レンテンローズの君
改めて新章『イケメンカフェ リターンズ?』をスタートします。
よろしくお願いします。
ダヴィド視点になります。
数ヶ月ぶりに皇都に戻ったミチル様は、陛下に呼ばれた。セラとオレが供をする。
非公式な、つまり私的なお茶会の為、ミチル様も畏まった挨拶などはしない。……とは言え、緊張する。
祖父に緊張はしないが、陛下がいる。オレにとって陛下は怖い存在だ。ミチル様の庇護者であり、守るべきラルナダルトの一人であり、場合によってはミチル様を駒としてお使いになる方。
ミチル様がオレとセラに目で合図をする。
セラはミチル様が作った菓子を、オレはラルナダルト領から持ち帰った花を。って言っても生花は無理だから、苗木だけど。
「まぁ……レンテンローズね」
陛下の侍従にセラが菓子の入ったカゴを渡し、オレは祖父にレンテンローズの苗木を渡した。
「お祖母様のお好きな花であったと記憶しております」
苗木には蕾も何も付いていない。それなのにレンテンローズだと分かる程に、陛下はこの花がお好きだ、と言う事がこのやりとりで分かる。
「よく覚えていたわね」
祖父が持つレンテンローズの苗木にそっと触れると、それはそれは嬉しそうに陛下が微笑まれて、内心で安堵のため息を吐く。
今回の事で、陛下のご不興を買っているだろう事は間違いない。少しでもご機嫌を取りたい。
「ラルナダルトのレンテンローズは、花弁の色がとても美しく、お祖母様のお気に入りなのも頷けます。
白い花弁のものはユリのようでもあり、大変好ましいですもの」
皇都の屋敷に植える予定でおります、と微笑むミチル様に、陛下の笑みが深くなる。
陛下と皇太子殿下の機嫌を取る事に関して、ミチル様の右に出る者はいないな、と思う。
手慣れた様子で侍従がカゴから菓子を取り出し、皿に盛り、テーブルに置く。セラはセラで紅茶の用意をしている。
ミチル様はたとえ皇城であっても、口になさるものは屋敷から持ってきたもののみ。皇太子殿下とのお茶会でもそう。
お二人を信用していないと言う事ではない。お二人ともそれは認識されているし、お許し下さっている。
そもそもお二人が口にするものも、陛下なら祖父が、皇太子殿下ならミルヒが毒味をしてから召し上がられる。
ミチル様とのお茶会の際はその役目をミチル様がしているようなものだ。
「久しぶりにレイのお菓子をいただけるわね」
「パイを食べやすく焼き上げたものをお持ちしましたの」
そう言ってパイを口に入れる。サクサクと音をさせる。
美味そうなんだけど、砂糖がまぶしてあって、甘そうなんだよね。セラが美味い美味い食べてたけど。
「美味しそうな音だこと」
ふふ、と声に出して笑うと、陛下もパイを口に入れる。
サクサクと音がする。あぁ、音だけ聴いてると本当美味そう。甘くない奴ないのかな。
「口当たりも軽く、食べやすいのね。ニヒト、貴方にもあげましょう」
かなりお気に召したようだ。祖父に食べさせると言う事は、同じものを皇城のパティシエに作らせろ、と言う命令だ。
「は……ミチル様、頂戴致します」
風味、食感、などを記憶するように祖父は咀嚼する。
「どうですか、ニヒト」
「陛下のお好みの味かと」
そうでしょう、と得意げにミチル様が言う。
……珍しい、こんな事はあまりおっしゃらないのに。
「お祖母様、お願いがございます」
「レイがおねだり? 珍しいこと」
「ゼファス様……皇太子殿下から、各国にカフェを建設する件についてお聞き及びかと思います」
「えぇ、聞いているわ」
陛下は手の上で扇子を広げ始めた。祖父の視線が扇子にいき、表情に僅かに緊張が混じる。
「そこでこのお菓子を出したいのです。女皇お気に入りのお菓子として」
一瞬だけ驚いた表情をなさる。
「私のお気に入りとして? それは構わないけれど、どういった意図があるのかしら?」
……本当に、ミチル様の前では優しい祖母である態度を崩さない。
「女皇が好む味となれば、平民も貴族も関心を抱く事でしょう。
各国の平民、いいえ、貴族もそうですが、皇国の女皇は遠い存在です。雲の上の存在の女皇が好む物を食し、美味しいと感じる。きっと女皇陛下を身近に感じる事でしょう」
ミチル様にしては珍しく皇国の為に行動している。
いつもの無自覚じゃなく、意識しての行い。
マグダレナ大陸の包括的な支配を目指す陛下は、ご自身の代だけではなく、皇太子殿下、リュリューシュ様へ恙無く継承されていく事をお望みだ。
上から押さえつけるだけではいずれその不満は爆発する。ミチル様の案は、そうさせない為のものだと思う。
先日のゼナオリアからの要求があった一件から、ミチル様は思案される事が増えたとセラが言っていた。
「そう言うものなのかしらね?」
「そう言うものなのです」
楽しそうに笑う陛下に、頷くミチル様。
その後はカーライルの王太子妃の強引さであるとか、娘の王女の話などが話題に上がった。
あまりおしゃべりではないミチル様だけど、祖母には色々喋るのだと知った。それを楽しそうに聞く陛下に、本当に仲が良いのだと再認識させられる。
少しはご機嫌を回復出来て、無事にお茶会も終わりそうだし、良かった良かった。
「ダヴィド、ニヒトと後で話をしていったらどうかしら? 孫であるアウローラとあなたが揃って皇都を離れて寂しかったようだから」
そうおっしゃり、にっこりと微笑む陛下。
……お怒りです。全然機嫌直ってない。
それはそれ、これはこれ、って奴ですかね……。
直答は許されていない為、深くお辞儀をして承諾した事を示す。
隣のセラが口をぱくぱくさせる。
"ご愁傷様"
……どうも……。
ミチル様とセラを見送った後、祖父の元を訪れたら、陛下までいた……。
「お話を聞かせて欲しいのよ、ダヴィド」
ちら、と祖父を見ると、鋭い視線を向けてきていた。
……まぁ、そうですよね。
「ルシアン様に許可をいただいている範囲でなら」
「それで結構よ」
これがルシアン様の名ではなく、宗主の名なら、陛下は更にお怒りになったかも知れない。
「アルト公の目的をルシアンは把握しているのかしら?」
「いいえ。ですが、イリダとオーリーの両大陸に行かねば目的は達成されない事は明確かと」
「そのようね」
陛下が手のひらの上で扇子を広げ始めた。
多分、これは思案中の陛下の癖なのではと思っている。
「アルト家は何故、嫡子だけしか子が持てないのかしらね?」
……凡そ分かってらっしゃっているのだろう。その上で確認をしたいのだ、きっと。
「……何故、でしょうね」
「ダヴィド」
祖父が脅すようにオレの名を呼ぶ。でもこれは駄目だ。オレは一応、アルト家門の一員としての立場も持つ。
「不用意な発言をし、ミチル様に影響が及ぶ事は避けたく存じます」
陛下は頷き、祖父は眉間に皺を寄せたままだが、これで大体分かったろう。
嫡子以外が子を持たぬ理由は。
「強国に挟まれた国の苦渋、というものなのでしょうね。アルト家は代々優秀な人材を排出するにも関わらず、ラルナダルトのように、子が少ない」
……ご理解が早くて助かります、本当に。
「ダヴィド」
「はい」
「今回の事、最悪な状況を防いだと思って良いですね?」
「はい、それは間違いなく」
パチンと音をさせて扇子が閉じられる。
よろしい、と陛下はおっしゃると、目を細めて微笑まれた。……まぁ、目は笑ってないんですけどね。
「またお話しましょうね?」
「……はい」
陛下が退室した後、祖父は部屋に残ったままだった。そうだろうなとは思ってましたけどね。
不機嫌な訳ではないけど、気難しい顔をしてオレをじろりと睨む。
「……カーライルの件について、陛下のご不興を招いたとは思いますが、結果として良い方向に向かうと思っています」
「その根拠は?」
「中継地点となるカーライルにばかり陛下の関心がいく事は如何かと」
オレの言葉に祖父の眉間の皺が柔らぐ。
ふむ、と呟いたのは無意識だったろうと思う。
祖父もその点は気付いていた筈だ。
「それよりも、皇室と公家が推し進めようとしている新設ギルドやカフェを使って、大陸全土に網を張り巡らせる方が有益でしょう」
先を見据えていかねばならない。
その為にも今回のカーライルでの騒動は悪くなかったと思っている。
「アルト一門のサーシス家、オットー家が情報収集の拠点として利用する事が決まっております。無論、レーゲンハイムも人を配します」
オレの言わんとする事が分かったのだろう。
祖父の表情が更に柔らぐ。
確かにオレもアウローラもアルトの一員にはなったけど、レーゲンハイムはラルナダルトの為にある。
「……ミチル様のお気持ちに変化があったようだが?」
「モニカ妃が変えたようですね」
「王太子妃が?」
頷く。
モニカ妃だけじゃなく、宗主や皇太子なんかの影響もあったとは思うけど、そこはちょっと誤魔化す。
「まだ胸中については明かしていただいておりませんが、近い内にご相談いただけると思っております」
セラは聞いてるみたいだし。
まだまだ新参者なオレは、ミチル様に最初に相談する相手にはなれない。セラがいる限り一生無理でもまぁそこは良いと思ってる。要は相談しても良いと思ってもらえるか、そこだけ。
そうか、と言った祖父は追い払うように手を振った。
「しっかりお支えせよ」
「心します」
ラルナダルト邸に戻ると、セラとロイエに捕まった。この二人がいるって事は、ルシアン様はミチル様と一緒にいるのか。
独占欲が凄まじいルシアン様は、ミチル様が外出した後は、部屋に閉じ込める。
ミチル様、よくあんな事されて平気だなって思うけど、セラ曰く、需要と供給が一致していれば、側から見て異常でも平和なのよ、との事。
まぁ、言わんとする事は分かりますけどね……。
執務室に連行される。
今日、こう言うの多い……。
「それで?」
陛下と何を話したか、って事ですよね。
「アルト家は何故嫡男以外は子が出来ないのか、とお尋ねになりました」
ロイエの表情は変わらない。セラはため息を吐く。
「いやぁねぇ、絶対分かってらっしゃるわよね、それ」
「多分」
セラはパイを口に放り込む。砂糖がまぶされた奴だ。重ね重ね思うけど、甘くない奴ないのかな。
「それ、甘くない奴ないですか?」
「頼んどいてあげる」
「どうも」
軽く摘める甘くないパイ、料理として供される以外だとちょっと想像つかないけど、何がしか作ってもらえる事を期待して、本題に戻る。
「今回の件、陛下のご不興を買ったのは事実ですが、カーライルばかりが陛下の関心を得るのはよろしくない、とは伝えました」
良い返しね、とセラが頷き、ロイエも頷いた。
「いくら三国の中継地点とは言え、皇国圏内では端に位置し、他の国よりは後から皇国傘下に入った、所謂新参者だものね。
ミチルちゃんの存在やアルト家があったればこそだけれど、それをいつまでもって訳にはいかないものねぇ」
「反感を買うのは必至」
オレも頷く。
「だから、そう言う意味でも、アルトがカーライルを離れた事、ギルドがカーライルの貴族の支配から離れた事は全てに置いて良かったと思ってます、個人的には」
後は個別のギルドが何処まで自力で力を付けられるか、だけど、これまで自分達に都合の良いように下を食い潰してきたツケを払う時が来ただけだろう。
そこへ来て新しいギルドを公家主体で立ち上げられたら、古参は堪らんだろうけど、やむなし。
「そう言えばミチル様のあのやる気、何です? 熱でもあります? それとも暴走?」
ロイエから物が飛んできたのを慌てて避ける。
「気持ちは分かるけど、失礼よぉ?」
気持ち、分かってしまう所がセラだなと思う。
「この前も少し話したけど、ミチルちゃんに女皇となる気持ちはないの。これまではルシアン様やゼファス様、陛下がその対処をして下さっていた訳だけど、ここに来て宗主が何を考えてるのか分からないし、陛下は何だかんだ言っても、必要ならミチルちゃんを皇位に就けるわ」
ロイエとオレが同時に頷く。
皆、同じように感じているのだと分かる。
「ご自身の事を人任せにするのを止めたのよ。それと、リュリューシュ様の為にね」
愛し子の娘、と言えば聞こえは良いけど、まぁ要するに親の七光りって奴になってしまう。
それを防ぐ為にも、ミチル様も行動に移す事にしたって事か。
「ラルナダルトが落ち着いてきたら、大陸全土とは、中々に我が主は手厳しい」
茶化して言えばセラがふん、と鼻で笑った。
「腕が鳴る、ぐらい言ってみせなさいよ、レーゲンハイム」
「こっちも手厳しい」
ラルナダルトの主であるミチル様の御為に。
良い響き。




