訃報と疑念
突然カテドラルの鐘が鳴り響いた。
鐘が鳴らされる時刻や回数は決まっている筈なのに、何度も何度も鳴らされる。
セラを見ると眉間に皺を寄せている。アウローラも目を伏せていた。
「……どなたか亡くなられたようね」
カテドラルの鐘がこんな風に鳴らされた時は皇族が亡くなった時のみ。
あり得ないと思っていても確認したくなる。
「……お祖母様やお祖父様ではありませんね……?」
「もしそうなら、その前の段階でミチルちゃんが呼ばれるに決まってるでしょ。だから違うわ」
その通りだと納得してほっとするものの、でも誰かが亡くなったのは間違いない。
皇族と呼ばれる人達に知り合いは多い。まさか彼らの身に何かあったのかと思っていると、ドアがノックされた。
エマがドアを開けると、ロイエがメモをセラに渡して去って行った。一瞬だったけど、ロイエは急いでいる風だった。
ロイエに渡されたメモを目にした途端、セラの眉間に深い皺が刻まれる。その様子に胸がざわついて落ち着かない。
「……セラ?」
セラは大きく息を吐くと私を見て言った。
「……エリーゼ様がお隠れになったそうよ」
エリーゼ。アレクシア様の前に女皇だった人。皇女シンシアの母。
悪い話しか聞かない人だった。
死ぬには早い。そんなに年じゃないだろうと思う。
それにゼナオリア王のお相手候補としても名前が挙がってた筈。
それなのに……。
私の疑問に答えるようにセラが言う。
「……退位してからの生活も、とても褒められたものではなかったようよ」
北の離宮は貴人を幽閉する為のもので、アレクシア様が即位した後、エリーゼ様とシンシア、皇子は離宮に入れられたと聞いている。
……皇子って話にしか聞かないけど、どんな人なんだろう? 母親や姉と同じように強キャラなんだろうか?
「……ゼナオリア王とのお話はどうなっているの? まさかとは思うけれど、エリーゼ様が選ばれていたりは……」
もしこれでゼナオリア王がエリーゼ様を選んでたとしたら、この婚姻を妨害したい人間の仕業かと疑ってしまう。
「ゼファス様や陛下はご存知でしょうけど、まだ正式な発表はされていないわね」
私の読みではシンシアなんだけどな。まさかのダークホースでエリーゼ様かと思ってたら亡くなってしまったし……。
「誰であったとしても、皇族は一年の間喪に服すわ」
それはつまり、その間は結婚出来ないって事だよね。
「ミチルちゃんも喪に服してもらう事になるわね。
元々出歩かないから問題ないけど、葬儀から一年は来客も許されなくなるわ」
来客も?!
「そうなるとリュリュがゼファス様の養子となる事も延期になるのかしら?」
リュリューシュは次の春に正式にゼファス様の養子になる。私とルシアンの元で暮らすけど、五歳から皇城で皇族としての教育が施される。
ロシュフォールはアルト家の教育。……暗殺集団に仲間入りしちゃうんですよ……。
「ならないんじゃないかしら。
元々がリュリューシュ様が幼いからと式典もやらない予定なんだし、誰も呼ばないもの」
セラの言葉に安心した。
式典はやらないのは聞いていたけど、祝いだからと面会を求められるのは困る。
「だから安心してちょうだい」
その点については良かったけど、まさかエリーゼ様が亡くなるなんて思いもよらなかった。
ゼナオリアはきっと困るだろう。お義父様やルシアンからの話では彼らの目的はマグダレナ様であって、皇国との婚姻じゃないんだから。
きっと婚姻に関しての話し合いも一年先延ばしになるんだろうと思う。
この大陸に昔から住んでる平民──オーリーやイリダの血を引く人達──ですら魔素を取り込むことも分解する事も出来ない。
彼らの祖先がこの大陸に住んで千年は経っているだろうに、いくらかの耐性が出来たぐらいで無毒化は出来ない。
ゼナオリアやイリダの人達は魔素に蝕まれる。こうしてる間も。
何とも言えない気持ちになる。
助けたいとも助けたくないとも言えない。
彼らは何の罪もないマグダレナの民を、魔石を取り出す為に殺した。
そんな事ゼナオリアやアル・ショテルの民は知らないかも知れない。でも知らないからって罪がない訳じゃないんだよね……。
あぁ、だからなのかな。
マグダレナ様は罰を与えてるのかな。
エリーゼ様の葬儀は当然ながら国葬として行われる事になり、葬儀の日から一年、私達皇族は喪に服す事が決まった。
もう一つ皇室から伝えられたのは、ゼナオリア王が選んだのはアレクシア様で、服喪中は婚姻に関する取り決めは始めないと言うものだった。
ゼナオリアにも当然この知らせはもたらされたと聞いた。
……彼らはどうするんだろう。
婚姻がしたい訳じゃないと言い出すんだろうか?
私をマグダレナ大陸から引っ張り出したいと願っても、喪に服しているから無理な話で。
あっちの都合に巻き込まれたくない私からしたら、願ったり叶ったりなんだけど。
そもそもまだ幼いリュリューシュやロシュフォールを置いてゼナオリアになんて行けない。
ゼナオリアが子供も一緒にと願う事は出来ないと思うんだよね。リュリューシュは春に皇太子の養子になるんだから。
養子にするのはまだ先だと聞いていたのに、どうしてこんなに早くと思っていたけど……。
……嫌な考えに至ってしまった。
エリーゼ様の死は自然なものではなく、誰かが仕向けたのではないかと。
でもこれは、この屋敷の中だからと言って口には出来ない。
私にはゼファス様が付けた影がいるらしいから。
顔を上げると、セラが私をじっと見ていた。
「口にしない方が良い事って、人が思うよりあるものよ」
このセリフでセラは知っていたんだと分かる。
あの時ロイエから渡されたメモに書いてあったのかも知れない。
ほとんどが憶測になってしまうけど、はっきりしてる事がある。
私はゼナオリアに行きたくないと言う事と、エリーゼ様の喪に服すと言う事、リュリューシュは春にゼファス様の養子になり、ラトリア様はアル・ショテルに向かうと言う事。
「私が知るべき事が漏れていないのであればそれで良いの」
セラが頷いた。
「それは大丈夫よ。約束するわ」




