新たな監視者
アスラン王の側近 ヒメネス視点です
ラモン卿はディンブーラ皇国から届いた知らせを読み終え、机を叩いた。その衝撃で机の上にあったいくつもの小物が跳ね、倒れた。
相変わらず直情的で短気。陛下への忠誠心に疑いはないが、宰相をこの男に任せるのは不安でしかない。陛下のご意向がなければ絶対に賛成はしなかった。
失敗すると分かっていながら好きにさせたのは、彼の思い上がりや認識の違いを分からせる為だった。
陛下にもそろそろご理解いただかねばならない。
世の中はお二人が思う程単純ではないのだと言うことを。
「ヒメネス卿、貴君が提案した通りに回答を送ったが、あちらはかつての女皇が死んだ為、喪に服すと言って来た!」
それ以上の情報が隠れているかどうかの確認の為、ラモン卿の手から書簡を取り上げる。
……卿の言葉以上の情報はほとんど無い。
「……なるほど。そう来ましたか」
偽の葬儀なのか、はたまた真実なのか。
流石にそう来るとは思っていなかった。交渉の余地は残して置きたいと思っていた。
偽であれば、今後あの大陸での移動に制限がかかるだろう。見てはならぬものを隠す為に。
真であれば、彼らからすれば前女皇は不要な駒であったと言う事。
真偽はさておき明確になったものがある。
どちらにしても、あちらは交渉する気が無い。
「これで判明した事がございます」
ラモン卿の眉間の皺が増える。
扱いやすくはあるが、感情が剥き出しな分面倒でもある。
「こちらの目論見は露見しておりますね、間違いなく」
私の言葉に王は顔を上げた。
「……それは何故か」
王に問われた為、答える。
「調査の結果、皇女シンシアがラルナダルト公に対して明確な悪意を抱いていた事、皇女の父がマグダレナの純血ではない為に皇位継承権を失った事が判明しました。
皇位継承権の有無はどうでも良い事。我らの目的は女神の庇護下に入る事ですので」
全てを調査しきれた訳ではないが、前女皇は娘である皇女シンシアを胡散臭い教団の聖女と認定したらしい。
女神マグダレナを主神として認識すらしてなかった節がある。その娘も同様だとするなら、そのような二人を陛下の妃になど望む筈がない。
「仲介役となる女神の愛し子に敵対する皇女は陛下の相手としては不適格。その母も然り。
そう判断して皇女シンシアも、前女皇エリーゼも正妃としていただくことを止めました」
ラモン卿が頷く。
「アレクシア様がおられてようございました」
アレクシア様の名に陛下の表情が曇る。心情は察するが飲んでいただかねばならない。
気付かない振りをして話を進める。
「あちらとしては皇女シンシアをこちらが受け入れるのが一番望ましい。……そう思っておりましたが、どうやら違ったようです。
その母である前女皇が異例の若さで死去。果たしてこれは偶然と思われますか?」
「偶然ではないと申すか?」
陛下の問いに私は頷いた。
「同じ皇族でも女皇であった者と皇女の死は同列ではありません。より重きを置くのは女皇を勤めた者であることは疑いようもない。
もしアレクシア様があちらに戻られていた場合、エリーゼ様ではなく、アレクシア様であったかも知れません」
ラモン卿が頷く。
死んでいたのはアレクシア様であったかも知れないと聞いて、陛下の顔色が悪くなる。
同じ王の子として生まれたとて、アスラン王と妹君の価値は同じではない。
皇女が死去しても国を挙げて喪に服したりはすまい。皇位継承権のない皇女。ましてやディンブーラ皇国が絶対とする純血から逸脱する皇女に、一体何の価値があると言うのか。
喪に服すとしても近しい親族ぐらいのものだろう。
「喪に服している間外界との接触を断つ──つまり我らは交渉を行う事が不可能となります。
喪が明けたとしても、候補者を他の者に変えるなどして時間稼ぎをしようという案も不可能です。その候補者がこの世にいないのですから」
「皇女シンシアもこの世にいないと申すか」
「存命なのかそうでないのかは不明ですが、何とでも言えましょう。最愛の母を失い心が壊れたでも、後を追ったとでも。
真偽はどちらでも構いません。問題はあちらが我らとの交渉の一切を断つと明示していること」
次の策を考えねばならない。
妻を使うは容易いが、そうするにはまだ早い。
「そうしてる間にも王国に魔素が蔓延します」
書簡に書かれた一文。
罠と見るか好機と見るかは判断に迷うところではあるが、我らの取れる手数は少ない。
我らは断られることを前提として、交渉役としてラルナダルト公を頼ろうとしていたのだ。
その中で魔素についても触れ、助けを乞うつもりだった。
「ラルナダルト公の義兄が春、サーシス卿の後任としてこちらに来ます」
リオン・アルトの長男。ラトリア・アルト。
弟がラルナダルト公の夫となった為に嫡男の座を譲ったとのことだが。
どれほどの人物か見極めなければならない。




