パパガスキー
ベタな展開ですが、お楽しみいただけると嬉しいです
菓子、かし、カシ、スイーツ、甘いもの、甘味。
結構色んなお菓子を食べてきたし、これはオススメ! と人様に勧めたりもしてきたけど、これが私のイチオシです! となると話は変わるよね。
和菓子──こっちの世界では燕菓子──が好きでよく食べてるけど。
過去の転生者の功績なのかなんなのか、スイーツはまぁまぁあるんですよ、この世界。
なにしろパティシエなんていう職が存在するぐらいなんで。
だからこれが好きってカフェに出して、女神の愛し子ってこう言うのが好きなんだふーーん、ってがっかりされたらどうしよう。
ルシアンは大丈夫だと言ってくれたけど、なんか責任重大な感じがして、1ミリも進んでないんです、ハイ。
「はぁ……」
「律儀ねぇ」
私の前で、セラは試作品のお菓子を片っ端から食べている。太るぞ、と言いたいけど、この人達、毎朝トレーニングしてるんですってよ! 私が惰眠を貪っている間に!!
ランニングは止めてと言われたので、ルシアンに週一でダンスに付き合ってもらってますけどね。
運動なんてそれだけ。後は庭の散歩を少し。
日傘をエマが挿してくれるんだけど、それだとエマが日に焼けちゃうじゃないですか? 自分で持つのは駄目って言われちゃうし。
そんな訳だったから、スイーツの味見はひと口まで。
愛し子の好きなスイーツ!!
誰か教えて下さい、おまえが好きなスイーツはこれだよ、馬鹿だな……と!
「ミチルちゃんは、どちらかと言うと歯応えのあるものの方が好きよね」
そうかな?
「マカロンだとかアップルパイだとか、燕菓子もあられを好んでたと思うわよ」
確かに?
さすが私の執事! 私よりも私を知ってますね?!
「歯応えがあって、甘さはほどほど。果物を使ったものも好きよね」
フルーツか。
美味しいよね、フルーツ。
たっぷりのったタルトとか美味しいよねぇ。飽きが来ない。
…………これだ!
「そうです、セラ、果物です」
「果物がどうしたの? 体言止めでも良いから言葉に出していってちょうだい」
言い方!
私、ちゃんと言葉にしてると思いますよ?!
……ルシアンへの、気持ちになるとヘタレになるけれども。
「カフェで出すにしても、その土地では入手しにくいものもあるでしょう?」
あるわね、とセラが頷く。後ろでアウローラも頷く。
「その土地ならではの果物を、タルトにカスタードと一緒にのせてもらいたいの。季節のフルーツタルトなら、余程の土地でなければ手に入れられるのではないかしら?」
我ながら冴えてる!
冴え渡るミチルですよ!(言い過ぎ)
「そうねぇ。それなら当たり障りもないし、無難で良いんじゃないかしら?」
また! 人がせっかく頑張って考えたのに!
「皇太子殿下から呼び出しが来ているし、フルーツタルトを持ってご機嫌伺いに行きましょうか」
楽しみにしてるなんて言って冷やかしてきたゼファス様を思い出す。
別に楽しみになんてしてないと思うんだよね。
「ところで早速だけど、冬なのよ、今」
…………ソウデスネ。
「果物が入手出来ない場合はどうする?」
最速で壁にぶち当たりました。
パティシエに泣きついたら、コンポートがあるので大丈夫ですよ、と言ってもらえた!
冬はナッツ類のタルトも良いのではないかと提案までしてもらって。
うちのパティシエ、出来る。
出来る出来るとは思っていたけれども、ここまで出来るとは……やりおる!
後は当日にフルーツたっぷりタルトを持ってゼファス様を襲撃してやるのですよ!
コンポートの種類を見せてもらったら、なかなか良いのがあったので、それを入れてもらう事にした。
ゼファス様を驚かしてやるのだ。
皇城に向かう馬車の中、セラの持つカゴを見ながら、ダヴィドが言う。
「甘くないタルトもお願いしたいです」
そんなに恨めしそうな顔をせんでも……。
甘いのが苦手なダヴィドはいつも味見が出来ないと嘆いてる。
カフェ、甘くないものも置いた方が良いよね、それはパティシエよりもシェフに要相談かなー。
タルト・サレみたいな感じならありだよね。
少し早めに着いたから、皇城の庭を勝手に散策する。皇城の奥には皇族しか入れない図書館がある事を思い出す。
屋敷に滞在中のラトリア様はせっせと通っては蔵書を読み進めているという。
魔力の器を調べていた時には大変お世話になりました。
しみじみしなから図書館のある方を見ていたら、見覚えのある人がやって来た。
「……お義父様……?」
……皇族しか入れない図書館……。
なんて言うか、魔王様に関しては考えたら負けな気がする。不可能でもあの手この手で可能にしちゃうんだろうし。
ラトリア様も出入りしてるしね……(遠い目)
「やぁ、我が愛娘のミチルじゃないか」
胡散臭い。
たまに言われるけど、胡散臭いことこの上ない。
顔に出ていたのだろう。
お義父様は私を見て楽しそうに笑う。後ろに立つベネフィスはいつも通り無表情。鉄仮面ばりです。顔筋とかもう動かないんじゃないかな。
「お義父様はどちらに?」
「ゼファスの所だよ。今日はミチルとのお茶会を邪魔しようと思ってね」
……邪魔するって言った……。
この人の場合、言葉の綾じゃなくて本当だったりするからね。
「私はご遠慮した方がよろしい?」
「二人の間に割って入る為に来たからね、ミチルがいてくれないと始まらないよ」
なにソレこわい。
ビビりな私はそっとセラとダヴィドを見る。セラが口パクしていた。
あ き ら め な さ い
諦めなさいって言った!! わぁ! 私も読唇術出来たよ! 嬉しくないけど!
ダヴィドも苦笑いしていた。
ゼファス様の執務室に入る。私を見る表情は変わらないんだけど、お義父様を目視確認した瞬間、ゼファス様が半眼になった。
珍しい表情デスネ。
あれ……もしかして……?
「あいもかわらずゼファスは働き者だね」
そう言ってさっさとソファに腰掛けるお義父様。
自由が過ぎるな?
「何しに来たの、リオン。用はないよ」
やっぱりお義父様……呼ばれてなかったんだ……。
「長年の友の訪れをそう邪険にしないでくれないか」
「昨日も一昨日も来て何を言ってる」
しかも日参してる……!
「お義父様、ゼファス様の邪魔は駄目ですよ?」
私も邪魔しに来てるけど頻度が低いので許されたし。
ミルヒに案内されてソファに腰掛ける。
「愛娘からも酷い言われようだ」
「お勤めに励んでらっしゃるゼファス様の邪魔は看過出来ません」
働かざる者食うべからず、ですよ。
っていってもお義父様ってば十二歳から当主やってたんだよねぇ……そう考えると隠居もありなのか?
でもゼファス様の邪魔はいかんですよ。
「ほら」
ふふん、とでも言い出しそうな顔でゼファス様がお義父様を見る。
友人にだからか、ゼファス様の表情はお義父様の前だとバリエーションが増える。
「毎日ゼファスがお茶の相手じゃつまらないからね、たまには愛娘とお茶をしたい」
「帰れ」
邪魔した挙句のこの発言。さすが魔王様……。
とりあえず日々、邪魔をしてるヒトがいるんだから、早々に立ち去った方が良さそうだと判断して、セラ達にお茶を入れるよう指示する。ダヴィドがお菓子を用意する。
ゼファス様、甘いの好きだからと多めに持って来て良かったよ、お義父様いたし。
目の前に皿が置かれて、お義父様が笑顔になる。
「おや、私もいただけるのかい? ミチルとのお茶会の際は参加しようかな」
ゼファス様が、紙を丸めたものと思われるものをお義父様に向かって投げ、スッと動いてベネフィスがキャッチしていた。
ちらとゼファス様を見ると、お怒りが溢れてます。滲むどころか放出しまくってる。お菓子の恨みは恐ろしい……。
「ゼファス様、お義父様の事は相手にせず、お茶にしましょう」
「そうだね」
……お義父様効果なのか、ゼファス様がとても素直である。
「これは手厳しい」
ゼファス様はソファに腰掛けると、目の前に置かれたフルーツタルトを眺める。
「これが愛し子の好きな菓子?」
「季節のフルーツタルトなら、各地のカフェでも用意出来ますでしょう。それに果物のタルトが好きなのは事実です」
タルト台とアーモンド生地の味見として用意された時とはのってる果物が違う。前のは黄桃のコンポートやら葡萄のコンポートがのっていたけど、今回はなんていうか、和梨っぽいって言うか。なんだろう、これ?
フォークで刺して口に運ぶ。
あれ? これ……?
青パパイヤじゃないかな?
コンポートをいくつか食べてみて、やはり青パパイヤだと確信する。
感想を聞こうと思ってゼファス様を見ると、フォークに刺さったパパイヤのコンポートを神妙な面持ちで食べてる。そんなゼファス様をお義父様は楽しげに見ていた。
味、気に入らないのかな? 確かにいつもより甘さは控えめだけど。
パパか……そう言えばロシュとリュリュにはとうさま、かあさま呼びをさせてるんだよね。
ロシュは相変わらず私の事を呼び捨てにするし……とうさま、かあさまがダメなら、パパママかな。ロシュに関してはそう言う問題じゃない気もするけど……。
「パパ……」
ぼとり、と何かが落ちる音がして、咽せている音がほぼ同時にした。
顔を上げるとゼファス様が固まっていて、お義父様が咽せてた。あれかな、気管支に入っちゃったのかな。
ミルヒが苦笑いを浮かべながら片付けをする。
咽せちゃったお義父様は顔を背けてゴホゴホしてる。ほぅ……魔王でも咽せるんだ? ありとあらゆる状態異常無効かと思っていたよ。
それにしてもゼファス様がちょっと固まってるけど、私が考えごとしてる間になにが?
「ゼファス様?」
「…………なに?」
「パパイヤ、お嫌いでしたか?」
「いや、そんな事はない……」
「こんなに美味しいのに、世の父親を泣かせる果物ですね」
あ……もしかしてお義父様が咽せたのってそれかな?
ようやく落ち着いてきたお義父様を見る。ベネフィスに背中をさすられてる魔王とか、なかなか稀有なものを見れました。
「パパイヤは熟していなくても美味しいのですから、素晴らしいです」
青パパイヤの炒め物とかね。コンポートにすれば甘くもなるし。
間引いた実すら美味しくいただけるとか、素晴らしい。なんだか久し振りにパパイヤシリシリとか食べたくなってきたなぁ。
「ゼファス様、ご存知ですか? パパイヤは……」
見たらゼファス様が凹んでて、復活した魔王が笑っていた。
魔王……? なした……?
ふらりと立ち上がったゼファス様は執務室を出て行き、ミルヒが苦笑いを浮かべて言った。
「殿下、わざとです?」
ん……?
何の事かさっぱり分からん私にセラが教えてくれた。
「ゼファス様への嫌がらせにパパイヤを連呼したのか、って事よ」
えー?
まさか私がパパイヤって言ったからゼファス様が凹んだって事?
「今日のタルトにどの果物が使用されるのかは知りませんでしたよ?」
いや、本当に。
味見の時は黄桃だったし。
「その青パパイヤのコンポートを使ったタルトを、女神の愛し子の好む菓子第一弾として出して下さい。パパスキーとか、名前付けて見たらどうでしょう?」
へらりと笑ってミルヒが言った。
「それはだ」
「採用」
戻ってきたゼファス様が私の言葉を遮って言った。
「このタルトの名前は、パパスキーだから」
えぇっ?!
「お待ち下さい、誤解があるようですが、私に深い意図はなく……!」
「パパスキーか、良かったね、ゼファス」
「うるさいよ」
ふん、と言って顔を背けるゼファス様。
ちなみに、その後いくら改名をお願いしても駄目だった……。
女神の愛し子お気に入りのスイーツ……パパスキー誕生……Death




