学ぶべきこと
銀さん(ニヒト)視点です。
ちょっと短めです。申し訳ありません。
ここの所、陛下のご機嫌は良いとは言い難かった。無論、カーライルの件で。
ミチル様とのお茶会と、ダヴィドから僅かな情報を得た後は、お気持ちは安定されたようだった。
愛する孫娘からの贈り物──レンテンローズの苗木を皇城の庭に植えさせるのを、直にご覧になると仰せになった。
「この年になっても、学ぶ事は多いものだと、実感しているのよ」
学ぶ事?
陛下の視線はレンテンローズを植える者に向けられている。私は陛下の後ろに立ち、話の続きを待つ。
「アルト公から」
その名に思わず反応してしまいそうになるのを、抑える。
「私も、同じ様にすれば良いのだと思い至りました」
「……同じ様、でございますか」
そうよ、とおっしゃる。
アルト公は何を考えているのか分からぬ男だ。
我が主人である陛下は、英知に富んだお方だが、腹立たしい事にアルト公がその上をいくことが間々ある。
陛下はその事をご不快には思われていないようだが、さすがに今回のように予定を狂わされれば腹も立とうと言うもの。
「迷いが晴れたのであれば、ようございました」
「迷いが晴れる……言い得て妙だこと」
陛下の御心から憂いが少しでも消えたのであれば良い。
「皇太子殿下が、ラトリア・アルトにアンクをお授けになったようです」
皇族のみが入館を許される皇宮図書館には、古ディンブーラ王国が残した書物が収められている。
「ゼファスはレイの事になると途端に甘くなる、と言いたいところだけれど、それは私もね」
ふふ、と声に出してお笑いになる。
陛下は幼い頃にお手ずからお育てになられたミチル様を殊の外愛でておられる。ソルレ様とギウスに向かわれたのも、ミチル様に未来を繋ぐ為であったと仰せであった。
あのままカーライルに居て下さればもっと早くにお迎え出来たのにという思いもなくはないが、もはや言っても詮無い事。今はこうして、再びお仕え出来る事を女神に感謝する日々である。
「我が祖 アスペルラ姫の姉君であり、古ディンブーラ最後の女皇が残すよう命じた英知」
アスペルラ姫は姉姫の懊悩も、兄皇子の怒りも理解していたという。
従来通りに長女であるペルビアナ姫が次の女皇となる事に異論を唱える者は、実の所多かった。
第二皇女が女神の愛し子となったのだ。次代の女皇に相応しいのはアスペルラ姫だと推す皇子を中心とした者達と、長子であるペルビアナ姫こそ相応しいとする者達で二分した。
姫達の母君である当時の女皇の苦悩も深かったと聞く。
「後悔とは、ペルビアナ様の為にある言葉だと思っているのよ。
確かに次の女皇として望まれ、その期待に応えるべく努力もなされたのだろうし、自尊心もおありだったでしょう。
けれど、真に皇国の事を思えば初めからアスペルラ姫に皇太子としての立場を譲るべきでした。そうすればいずれかの公家に入ったとしても皇姉としての立場を維持していられたでしょうに。
引き際を誤り、皇国を二分させた愚かな女皇として名を残す事になった……」
厳しいお言葉ではあるが、事実である。
アスペルラ姫は愛し子に選ばれた事を、光栄ではあるものの、それ故に国を二分させる原因となったとして深くお嘆きになられ、アドルガッサーにお隠れになられた。
兄皇子であり、雷帝国の初代皇帝にどれだけ説得されても、生涯アドルガッサー領から出る事はなかった。
「……同じ誤ちを起こさせぬようにと、残された皇宮図書館……でしたな」
「人は愚かなもの。心があるが故に弱くも強くもなる。人の胸の内など覗けるものでもありません。
ましてや、神の御心など」
魔素をイリダとオーリーの両大陸に広げられている女神の事を仰せなのだろう。
何故魔素を広げておられるのか。ミチル様の願いを叶えてイリダの大陸を浄化なされ、オーリーの大陸を緑で潤したのにも関わらず。
「思うよりも時間がないのかも知れませんね……」
時間がない?
「新年の祝いの日、リュリューシュを皇太子の養子とする事を正式に発表します。ラルナダルトにそのように伝えてちょうだい」
「畏まりました」
アスペルラ姫の血を引くリュリューシュ様が女皇になる為に皇太子の養子となる事は、全ての公家が待ち望んだ事であった。
「帝国とギウスにも知らせを」
先程のお言葉の意味をここにして漸く理解する。
アルト公は人の動きを読むのに長けている。その上で手を打つからこそ、先んじる。
陛下はカフェやら新ギルドは公家、皇太子殿下に任せる事になさったのだ。
リュリューシュ様はオットー家の当主シミオン殿の御子息との婚約が内定している。お二人の子と雷帝国との婚姻を目指される。
マグダレナ大陸をまとめ上げる為に。




