糖度には定評あり
久しぶりに会ったラトリア様は、思ったよりも顔色が良くて安心した。
リュリューシュとロシュフォールを抱っこしてデレデレしてます。人間、あそこまで目尻って下がるんだナー。
不満なのは、私はまだラトリア様の子供に会えてないって事です。甥っ子に会いたい!
ひと足先にアル・ショテル入りするラトリア様。落ち着いてからロシェル様たちもあっちに行くらしくって、その時には会えるみたいだけど。
早く会いたいけど、ラトリア様家族がアル・ショテルに行くと言う事に不安も覚える。
私を見て、ふっと目を細めて笑うラトリア様の表情は、ルシアンに少し似ていた。兄弟だから似ていて当然だけど、顔立ちなんかは似ていないから。
ルシアンが魔王様似で、ラトリア様はお義母様似。
こう言うふとした所に血を感じるって、ちょっと良いよね。
「そうそう、皇太子殿下が新しいものを、と仰せだったよ」
糖分欠乏皇太子め。新しいものを持って来いだなんて、この前至星宮で散々食べただろうに。
これでもかっ! と言う程に甘い奴を食べさせてくれるわ。
なんだったかなー、名前は忘れちゃってるけど、トルコとか中東のお菓子かなんかですっごい甘い奴あったんだよねー。
砕いたナッツをうすーいパイで挟んで、上からシロップかけてある奴。
あれを作ろうではないの! そして甘さに悶絶するが良い!
持って参りましたよー、名前も思い出しましたよー。バクラヴァ!!
甘い! とにかく甘いのですよ。なんたってパイがシロップを吸い込んでますからね!
味見として何度も何度も食べたものだから、向こう一年ぐらいは食べなくて良いカナ、と思うレベルだった。
いや、美味しいんだけどね。
さすがのセラもこれはくるわね……! って言ってた。なにが来たのかは分からんけど、なんか分かった。
作るたびに味見してもらったのに、また食べたいわぁ、って言ってたから、真の甘党の前では全然許容っぽい。すごいわー。
目の前でいつも通りに無表情を決め込んじゃってるゼファス様に、バクラヴァを出す。
さぁ、食べたまえよ!
……ってああああぁ、私がまず食べるんだった!
バクラヴァを口に入れる。口の中に甘さが広がります! 砂糖そのまま口に入れたみたいな甘さである。当然ですけどね、シロップは砂糖溶かして煮詰めただけだし。
ゼファス様は怯む事なくバクラヴァを口にする。
甘さも気にならないのか、そのまま食べ続けている。すっごいな?!
「……甘くないのですか?」
恐る恐る尋ねる。
食べ終えたゼファス様はおかわりをセラに要求した。ええええぇぇ?! 二つ目?!
作って来てなんですけど、おかわりはさすがに予想してなかった。
「そなたとルシアンのやりとりを見る方が胸焼けする」
ぎゃ!!
返す返すも申し訳アリマセン!
でも不可抗力ですよ?! ルシアンに言って欲しい!
二つ目をぺろりと平らげたゼファス様は、まぁまぁだね、と言った。
合格いただきましたー。
「これだけ甘ければ二つでも満足出来る」
……なんとね?! バクラヴァを二つも食べて、その感想ですと?!
私、甘党を舐めておりました……。
「カフェにこれ、置いといて」
置くの?! バクラヴァを?!
「陛下お気に入りの菓子、置くんでしょ? 私のも置けば良い」
涼しい顔でそうおっしゃる。
そうですけど、ゼファス様ファンクラブ会員番号1番としましては、天使のイメージを壊したくないと申しますか。
「……他の味も用意して宜しいですか?」
「いいよ」
チョコレート入りのちょっとビターなのも用意しておこう……。
「皇室の印象を良くする為に、陛下や私の好む菓子をカフェに出す事とどう繋がるのか分からないけど」
「親近感です、ゼファス様」
濃い目に淹れてもらったミルクティーが沁みます。
「権威が失われる」
「その程度で失われる権威なら、元からないようなものでしょう」
大丈夫だよ、祖母もゼファス様も皇族感出てるし!
心配不要です、と言う意味を込めて笑顔を向けると、呆れた顔をされた。
「私や陛下の事は心配していない、そなただ」
……ぬ?
「皇家の人間としての教育を受けていない上に前世の記憶の影響もある所為で、かろうじて貴族に擬態しているそなたが一番危うい」
擬態……!
グサグサとナイフが刺さります。
真実ほど人の心を抉るものはありませんよね……。
…………あれ?
「私が好むお菓子は出しませんよ?」
「女皇や皇太子の好みの菓子より、女神の愛し子の好む菓子の方に関心がいくに決まってるでしょ」
……!!
「そんな……」
そんな事ないよね?
セラを見ると意味ありげに微笑まれた。
ミルヒを見ると、へらへらと笑われて「当然かと」と言われてしまった。
「愛し子の印象を損ねない菓子、楽しみにしてるから」
「ゼファス様?!」
鬼か?!
屋敷に戻った私は、ルシアンに泣きついた。
大丈夫だと言って欲しかったのに、そうでしょうね、と肯定されてしまった。
半泣きになってる私を見ながら、ルシアンは目を細めて微笑む。
「好みと言っても一つに絞る必要はないでしょう。季節によって入手出来る素材も変わりますし」
そうか……!
そうだよね!
ありがとうルシアン……!
希望の光が見えてきましたよ!
ぎゅっとルシアンの手を掴む。
愛し子の好きなお菓子とか、ハードル高すぎてどうしようかと……。
女神の愛し子に夢とか幻想とか抱くの止めて下さい……!(切実)
ただの凡人なんですよ……(震え声)
「季節の菓子などもありますものね!」
「そうですね。
あぁ、新ギルドの新設も来月から行われますから、忙しくなります」
そうですよ、ギルド。
カフェだけじゃなく、ギルドも作るんだよね。
私としては医療ギルドを作りたい。この世界には魔法なんて便利なものはないんですよ。それなのに医者にかかれるのは基本貴族。もしくはお金持ち。
薬だって大したものはないって聞いた。
身近にルフト家とか言う薬物に長けた一族もいる事だし、エスポージト氏という、強力な知人もいる訳ですからね、利用……頼らない手はないよね。
……あ、でもあれかな。ルフト家の知識って門外不出だったりするのかな。
「毒に関する情報は秘匿するでしょうね」
……思考を読まれすぎだろう、いくらなんでも。
じっとルシアンを見ると、医療、と言っていたと言われてしまった。普通に言っちゃってた模様。
「反対するでしょうか?」
「治験を堂々とやれるようになりますから、反対しないのでは?」
そうだった。こう言う家だった……。
「危険薬物の治験は駄目ですよ?」
いくら公然の秘密となってる暗殺集団だとしてもですよ。
「それは勿論」
……本当かな。
「それよりも、今回ゼファス様に召し上がっていただいた菓子、私は食べさせてもらえないの?」
きましたね、このヤキモチ焼きめ。
「とてもとても甘いのです。ルシアンは食べられないと思います」
甘いものが好きな私でも、しばらく結構ですと言いたくなる甘さなのだ。甘いのが苦手なルシアンは絶対無理だと思う。
私の場合は作れるようになる為に味見し過ぎたっていうのが大きいんだけど。
「ミチルが作ったものなら食べたい」
いや、それ無理してるでしょ。
「そうまでして口にするものではありません」
食べたい人が食べるのが良いんです。
そもそもルシアンは私が作ったもので、食べた事がないものがあるのが許せないとか、そんな理由だと思うし。
「食べたい」
「絶対後悔します」
「しないから、食べさせて?」
ね? と、バクラヴァに負けないぐらいに甘い甘い声でルシアンはねだってくる。
色気たっぷりにねだる事なのか?
「口になさる事自体は構いませんが……後悔しても知りませんよ?」
ついでに言うならお残しも許さんよ?
大体ユー、昔皇都デートした時に食べたお菓子があまりにも甘くて、コーヒー渡した事があったの覚えてないのかね。
あれより甘いからね、バクラヴァ。
「えぇ」
ゼファス様に持って行くのに、切り落として残った奴があった筈。
濃いめのコーヒーを淹れておいてから、冷蔵庫から取り出したバクラヴァをルシアンの前に置く。
甘い甘いと脅しておいたんだけど、躊躇せず口に運ぶ。
口に入れた瞬間、ルシアンの動きが止まり、目を閉じた。
ほら、だから言ったじゃないですか。
甘いですよ、って。
「ルシアン、コーヒーをどうぞ」
ゆっくり頷いて、コーヒーを口にする。
飲み終えてからまたバクラヴァを口にする。
……え、食べるの?
驚いている私を見てルシアンは不敵に笑う。
…………ぬ?!
甘いもの、駄目だった筈?!
どんどんルシアンの口の中に入っていくバクラヴァ。苦手だからとそのまま飲み込んでる気配もない。ちゃんと咀嚼してらっしゃいます。
甘いの克服したの? それとも味覚変わった?
全て食べ終えたルシアンはコーヒーを口にする。
沢山飲んで口直しするかと思ったのに、ふた口ぐらいしか飲んでない。
「ルシアン、甘いものも食べられるようになったのですか?」
「父に注意を受けました」
お義父様から?
「アルト家の人間が好き嫌いが一目で分かるのは関心しないと」
アルト家は何処に向かおうとしてるのですか……。
「ですが、嗜好が変わった訳ではありませんから、甘いものは好きではありません、ミチル以外」
今なんか変な言い方したな、この人。
流すけど。
「では、当分甘いものは見たくありませんね」
甘いものが好きな私ですら、バクラヴァはしばらく食べなくて良い感じ。
「いえ」
ん?
今、否定した?
「まだ足りない」
足りない?
まさかゼファス様みたいにおかわりなんて……
分かった瞬間に身体が浮かび上がった。
お姫様抱っこされた!
ほっぺちゅーも!
「私が一番好きな甘いものはミチルですから」
「は……破廉恥……」
恥ずかしさをぐっと堪え……ようとしたけど無理でした。思わず呟いてしまった。
楽しそうに微笑むルシアンを見ていたら、ゼファス様に言われた言葉を思い出した。
「ゼファス様が、私達のその、仲の良さに胸焼けするとおっしゃっておりました」
「甘さが足りないとおっしゃって下されば良いのに」
気にした様子もなく、キスが落とされた。
いつもよりキスが甘く感じたのはきっとバクラヴァの所為だ。
「私だけの、甘い人」
あ……甘いのはルシアンだーっ!!




