夢とは覚めるもの
ラトリア視点です
ポリット侯から重要な知らせがあるとして、開かれる事になった謁見の場には、カーライル中の貴族が召喚されていた。
……侯は派手好みのようだ。
己が力を見せ付けようと言うのが透けて見える。
欲望に忠実で、いっそ清々しい。
王太子家族が命を落としたと言う噂は国内に広がっている。ポリット侯が広げた証拠も掴んでいる。
侍従が大広間に陛下のお越しを知らせると、一同が礼をして迎える。
陛下と王妃殿下が着座遊ばすのに合わせて侍従が再び声を張り上げ、姿勢を戻した。
「皆の者、大義である」
張りのあるお声に、勘の良い者達は首を僅かに傾げていた。もう演技をする必要がない為、陛下にはいつも通りのお振る舞いをお願いしている。
残念ながらポリット侯はその事に気付いていないようだ。
「ポリットよ、カーライル中の貴族を集めた理由を申せ」
歩み出たポリット侯は、恭しく礼をすると、悲しげな表情を見せた。
「陛下、王妃殿下におかれましては、王太子様達を失われたご心痛、いかばかりかとお察し申し上げます」
ざわり、と一角で声が上がる。
その方角にやんわりとした笑みを向けると、こちらに向き直り、侯は話を続けた。
「そのお心をお慰めすべく、手を尽くしました」
顔を上げたポリット侯は、扉の方に向けてこれへ、と声をかけた。兵士が頷くと扉が開き、親子と見られる女性と少女が手を引かれてやって来た。
女性を見て俄に場が騒がしくなる。
「他国に嫁がれていた、陛下の姪御様と、その御息女にございます」
紹介された女性──アリス・オキーフはカーテシーをし、微笑んだ。
王太子ジークの従姉妹であり、今は亡き王弟殿下の忘れ形見である。当初ルシアンが婚約者候補に挙がっていたが、公女が拒絶した。後になって変化したルシアンを惜しんだようだったが。
「陛下、王妃殿下、お久しぶりにございます」
親しみを込めた彼女の微笑みに、陛下は鷹揚に頷いた。
「久しいな、アリス」
王太子家族がいなくなれば、カーライル王家の血を継ぐ者はアリス妃とその娘しかいない。
失意に暮れる陛下と王妃殿下の心に入り込む為に、ポリット侯はアリス妃に持ちかけたのだ。
嫁いだは良いものの派手を好む彼女は、堅実を好む夫と良好な関係を築けてはいない。
権力を望むポリット侯と、自由と散財を好むアリス妃の利害は一致した。
「ポリット、先程妙な事を申しておったな」
姪とその娘の登場に感激するかと思っていたポリット侯は、冷静な様子の陛下に戸惑いを覚えているようだ。
「…………は」
「ジーク達を失った悲しみがどうのと申しておったが、それはどういう意味か?」
ポリット侯が口を開こうとしたその時、扉が開いて王太子家族が現れた。
場内のざわつきは頂点に達する。
こぼれ落ちそうな程に大きく目を見開いたポリット侯は、死者でも目にしたかのように王太子を見つめている。
「そんな……馬鹿な……死んだ筈じゃ……」
思考が追い付かずに言葉にしてしまったであろう呟きを陛下は聞き漏らす事はなかった。
王太子とモニカ妃はそれぞれ、陛下と王妃殿下の横に立つと、真っ直ぐにポリット侯を見つめる。
「先程からそなたは王太子の死を決め付けておるが、それは何故か」
射抜くような鋭い視線が投げかけられたポリット侯は言葉に窮する。
「先日届いた飾りで王太子が死んだとでも思ったか?」
あの時、陛下には飾りを手に声を上げて泣く真似をしていただくようお願いをしたが、それ以外は口にしていない。
普通ならば命を落としたと思うだろう。それが偽装である事を知る者以外は。
答えられないポリット侯にアリス妃が強い視線を送る。
聞いていたのとは話が違う、とでも言いたげだ。
「……恐れながら」
示し合わせた通り、フレアージュ侯が言葉を発する。
皆の視線がフレアージュ侯に注がれる。
「申してみよ」
「近頃王国内では、王太子殿下とそのご家族が御逝去なされたとの噂が実しやかに流説されております。
噂の元を辿りました所」
フレアージュ侯は真っ直ぐにポリット侯を見る。
「ポリット侯に仕える者から流されておりました」
「なっ、何処にその証拠がある!」
人が変わったようなポリット侯の態度に、眉を顰める者、隣の者と囁く者。
「証拠? その必要がありますかな?
侯はラルナダルト家から届いた飾りを目にされ、殿下がお亡くなりになられたと勘違いなされたのでしょう?」
わざとらしくため息を吐くフレアージュ侯が次に何を言うのか気が気ではないのだろう。
ポリット侯はフレアージュ侯から目を逸らさない。
「貴殿は苟も宰相補佐の地位におられるのです。噂になるような言動を、いくら自身の屋敷内とは言え、制御出来ぬようでは困りますな」
「は…………ははは、これは本当に、申し訳ない」
笑って誤魔化すポリット侯を、呆れた表情で見るフレアージュ侯。
「これは、酷い勘違いをしたようで、誠に恥ずかしい限りにございます」
そう言うと陛下に向き直り頭を下げる。
このままなぁなぁにして幕引きしたいと言う思いが透けて見える。
「ポリット侯、それからアリス妃殿下、当てが外れて残念にございましたね」
私がそう言うと、引き攣り気味な笑みを顔に浮かべたポリット侯が、「レンブラント公までお揶揄いになられて、お人が悪い」と誤魔化そうとする。
「無礼ではありませんか、レンブラント公」
アリス妃は憮然とした顔を見せる。
「揶揄などしておりません。心からの言葉です」
多くの視線があちらこちらへと忙しなく移動する。
「ポリット侯、貴方はこのカーライル王国の支配を企み、実に色んな事をして下さいました」
「何を根拠にそのような事を仰せになるのですかな、レンブラント公」
必死に動揺を抑え込んだ声。
声とは多くの情報を持つ。表情だけではなく、声も制御出来なくては謀は上手くいかない。
「レニアル王女の教育係であった夫人は、侯のご推薦でしたね?
姫は王太子ご夫妻から邪魔な存在と思われている……そう信じ込まされておられましたよ」
「何と言う女だ! そんな女だと知っていたら推薦などする筈がござらん!」
自身とは無関係と言いたいのだろうが……。
「そんな……! 私は命を受けたからこそ、そのように姫に言い含めたのに……!」
カーライルの全貴族がいると言う事は、その夫人もここにいると言う事を彼は失念していたのだろう。
人混みを掻き分けるようにして飛び出して来た当の本人を見て、侯は動揺している。
このようにあからさまに動揺した姿を見せては、誰もがポリット侯を疑ってしまうだろう。
「この件に付きましてはまた後日、詳しく詮議していただく事になります」
目配せをすると、夫人は兵士に挟まれて大人しくなった。
「さて、時間も限られておりますから、次の話をしましょう」
ダナンが私に書状を差し出す。
それをポリット侯に向けて広げて見せる。
「これはポリット侯と、親交の深い方々とのやり取りの一部。実に興味深い事が書いてあります」
これまでポリット侯が企んできた事が逐一書かれている。どうも名案だと思った事は誰かに話さないと気が済まない性質のようで、旧アドルガッサーの貴族達に送っていたのだ。自身の陣営に引き込む為に。自分に付くと疑わずに送ったのだろう。旧アドルガッサーとカーライル古参の貴族の仲が良くないのは周知の事実。
何故このようなものが私の手元にあるかと言えば、旧アドルガッサーの貴族でも真っ当な者は当然いて、そういった者達の元へフレアージュ侯が訪れ、説得して下さったお陰である。
裏切られたとでも思っているのだろう。
貴族達を睨み付けるポリット侯は、もはや取り繕うのも止めたようだ。
「商業ギルドの管理はアルト家からポリット家に移っておりますが、その立場を利用して得た情報を元に、貴方は隊商を襲わせた。
狙いはイリダ大陸から運び込まれた毒になりうる薬草」
毒と聞いてあちこちから悲鳴が上がる。
「そのような物は知らん! 私は誰も毒殺してなどおらん!」
「お戯れを、ポリット侯。
貴方は私の命をずっと狙っていたではありませんか」
本当に辛かった。
毒も辛かったがあの解毒剤が……。
「何を言う! レンブラント公は命を落としてはおらんではないか!」
「えぇ。申し訳ありません」
信じられないものを見るように、目を見開いている。
「馬鹿な……! あまりに効果が出ぬから偽りの情報を掴まされたと思っていたのに!」
「アルトの人間に毒は効きませんよ」
どんな毒があっても、すぐに解毒剤を作ってしまう優秀な一族がいるのだから。
もっとも、即効性の毒の場合はその限りではない。だからこそ情報が役に立つ。
笑って見せると首を横に振る。
「化け物め……!」
解毒剤があると教えても良いが、あれは本当に辛かったので、これぐらいの意趣返しは許されるだろう。
「アリス妃殿下」
矛先が自分に向いて、アリス妃は肩を震わせた。
「妃殿下のご夫君である第二王子から書簡をいただいております」
懐から取り出した書簡を開き、掲げる。
「どうやら妃殿下は、ご自身と共にカーライルに行こうと誘ってらっしゃったようですね。
第二王子という立場に不満はないのかと」
途端にアリス様の顔が青ざめる。
「止めなさい!」
私から書簡を取り上げようと近付くのを、近衛兵達が阻止する。
「ですが堅実なご夫君は、カーライル王国の玉座に関心を示さなかった」
玉座と言う単語に皆、怪訝な顔をする。
アリス様がカーライル王家の玉座に就くと言う事は、王太子家族がいなくならない限りあり得ないからだ。
「それから、こちらを預かっております」
目配せをすると、ダナンはアリス妃の前まで行き、封筒を差し出した。
オキーフ王家の紋章が印された封筒。
震える手で封を開け、紙に書かれた内容を読み、妃殿下──もといアリス様はその場にへたり込んだ。
中は検分していないが、書いてある事は予想がつく。
離縁状だろう。
ざわつく場をそのままに、話を続けていく。
ポリット侯が何故おまえが知っているのかと言わんばかりの顔をしているので、種明かしをしてあげる事にした。
……心を、へし折る為に。
「我が父、リオン・アルトがラルナダルト公家の領地に向かう際に、各国へ通行許可を出したのを覚えておいでですか?」
「まさか……」
微笑んで見せる。
「そのまさかです、ポリット侯。残念ながら貴方の目論見をリオン・アルトは見抜いておりました」
それを私は利用させてもらった。
「では……全て……」
「アリス様と手を組み、カーライル王国を掌中にする──そんな夢を抱かれたのではありませんか?」
その場に膝を付いたポリット侯を、近衛兵が取り囲み、両脇を抱えるようにして連れて行った。
ポリット侯の計画に賛同していた者達のいる辺りに向けて言う。
「ポリット侯と共謀せし者には追って沙汰を申し付ける! 逃げれば罪状が重くなると心得よ!」
泡沫の夢は、こうして弾けて終わった。
皆が去った後、その場に残ったのは陛下と王妃殿下、王太子とモニカ妃、それからフレアージュ侯。
モニカ妃の背中を王太子が押すと、妃殿下は父であるフレアージュ侯に抱き着いた。
「お父様!」
己が胸に飛び込んで来た娘を、フレアージュ侯は優しく抱き締めていた。
「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
「いいのだ、おまえが無事ならそれで」
フレアージュ家の親子の仲の良さは有名だ。
妻君とは政略結婚ではあるが大切にしているし、一人娘のモニカ妃の事は目に入れても痛くない程の可愛がりようだ。
そのモニカ妃の命を狙おうとしたポリットを、フレアージュ侯が許す筈もない。
思っていた通りの活躍をして下さった。
王太子が私の前までやって来た。
「レンブラント公、世話になった」
「勿体ないお言葉にございます」
アルト家最後の奉公を、無事に務め上げられた事に安堵する。
レンブラントはなくなり、その穴を埋めるようにフレアージュ家が陞爵し、カーライル王国はこれまで通り三つの公爵家が王家を支えていく事が内定している。
罪を犯した者達の処罰が済み次第、公にされるだろう。
「これを、アルト公から預かった」
差し出された封筒にはアルト家の家紋である蘭の封蝋がされていた。
王太子に断りを入れてから開封する。
" 愛する息子 ラトリア
この手紙を読んでいると言う事は、無事にカーライルでの始末を終えた事だろう。
ディンブーラ皇国に向かったなら、このアンクを持って皇族のみが閲覧を許可されている図書館に行きなさい。
ルシアンの望みを叶える為に、そなたはこの世界を知らねばならない。
次は、オーリーか、イリダ、いずれかの地で会おう。
リオン・アルト "
手紙にしては重さがあると思ったら、封筒の中にアンクが入っていた。年季の入ったアンクだ。
……本来、アンクは皇族しか手に出来ない物である筈。それが父から渡された事に違和感を覚えた。
どうやってこれを手に入れたのだろうか。
「アルト公は何と?」
「本を読めとの事です」
殿下が怪訝な顔をする。
「えぇ」
ルシアンは私にアル・ショテルに行って欲しいと言ってきた。
きっとそれも、あの父にはお見通しだろう。
次にお目にかかるのは、アル・ショテルだと思います、父上。




