シンデレラ
リュドミラ文庫ではなく、物語のヒロインとヒーローにルシアンとミチルがなったらどうなる?を書いてみました。
シンデレラは今日も、継母もとい実母と兄と姉、ついでに実父からも虐められておりました。
本当の名前はミチルというのに、虐める為だけに、灰かぶりと呼ばれていたのです。
使用人のようにこき使われ、眠る場所も用意してもらえない彼女は、火の消えた灰の中で眠り、灰の中で目覚めるのです。
王室主宰の舞踏会が城で行われるとの知らせが各貴族に届けられました。
シンデレラの両親は姉のドリューモアを着飾らせる事に決めます。兄がエスコートして王城に行く事が決まりました。当然の如くシンデレラはお留守番です。
定期的に開かれる王城での舞踏会に、シンデレラは行った事がありませんでした。
結婚適齢期を迎えた王太子には婚約者候補はおりましたが、正式な婚約者は決まっていませんでした。
国内の令嬢の多くは、王太子の婚約者になる事を夢見ていました。シンデレラも憧れはありますが、どちらかと言うと遠巻きに見つめるのが好きな方でした。
壁の花で良いから、遠巻きにイケメンを観察したい──そんな事を思いながら、今日もシンデレラは家事に勤しみます。
*****
舞踏会当日、両親と兄、姉は着飾れるだけ着飾るとシンデレラに家事を言い付けて王城に向かいました。
シンデレラは厨房のテーブルに向かい合って座ると、寄り分けておくように命じられた豆を、良い豆と悪いマメとに分けていました。
「まったく、この家の人間と来たら……」
文句を言いながら現れたのは、二羽の鳩です。
シンデレラの前に来ると、ボン、と音を立てて人の姿になります。
「セラ、今日も手伝いに来てくれたの?」
「勿論よー」
もう一羽の鳩も人の姿になります。美少女です。
「クロエも来てくれたのね、ありがとう」
「最近メンデルの法則を覚えましたので、豆に関心があります」
メンデルの法則では確かに豆が出てくるとは言え、そこから豆に関心を持つのはクロエぐらいではなかろうか、とシンデレラは思いつつも、口には出さずにいた。
「ミチルちゃんは夜会に興味ないの?」
「遠巻きに見たいとは思いますけれど、王太子殿下のお相手になりたいとは思いませんわ」
「無欲ねぇ」
「まぁ、レイ、そんな事ではいけないわ」
背後から声がして振り向くと、紫色のローブをまとった魔女のイルレアナが立っていました。
魔女は時折現れてはシンデレラを助けてくれました。そしてシンデレラの事をレイと呼ぶのです。
「せっかくなのだから貴女も舞踏会に行ってらっしゃい」
「でも、私は舞踏会に行けるようなドレスも靴も持っていませんわ。灰まみれで汚れているし、こんな姿で王太子殿下の前になんて行けません」
魔女はウインクすると、手に持っていた杖を掲げました。
するとどうでしょう。
光がシンデレラを包みました。あまりの眩しさに目を閉じます。次に目を開けた時、汚れていた筈の身体はキレイになっており、淡い色の美しいドレスを着ていました。
髪も複雑に結い上げられ、足にはガラスの靴。
「まぁ……!」
──魔法キタコレ!
「外に馬車を用意してあります。それに乗って舞踏会に参加してらっしゃい」
魔女に手を引かれて外に出ると、かぼちゃの形をした可愛らしい馬車があるではありませんか。
シンデレラは馬車に乗り込みます。
「貴女にかけた魔法は12時には消えてしまうわ。だから、それまでに絶対帰って来るのですよ」
「ありがとうございます、行って参ります」
シンデレラを乗せたかぼちゃの馬車は、王城に向かって走り出しました。
舞踏会は始まっていますが、王太子殿下の表情は優れません。いえ、基本仕様です。
氷の王子と呼ばれるルシアン王子は、どんなに美しい令嬢を前にしても表情を変える事がありません。
王太子と言う立場から、妻を娶らねばならない事は分かっていますが、どうでも良かったのです。
そんな王太子の視界に、遅れてやって来た令嬢が入り込みます。
自分の元に来るでもなく、壁の花になろうとする令嬢。そう、シンデレラです。
美しい姿の持ち主でありながら、誰とも接点を持とうとせず、舞踏会の参加者を観察している様子のシンデレラに、王太子は興味を抱きます。
二人の視線が重なるのに時間はかかりませんでした。
バッチリと目が合いました。
シンデレラは僅かに目を見開きました。
──王太子、超イケメン! 何という顔面偏差値の高さ!さすが国の頂点に立つ人は違いますね!
直ぐにシンデレラは視線を落とし、他の人達を見ていきます。ちょっとうっかりなシンデレラは、王太子と自分の目が合ったとは思っていなかったのです。
王太子は真っ直ぐにシンデレラの元に向かうと、彼女の手を取り、言いました。
「どうか私と踊って下さい」
まさか自分が誘われると思っていなかったシンデレラは、突然の事に戸惑いましたが、王太子からの誘いを断る訳にはいきません。
「よろこんで」
シンデレラを見つめる王太子の目は、氷の王子とは思えない程に熱を帯びており、衆目を浴びます。
さりげなく質問攻めに合うシンデレラでした。家族構成や年齢、ありとあらゆる事を尋ねられます。素性が分かりそうだと思う質問に関してはぐらかすシンデレラに、王太子は角度を変えて質問していきます。
──これはいかん。終わったらソッコーで逃げねば。何故だか尋問受けてるし。何でか知らないけど私の事を疑ってるっぽいし!
シンデレラの思いとは裏腹に、王太子の手はしっかりと彼女の手を掴み、離してくれません。そのままなし崩し的に次の曲も、そのまた次の曲も踊る事になってしまいました。
内心冷や汗ダラダラなシンデレラは、ホールに飾られた時計を見て顔を真っ青にします。
──ヤバイ! 時間になっちゃう!
王太子の手を振り切り、シンデレラはホールを後にします。当然王太子は追いかけます。なんだったら城の構造を知り尽くしてますから、先回りもしました。
──ひぃっ! 追いかけてくる!
日頃鍛えられた?シンデレラは、脚力を活かし、王太子を撒いていきます。
「待って下さい!」
──捕まったら大変な事になりそう! これ、絶対捕まっちゃあかん奴!
シンデレラはドレスで脚がもつれながらも、必死に階段を駆け下ります。
途中、靴が片方脱げてしまいましたが、とにもかくにも時間がありません。シンデレラは行きと同様にかぼちゃの馬車に乗り込み、城を後にしました。
残ったのはガラスの靴。
王太子は彼女の置き土産を拾い上げると、ホールには戻らず、執務室に向かいました。
机に向かうと、シンデレラから聞き出した個人情報を紙に書き出していきます。
控えていた従者に紙を手渡すと、命じます。
「この条件に合う令嬢を探せ。エスコートしてきた人物がいない事から、何か事情があると予想される」
「かしこまりました」
こうして、何気ない質問からほぼほぼ素性が絞り込まれてしまった事に気が付かないシンデレラは、いつも通り家族に虐められながら家事に勤しんでおりました。
──いやー、あのイケメンに捕まったらどうなった事か。あれがこの国の王太子とか、怖いわー。
舞踏会から一週間後、すっかり調べ上げられたシンデレラでしたが、王太子は直ぐには迎えに行きませんでした。
勿論、シンデレラを迎え入れる為の準備は、着々と進んではいました。
えぇ、シンデレラを虐める家族達を如何に処罰するかを、王太子は策を練っていたのです。
このままシンデレラを迎えいれれば、シンデレラを虐めていた家族も王家と縁戚になります。虐めていた事すらなかった事にして、擦り寄ってくるに違いありません。
調べればシンデレラの父は、職場において不正をしている事が発覚しました。
それを上手く突く事で、家族を封じ込める事にします。
全ての準備が整い、王太子はガラスの靴を持ってシンデレラを迎えに行きました。
逃げおおせたと思っていたシンデレラは、王太子が屋敷に来たと知って恐れ慄きますが、あの時とは全く違う格好をしているのだからバレないだろうと思いながら、厨房で息を潜めていました。
けれど、王太子はシンデレラのいる厨房にやって来て言いました。
「ミチル嬢、迎えに来ました」
──迎え?! 何で?!
戸惑うシンデレラを椅子に座らせると、王太子はガラスの靴を彼女の足にはめます。すっぽりと何の抵抗もなくはまった靴を見て、王太子ことルシアンは微笑みました。
「私の妻になって下さい、ミチル嬢」
──えっ?! はっ?! 妻?!
その頃、不正を突き付けられた両親達家族は、真っ白い顔で城の兵士に拘束されていました。
こうして王太子の婚約者となったシンデレラことミチルは、婚約期間にも関わらず王太子妃教育という名目で王城に閉じ込められてしまいます。
「でっ、殿下! お止め下さいませ!」
王太子ルシアンの膝の上に座らされたミチルは、何とか逃げ出そうとするも、がっちりと腰をホールドされています。
「何故? 婚約者なのだから、これぐらい普通でしょう。
ほら、こちらを向いて?」
そう言ってルシアンはミチルの顔のあちこちに口付けを落とします。
「愛しい人。今すぐ私のものにしてしまいたい」
結婚式まであと半年ありますが、王太子は我慢出来るのか、シンデレラの心臓が耐えられるのかが、側近達の悩みの種になっている今日この頃です。
──はっ、破廉恥!!