ノブレス・オブリージュ
リュリューシュを膝の上にのせる。
成長して重くなったから、二人を同時にのせるとかはもう無理。
あっという間に大きくなって、覚束ないながらも喋るし、立つし歩くし。
好き嫌いもはっきり口にするようになった。
少し前はかぁさまかぁさま呼んでくれていたのに、最近はイヤって言われてばっかりです。
魔の二歳児とか言うけど、これ大変です。
ちなみにロシュフォールも口にしないだけで、しっかりきっぱり嫌がってきやがります。
でもルシアンにだけはしないの。酷くない? 差別だ! 母親にも優しくする事を要求したい!
ロシュフォールは今、カウチの端っこに座ってルシアン人形を抱いております。勿論クロエ作です。
私には許されないのにロシュフォールには許されるなんて酷い。相変わらず良く出来てるから、人形を見せてとロシュフォールに言ったら嫌がられましたよ!
「リュリュ」
「や」
何も言ってないよ! 名前呼んだだけなのに!
名前呼ぶのすら許さんって事?!
私としてはリボン着けたいだけなんですけどね。
リュリューシュ付きの侍女が結んでくれたリボンをね、取っちゃうんだよね。可愛いのに。
こっちにするかと言っても「や」、あっちにするかと言っても「や」。じゃあ選びなさいと言っても「や」。
どうしろと……? 服を脱ぎ出さないだけまだマシか……?
「今日はリボンを結ばずにいる?」
「や」
えぇ……難易度高い……。
侍女はよく教育されているので表情は変わらない。でもきっと困ってる。そして母も困ってきましたヨ。
リボンは結ばなくても死なないから別に良いんだけどねー。イヤイヤ期って本当にイヤイヤ言うんだなぁと実感。
ふわふわで癖のあるリュリューシュの髪を適当に三つ編みにする。
「奥様、私がやります」
慌てた侍女が近付いて来たのを、リュリューシュが大きな声でや! と拒絶する。
私の服にぎゅっとしがみつく。
「リュリュ、そんなに大きな声を出さなくても伝わるわ」
背中を優しく撫でると涙目で私を見上げてくる。
子供と言うのは本当にちょっとした事で泣くのだと知った。
たったこれだけのやりとりでリュリューシュは目に涙をためるのだ。
感情の振れ幅が大きいって言うのか。
「あまり上手ではないけれど、母さまが髪を結んであげましょう」
私の言葉に満足したのか、リュリューシュは嬉しそうに頷いた。
はぁ……可愛いのぅ。
柔らかくてもっちもっちしてる頰を両手で撫でてから髪を適当に三つ編みする。
何で適当なのかって?
侍女が結んでくれるのと私が結んだのだと何か違うんだよね。雑なだけやも知れぬ。
さて、ここでまた元の問題に戻りましたよ。
リボンを見せたら嫌がられてしまった。
子供心難しすぎない? さっきまで良い感じだったじゃないデスか……(涙)
リボンの何が嫌なのかなー。気分なのかなー。
虫の居所が悪いとか、ただ嫌々言いたいだけとか?
祖母から贈られたリボンは当然ながら最高級品と言う奴で、ただのリボンなのにつやっつやつるっつるしてるの。凄いわぁ。
この青いリボンなんか凄く良い色じゃない? 好きな色ですよ。
どうしたもんかと悩み、何も思い付かなくて、自分の髪に結んでみたりして。
「リュリュも」
小さな手が伸ばされる。
なんかよく分からんけど、人が結んでるのを見たら結びたくなったっぽい?
同じ青いリボンをリュリューシュの髪に結ぶ。
親バカで大変申し訳ないけど、可愛いです。
「母さまとお揃いね」
「おそろい?」
「そう、お揃い。同じ。一緒ね」
大人の真似をするとは聞いていたけど、そう言うことなのかなんなのか、リュリューシュはにこにこしている。
私の膝の上で機嫌良く歌い出した。
子供って自由だなぁ。くるくる表情が変わって、全力で目の前のものに集中する。
リュリューシュが歌っているのは私がマグダレナ様に捧げる歌の一つだ。聴いているうちに覚えたんだろう。
いつかこの子も、私と同じように歌う事で祈りを捧げるようになるんだろうな。
……女皇として。
そう思うと、何とも言えない気持ちになる。
権力を欲する人間なら喜ぶんだろうけど、権力だけが手に入る訳じゃなくて、それに見合うだけの責任も負うんですよ。
女皇にならなかったとしても、リュリューシュは別の公家に嫁入りする事になる。女皇に比べればその責任は格段に減るだろうけど、なくなりはしない。
アル・ショテル、ゼナオリアと国名は変わったけど、あっちの問題は山積みだ。それに巻き込まれてる、現時点でも。
相手が国となれば皇族である事はリュリューシュとロシュフォールを守る力になると思う。
アレクシア様を思い出す。
彼女に対してはずっと複雑な思いを抱えている。
ただ幸せになりたかっただけだろうと思う。それは誰もが望む事で。でも彼女は色々と足りなかったんだろう。ただの令嬢だったらこんな事にならなかっただろうに。
私が女皇になったらきっと、同じような失敗をすると思う。彼女も私も、皇族としての心構えが身に付いていない。
同じ轍をリュリューシュに踏ませたくない。
何も伝説に残るような女皇になって欲しいなんて思っていないのです。平凡な女皇、結構じゃないですか。ただ、そうなるのだって難しい事は分かってるんだけどね。
リュリューシュに合わせて歌う。
自分が歌うその歌がどんなものなのか、何も知らずに、楽しそうに歌うリュリューシュ。
今はまだ小さいけど、いつか大人になる。リュリューシュもロシュフォールも色んな事に悩んだり苦しんだりするんだろうな。
全てから守ってあげたいと思ってしまうけど、ずっと守ってあげられる訳もない。私達親が先に寿命を迎えてしまう。
だから、その時が来ても大丈夫なように沢山の事を教えてあげたいな。
私の持てる全てを。
私なんかが教えられる事はなんて微々たるものなんだけどさ。それでもですよ。教えられるものの量の多さとかそう言う事じゃないんです。
きっと、祖母も同じように思ったんだろう。だからまだ幼かった私を置いて杖を探しに行った。
「リュリュ」
名を呼ぶとリュリューシュは顔を上げた。
「リュリュ。私の宝物」
おでこにキスをすると、嬉しいのか笑顔になる。
愛情だけは誰にも負けないぐらいあげられるよ。
沢山の愛情がリュリューシュとロシュフォールに向けられるだろうけど、母親からの愛情は私だけに許された特権ですよ。
*****
今日はエリーゼ様の葬儀の日。
薄曇りの空に覆われていて、気分も沈む。
国葬ではあるものの、沿道に人は少なかった。
こう言っては何だけど民には好かれてなかったみたいだから……。でもね、やっぱり人が亡くなってるんだから偲びたいなと思うのです。
母親の葬儀でもあるし、娘のシンシアが参列するのは当然だろう。久々に遭遇しちゃうのだろうかと覚悟を決めて望むも、参列していなかった。
体調を崩しているそう。無理もないよね、母親が亡くなったんだし……。
アダール皇子は参列なさっているらしいけど、それらしき人は見つけられなかった。
ゼファス様が壇上に上がる。
最近は宮廷服を着ているゼファス様ばかり見ていたから、教皇の聖衣姿は久々です。
「かつて皇国の女皇として民を導いたエリーゼ・ディンブーラは、その役目を果たし女神に召された」
エリーゼ様の棺は、私達が着いた時には既に花で埋め尽くされていた。
見せられないと言う事。毒殺などで遺体の損傷が激しい場合は予め花で埋め尽くすのだと教えられていたけど、実際に目にするとは思わなかった。
それについて誰一人口にしない。
きっと、そう言う事なんだろう。
間違えれば、たとえ女皇であったとしてもこうなる。……ううん、権力を持つ者だったからこうなるんだ。
屋敷でお留守番をしている子供達の姿が頭に浮かぶ。
祖母の後ろ姿を見て、故人への祈りの言葉を捧げるゼファス様に視線を移す。
私の為に力を尽くしてくれる二人の為にも、私は間違えちゃいけない。
私自身は公家の当主で、女皇よりも立場は低い。でもマグダレナ様に目をかけてもらっている。それが私の立場を押し上げる。
そっと手を伸ばして、ルシアンの手に触れる。直ぐに気付いてくれて手を握ってくれた。
ルシアンの為にも。ロシュフォールとリュリューシュの為にも。




