公家の集い
ルシアン視点です。
カテドラルの一室に足を踏み入れると先客がいた。エステルハージ公とクーデンホーフ公、バフェット公とリンデン殿下の四人。
父の姿を目にしたエステルハージ公はため息を吐き、クーデンホーフ公は口角を上げた。
バフェット公は目を閉じたまま動かない。
今夜の集まりは皇室主催ではない。バフェット公が皇国八公家に対し召集をかけたものだ。
姉の死に関してリンデン殿下が説明を求めると言う所だろう。
着席して待っていると、間もなく他の公家当主も姿を見せた。最後にゼファス様とシミオン様が現れ、着席する。
それまで瞑していたバフェット公は、重そうに瞼を開いて言った。
「此度の件、血縁たるバフェット家には何の知らせも無く行われた。弁明を求める」
バフェット公は真っ直ぐに父を見据えた。
「御下命を拝しただけだよ」
陛下は父に命じた。前女皇にアルトの林檎を与えよと。
過去、アルト家が暗躍した際に使われた特殊な毒──アルトの林檎と呼ばれる物で、複数の毒性を持つ木の実。
葉に触れただけで失明する恐れがあり、皮膚に浮腫が生じる。実を口にすれば口腔内と咽喉はただれ、その苦しさに咽喉を掻き毟るほどだと言う。胃の腑に到達した実は更に毒を放ち、内臓に甚大な被害を与える。生き残る者はごく稀にいるが、余命尽きるまで寝たきりとなる。
枝、幹、葉、実。どの部位にも毒性を持つこの木に触れて無事なのはルフト家のみ。ルフト家の直系には無害な毒。
「罪科は?」
バフェット公の問いを、エステルハージ公が鼻で笑った。
「あの方の咎については枚挙に遑がありませんからね」
エステルハージ公が手を上げたのを皮切りに、それぞれの侍従が主人のグラスにワインを注いでいく。
「ディンブーラ皇国の皇族は、女神マグダレナへ祈りを捧げる役目を負う。その頂点に立つ者が娘を邪教の聖女とする事を認めた。女神の愛し子を祖に持つ陛下にとっては仮借なさる筈も無いだろう?」
ディンブーラ皇国から祈りに必要な神器が失われ、女神に祈りを捧げる事が不可能になったと当時の皇室は誤認した。
祈りを捧げるだけであれば神器は不要だ。
だが、八代目女皇 イルレアナが偉業を成し遂げる為には必須だった。
そうして事実は歪み、少しずつ真実が失われていった。
「かの方は万死に値する。皇国が唯一の神として認めるのは女神マグダレナのみ。
純血のマグダレナの民ではない者を皇位に据えようとした事もまた、大罪である」
クーデンホーフ公の言葉に何人かが頷く。
苦々しい顔をしたままのバフェット公を見て父が笑顔を浮かべる。それから殿下を見た。
「遠回しな質問は公らしくないね。
殿下も蛇蝎の如く厭うた姉の死に、今更悔悟の念に囚われたなどと仰せではないだろう?」
あからさまな揶揄に殿下は不快感を露にする。
「……あいもかわらず嫌味な男よ」
音を立てて扇子を閉じる。
「陛下はお言葉少なにして我らにはお考えを詳らかになさらぬが、あの方が誰よりも皇国の行く末を案じておられる事はここに居る者は十二分に理解していよう」
エステルハージ公が大きく頷く。他の当主も頷いた。
「陛下のご出自を鑑みれば、ラルナダルトに命ずる事は何ら可笑しな事でも無い──が」
言葉を区切ると、殿下は扇子を父に向けた。
殿下の侍従が父のグラスにワインを注ごうとするのをベネフィスが止める。
「シンシアまで手にかけたは陛下のご下命ではあるまい? それとも先の理屈に則り、邪教の聖女となるを受け入れた責を負うたと申すか?」
ふふ、と声にして父は笑い、背もたれに寄りかかった。
「そうだね、皇女に関しては命を受けてはいない」
「殺さずしてゼナオリアにでも送り付ければ良いものを」
姉であるエリーゼの事は憎く思っても、姪であるシンシアにはそれ程の思いはないのか、どうなのか。
「代わりにアレクシア姫を取り戻せ、そうおっしゃるのかな?」
「そうだ。何故かの国に選ばせる必要がある」
殿下にとっては兄の忘れ形見。庇護下に置きたいのだろうが。それは許されない事だ。
「麗しき叔母と姪の愛だね」
殿下の顔が怒りに赤く染まる。
「無礼は許さぬぞ……!」
「とんでもない。率直な思いを申し上げたまで」
睨む殿下と笑顔のままの父。このまま諍うのかと見守っていると、クレッシェン公が口を開いた。
「殿下、あの子を思うならこのままにしていただけませんか」
怪訝な顔を浮かべる殿下を他所に、クレッシェン公は大きく息を吐き、手で顔を覆った。
「あの子は、アレクシアは己が立場を本当の意味で理解していない。それにこちらに戻れば何れかの家に嫁がねばならない。
皇室に血を連ねる者の義務です」
顔から手を離すと、クレッシェン公は話を続ける。
「ゼナオリア王はアレクシアを形だけの妻とすると公言しました。その様な扱いを受ける事は恥ではあるが、あの子の心は守られる……」
反論しようと口を開いたものの、殿下は首を横に振ると目を閉じた。
「……ゼナオリアの真意は女神マグダレナの庇護と見るが」
バフェット公が言った。
「そうだろうね」
「いっそ受け入れて属国にすると言う選択肢はないのか? 対等である必要はなかろう」
「遠く離れた大陸にある国を属国とするには様々なものを必要とするよ」
そう言ってグラスを手にする。ベネフィスがワインを注ぐ。
「上から押さえ付けては反発を買うだけだからね」
「その為のギルドですね」
眼鏡を指で押し上げながら、エステルハージ公が相槌を打つ。
「経済の安定と動力源の安定供給を目的として彼らはギルドを受け入れた。
一度覚えた安寧を人は簡単に手放す事は出来ないものだ。水は低きに流れ、人は易きに流れる」
ギルドをゼナオリアの経済に根付かせ、切っては切れぬように深く食い込ませる必要がある。支配は長続きしないが共存の形を取った実効支配は可能となる。
女神マグダレナの庇護を授かる為の素地として受け入れた皇国の貴族達は、漸く見つけた居場所を死守する為に動くだろう。
あの王と婚姻による交渉を持ちかけた宰相は、下手をすれば気付かないだろうが、ヒメネス卿なら気付くに違いない。
彼の妻はこちらにとっての情報源でもあり、あちらにとっても情報源となり得る。
父が俺を見る。
「ルシアン、ギルドに関する説明を公家の皆様にしてあげなさい。かの大陸だけでなく、この大陸も須くギルドの恩恵を受けるのだからね」
頷き、ギルドに関しての説明を始めた。




