ルシアンはミチルのもの
皇城から帰った私はいじけていた。
良い大人だって、いじけたい時はあるんです。
「いいじゃないの、パパスキー」
良くないよ?!
「ミルヒが喜んでたわよぉ。これがあればゼファス様の機嫌を回復出来そうで助かるって」
ミルヒ……あやつ、許すまじ。
あやつが余計なことを言わなければ……いや、でも、パパイヤ連呼してご機嫌ななめにしたのは私っぽいしな……でも、パパイヤとパパは別物じゃ無いですか?!
「愛し子の好きなお菓子第二弾をさっさと用意するしかないわね。ルシアンスキーとかどう?」
「セラ!!」
笑顔のセラを軽く睨みつけた後、二人とも無言になった。
……あれ、これやばくないですか?
同じ考えに至ったんだと思う。セラの顔から笑みが消えた。自分で言っておいて後から危険度に気付いたようだ……。
「……ルシアンの耳には入っていないのね?」
「……今入ってなくても、時間の問題じゃない?」
ダヴィドとか、ゼファス様から? とか、お義父様とか……人伝に聞かなくともカフェに行ったらあるんだよね。
女神の愛し子の好きなお菓子 パパスキーが!!
ピーーーーンチ!!
なにがピンチって、私の心……は平気だけど、そう、身体です! ルシアンからの刺激で脳とか心臓が危険な目に遭う事は確実!! いや、やっぱり心にも影響出そうだな?!
「ルシアンスキーを作らなくては!」
「そうですね、是非」
ドアの前に立ち、にっこり微笑むルシアン様の後ろに青い炎が見えました……。
軟禁されマシタ。
やっぱり駄目だったらしいよ、パパスキー!
でもさ、ルシアンスキーはちょっと恥ずかしいよ。
パパスキーはさ、全国のお父さんが喜ぶかもだけど、ルシアンスキーは私が恥ずかしくてルシアンが満足するだけで、それを各地にとか迷惑極まりないじゃないですか、勝手にやってろ馬鹿夫婦! って思われるのがオチだよね?(震)
甘さ控えめなチーズタルトを第二弾としました……。お好みでね、ほろ甘ちょっぴり苦めなカラメルを添えておきます。ご自由にどうぞ、って感じで。
ルシアンの前にチーズタルトを置く。
「私の意図するところではないのですよ?」
自己弁護の為にそう言うと、ルシアンは分かっていますよ、と答えて笑顔になった。……笑顔で怒ってる。ひぃ……。
「ミチルに怒りを感じる筈はないでしょう?」
ソレハ、ナニヨリデス……。
でも私に向かうよね? 最終的に……(死)
「勿論、皇太子殿下に思うところもありません。……まぁ、侍従に対しては、礼をするよう指示は出してありますが」
思うところがあるを通り越して、既に手配済み……ミルヒ……南無。
「分かってはいるんです。ミチルを私だけのものにすることが難しい事は。貴女が貴女である為に、私だけでは成り立たない事も」
……おや、ヤンデレルシアンが、まっとうな事を言ってるぞ?
「ですが、理解と感情は別物でしょう?」
そう言って微笑むと、カラメルをチーズタルトに少しだけ垂らし、口に運ぶ。
開き直りって言うのかな、これって……。
「美味しいです」
甘いものに慣れようとしてるのは知ってるけど、ルシアンスキーとして出すからにはなんかちょっと、イメージっていうか……。
ルシアンスキーじゃなくて、オットスキーって名前にしたい……。それならほら、全国夫スキーな人達にも受け入れられるかなって思って……。
って言うかさ、女神の愛し子、馬鹿なんだってことが露見するよね?
なんですかね、パパスキーに、オットスキーとか……。親近感じゃなくて、馬鹿であることだけが理解されそう。
「チーズタルトなら、通年カフェで食べる事が出来そうですね」
うん?
ルシアンの言わんとすることが分からないでいると、にっこり微笑まれた。
「パパイヤは季節があるでしょう? いくらコンポートにしたところで。
ですがチーズタルトならそうなりません。ルシアンスキーはずっと、愛し子の好きな物として販売されます」
チーズタルトにした奴出てこい! って自分ですけども……っ!! あああああぁぁ、ルシアンがチーズケーキ好きだからと作った自分が恨めしい。
ルシアンスキーがカフェでずっと並ぶのか! そしてそれが注文されちゃうのか!
「……ルシアンスキーは止めて、オットスキーに致します」
「何故?」
恥ずかしいというのが頭を占めていたけど、ルシアンがチーズタルトをルシアンスキーと呼んだ時にこれは駄目だ、と強く思った。
「皆が注文の度に言うのですよ? ルシアンスキーと」
商品名だろうとなんだろうと駄目です。パパイヤ連呼されて凹んだゼファス様の気持ちがよく分かりました。ごめんなさい、ゼファス様。
自分のことじゃないって分かっても、これ、嫌なものだ、本当。
だからルシアンスキーも駄目。
「私が、ルシアンの為に作ったものだけがルシアンスキーで、他は、オットスキーにしたいのです……」
フォークを置いたルシアンに抱き寄せられ、名を呼ばれる。
「ミチル」
……知ってますか、声にも色気ってのせられるんですよ……。そしてその色気がミチル直撃ですよ……!
ぅあああああああ、刺激が上限突破しそうーー!!
近付くイケメンは視界の暴力であると断言します!
蕩けるような笑み、目……! 心臓が、心臓がエマージェンシーコール!
「ミチル……」
上限突破ーーーーっ!!
名前を呼ばれてキスされただけで、死にそうDeath!
心臓がバクバク言うよ! 口から溢れそうだよ! なにって心臓が!
ああ、求心! 求心プリーズ……!!
……はっ、駄目駄目、雑食女子になりたいんだから、耐えねば! 耐え切った先にはきっと涅槃の境地が……!
ルシアンの唇が頰に触れる。
いや、もう、本当。一体いつになったら免疫つくのコレ??
恥ずかしいし緊張するし大好きだし……!!
閉じていたまぶたをそっと開けると、ルシアン様のご尊顔が目の前に!
あぁああああ、刺激が強すぎて寿命が縮む……!
このままではずっと雑食女子になれなさそう。防戦一方では……。防戦……ソウヨ! 攻撃は最大の防御って言うじゃない!
ルシアンの頰にキスをして、えいっと身体を押し付け……たら押し倒してしまった。カウチに。旦那様を!
「最近はミチルが私に愛を伝えてくれる事が増えて、嬉しい」
微笑むルシアン。嬉しそう。すっごい嬉しそう。
伸びてきた手が私の頰を撫でる。
「食べてくれるの?」
む……無理……っ!
心臓が、爆発する……っ!
妖艶な微笑みを浮かべて、私の唇を指でなぞってきやがります。
「それとも、食べられたい?」
ひぃっ、破廉恥罪で逮捕して下さい!
モニカから送られてきた本を読もうとして、迷う。
"運命の恋"というタイトルのものと、"真実の愛"というもの。どっちから読もうかな。感想の書きやすそうなのが良いな……。
運命かぁ……私とルシアン、そうだと良いなぁ。ルシアンと虹の魔石を交換してるから魂は繋がってるらしいけど、それと運命は一緒なのかな?
真実の愛……は嘘くさいイメージしかない。前世で不倫してた後輩ちゃんが毎度毎度口にしてたし。おまえの真実は一体いくつあるんだ! って内心ツッコんでたけど。
飽きたのか、より好物件と巡り合ったってことなのか。どっちでも良いけど、幸せだよねぇ。
毎回毎回フレッシュな気持ちで、真実の愛に出会った! って思えるんでしょ?
「どうしたの?」
私の横にルシアンが腰掛け、こめかみにキスをしてきた。
「どちらから読むか迷っておりました」
ルシアンの視線が本の表紙に注がれる。
「恋物語を好むモニカ妃が選びそうな本ですね」
そう言って本を手に取ると、パラパラとめくっていく。
「ルシアンは、運命の恋ですとか、真実の愛と言う言葉をどう思いますか?」
「素敵な言葉だと思いますよ」
ルシアンの口から素敵って言葉を聞くなんて?!
「目に見えるなら誰も困らないでしょうし」
急に現実的な話になった……。
「ただ、見えなくて良かったとも思います」
「何故ですか?」
「もし、ミチルの運命が別の人間なら絶対に許せないから」
ヤンデレに愚問だったな、うん。
絶対許せないとか言われてるし。
……でも、嬉しい。運命じゃないから諦める、なんて言われたら、泣く。
「真実など、人の数だけあるものでしょう。
その人に取っては、それがその時の真実。どれだけ他者から愚かに見えたとしても」
なるほど……深いですな。
「ミチルは?」
顔を上げてルシアンを見る。
「ミチルにとっての運命の恋、真実の愛は?」
「私の考えなど、聞いてもつまらないと思いますよ?」
「面白さを求めているのではなく、知りたいんです。貴女がどう考えているのかを」
私にとっての運命の恋、真実の愛、か……。
「ルシアンが、私の運命であって欲しいと願っております」
ルシアンもそう思ってくれたら嬉しい。そう願いを込めて口にすると、ルシアンは目を細めた。
「真実の愛は……正直に、分からないのです……愛に正解不正解があるのかと思ってしまって」
素直な感想を述べると、ふふ、と声に出して笑われた。
「ミチルらしい、とても」
え? 私らしい? どのへん?
「私のミチルへの想いを否定されても構いません。誰がなんと言おうと貴女を愛しているから」
ですが、と言って私の髪を撫でる。
「貴女にだけは否定されたくないと思うようになりました」
胸がぎゅっとする。
まっすぐにルシアンを見る。蜂蜜色の瞳に映る自分が見えた。
私は我が儘だから、誰かに否定されるのも嫌だな。大抵そう言う人はルシアンを好きになって、私のライバルになっちゃうから。
「私は、他の方に否定されるのも嫌です」
「では、オットスキーではなく、ルシアンハミチルノモノ、にしますか?」
「?!」
「愛し子の好む菓子として常に置かれるんです。
ルシアンハミチルノモノ」
なが……っ! ってそう言う問題じゃなかった!
「絶対駄目です!」




