えてルシアンは目を伏せる。
オーリーであろうとイリダであろうと、女神への強い信仰があった場合は子供が魔力の器を持つ可能性がある。
「だがそれだと、子供の性質が邪悪であっても魔力の器を持つことになってしまう」
ルシアンやダヴィドたちも頷く。
「調査が必要なのはその為です。魔力の器を持っていれば、生成、変成、錬成の全てが可能ですから」
生成は体内の魔力を魔石とするだけだが、変成は器を汚す。錬成により体内を浄化するか、魔石を口にしなければその穢れは解消されず、亜族と成り下がる。ただ、錬成はマグダレナの民ですらそうそう出来るものではない。
「女神は祈りを捧げられない者に価値を見出していないということか……」
思わず呟いてしまった私を、皆が見る。
「イリダとオーリーの両大陸を魔素が覆い、大地がマグダレナ大陸と同じように作り直されていたとするなら、女神への信仰心を持てば彼らは魔力の器を持てる可能性があるということです。
イリダやオーリーの血が混じった者たちは死ぬまで魔力の器を持ち得たのか調べる必要があります」
女神の慈悲が女神の民に向かうのならば、終生女神に信仰を持ち続けた者にも可能性はある。
己が創造神ではなくマグダレナ神を信仰したなら。
「……女神は何故マグダレナの民を救わなかったんだろう?」
ミチルが自身を犠牲にする前に、女神がマグダレナを救う事はなかったのだろうか?
「……ミチルから聞いた話ですが、祈りが届かなかった為に力が足りなかったと」
祈りが足りなかった……。
マグダレナの民が大地に魔力を注ぐことしかしなくなったから女神の力が失われたのであれば、イリダやオーリーが女神に信仰を寄せたならば、それは女神が兄神を凌駕するのではないか?
顔を上げるとルシアンが私をじっと見ていた。
思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「この仮定が真実であるなら、兄妹仲は悪そうだ」




