胡乱な友
ゼファス視点です
「それで」
目の前で悠々と茶を飲む男を見る。
「そなたの言う通りここに来たは良いが、いつまでここに居れば良い」
カップをソーサーに戻すとリオンはさも驚いたと言わんばかりの顔をする。わざとらしさに呆れる。
「愛娘と過ごせて幸せだろう?」
「問題が山積みだ」
あの日、リオンからオーリーとイリダ双方の大陸から魔素が検出されたと教えられ、オーリーがこれから言ってくるだろう要求と、その内情の説明を受けた。
あちらの大陸に魔素があると報告を受けたリオンは、オーリーに堂々と潜り込む為、フィオニア・サーシスに命じた。
魔素がオーリーの大陸に存在するとゼナオリアのアスラン王に報告するようにと。
魔素はマグダレナの民しか吸収する事が出来ないもの。それを奴らは身をもって経験している。
魔素の量は微量ながら増えていると聞く。
ただ、その実害は出ていないと言う。微量であるが故に変調がないのか、あの日の奇跡の効果で多少の耐性が付いたのか、ゼナオリア側も調査をしたようだ。
結果、誰も耐性は無いと診断された。
そうであれば増え続ける魔素に馴染むが早いか、毒されて死ぬか。
ミチルの願いにより女神がオーリーとイリダの大陸をその力で覆い、毒を浄化し、緑を取り戻したまでは良かったが、何故慈悲を受けたのかは明らかにされていない。ミチルはこの件について多くを語りたがらない。
それに、愛し子のミチルがそう望んだからと言って、女神が奴らに対して内心どう思っているかまでは分からない。そこへ来て魔素の存在が判明する。女神はお怒りだと考えるのが普通だ。
ゼナオリアもそう考えただろう。
愛し子を傷付ける事をしたのだ。慈悲を賜れる筈がないと。
苦肉の策として、女神と敵対するのではなく、その庇護下に入る事を考えた。
それがマグダレナとの混血の者達の受け入れだった。
受け入れられた者達は大切に扱われ、ゼナオリアの高位貴族達と婚姻を結んでいる。
オーリーの血にマグダレナの血を混ぜる事を考えたのだ。
その上で奴らはミチルに女神への仲立ちを頼む為、敢えて無謀な願いを皇国に訴え出る。断られる事を前提として。
それがゼナオリアの王妃を公家から貰い受けたいと言うものだ。
当然公家の面々は呆れ、怒り、閉口と言った反応を示した。陛下におかれては様子を見たいと仰せだった。何故このような事を言い出したのか、その真意を確かめたかったのだろう。
しばし熟考された後、陛下は否とお決めになった。
断られる事を前提としていたゼナオリアはこの後、実はと魔素の事を訴える予定でいたのだろう。
女神の庇護下に入りたいのだと。その為にミチルをゼナオリアに招きたいとでも言い出すつもりで。
こうなるとこちらとしても断りにくくなる。
ゼナオリアが平民達と祖を同じくするものであると言う事は、今では広く知られている。
マグダレナ大陸だけ無事であれば良いのかなどと、平民達を焚き付けられでもしたら迷惑な事だ。
たとえ今回の事は抑えきれたとしても、自分達と同じ民族を見殺しにしても構わないと皇家が判断した、その時の記憶は残ってしまう。
そうさせない為、リオンの案にのる事にした。
前女皇エリーゼと皇女シンシア、好きな方を選べと言う為に。
アレクシアが子を手放す事に抵抗を示す事は予想が付いていたが、その為にアスラン王の側近であるヒメネスの妻に亡命を願い出るとは想定外だった。
……あの娘は本当に変わらない。
痛い目を見ても真に理解出来ないのだ。それは最終的に欲しい物を手にしてしまっている所為かも知れん。
リオンの怒りに触れ、二人は離縁が決定し、アレクシアはアスラン王の妃候補の一人となった。
無論、私もリオンも、アスラン王がアレクシアを選ぶ筈がないと思っている。
陛下に内情を説明し、ご理解を賜ろうと思った私に、リオンはそれは困ると言った。
リオンの案ではラトリアをこの婚姻の調停役としてゼナオリアに遣わすつもりでいた。
ラトリアがいなくなれば皇国がカーライルを足掛かりにして大陸に干渉するのに影響が出る。私はラトリアを行かせる事に反対した。
代替案として提示されたのが、カフェだった。
アレがカフェを皇都で開きたいと言っているから、新設するギルドと合わせてカフェを大陸全ての国に広めるのだと。そうすれば大陸全ての国への出入りが自由になる。
また、カーライルに仲立ちをさせ続ければ、カーライルは他の国に抜きん出た力を持つ事になる。今は良くとも、未来は分からない。
力のあるうちに対応するのが一番良いとのリオンの言葉に私も納得し、受け入れる事にした。
「ルシアンはどう動くと思う?」
ミチルを溺愛して止まないあの男が何もしない筈がない。
「そうだねぇ。ラトリアをゼナオリアではなく、アル・ショテルに遣わすのではないかな」
「イリダに?」
そう、と答えてカップをテーブルに置いた。分かっていたかのようにベネフィスが紅茶をカップに注いだ。
「あの子はミチルに対して狭量だからね。一応釘は刺したけれど。別にあのままでも構わないがね」
リオンが目配せをするとベネフィスが紅茶に乾燥させた花を浮かべた。
「どうしても視野が狭くなりがちだからね、敢えてそう釘を刺す事でこれからはもっと広く世界を敵と認識するだろう。
自分から愛する妻を奪う存在としてね」
今までとなんら変わらないように思うが。
いや、むしろ悪化するのではないのか。
「ルシアンはね、問題を解決しようとする為に魔素について徹底的に調べ尽くすだろう。あの子は極端だからね」
「それで?」
ミチルが作った菓子を口にする。
伸びて来たリオンの手を叩く。
わざとらしく叩かれた手を撫でながら、リオンは続きを話し始めた。
「ラトリアに助力する代わりに、イリダの研究員をラルナダルトに寄越すように依頼すると思うよ」
「……何の為に」
アル・ショテルに?
「魔素を分解させる事、魔素から魔力を作るその仕組みを解明させる為じゃないかな」
「そんな事をしたらマグダレナの優位性が失われるのではないのか?」
まさか、とリオンが笑う。
「魔素はマグダレナの民の為に作られたようなものだ。それが別の物の方が効率よく処理出来ると思うかい?」
確かにそうだ。
魔素はマグダレナの民にとっては薬であり、女神に還元するものである。一方でオーリーやイリダの民にとっては毒でしかない。
千年もの月日を経ても、女神はマグダレナの民以外にその力を許したのはごく僅かであり、その力も子孫には続かない。気まぐれに慈悲を賜るだけなのだ。
だからこそそれを知っているゼナオリアは、ミチルを頼ろうとしている。
「それにこの大陸が魔力を注ぎ、女神に祈りを捧げる事でしか循環しない事は揺るぎない事実なのだよ。
魔素を分解可能となったからと言って、マグダレナの民を超える仕組みは存在しない」
ルシアンもその考えに至っており、魔素の分解を研究させ、ミチルへの不必要な干渉を断ち切ろうと言う事か。
「そなたはどうするつもりだったのだ、ラトリアの事を」
「アルトの男はね、妻子には執着するが、孫には執着しない。これがどう言う意味か、ゼファスなら分かるだろう?」
「言っている意味は分かるが、理解に苦しむ。
子を愛していながら、その子には関心を示さないと?」
「人並みの愛情は持っているよ?
だから子をこちらで預かって、夫婦で行ってもらい、ゼナオリアの宰相を務めてもらおうしたんだけれどね」
「悪辣過ぎるだろう」
子を人質にするなど。
この男とは付き合いこそ長いが、理解出来ない事が多々ある。
ははは、とリオンは笑う。
「随分と酷い言われようだなぁ。
ゼナオリアの宰相になったとして、別に牛耳らせようと言うのではないよ。子を預かるのだって後顧の憂いをなくそうと言う親切心からだし、ゼナオリアがまた過ちを犯さないように軌道修正させる為に遣わそうかと思ったぐらいのものだ。また何処ぞの姫が勝手をしても止められる者がいないと困るだろう?」
よくもそんな心にもない事を言えたものだと呆れる。
親切心の対極だろう。
「あちらが花嫁を受け入れたらどうする? そうなっても良いように偽物でも送り込むのか?」
「どなたを選んでいただいても構わないよ?」
予想に反した答えに、言葉に詰まる。
リオンは花嫁にする気などなく、エリーゼとシンシアを選んだのだと思っていた。あからさまな罠なのだと。
「望みは叶えた。この上更にミチルに女神との仲立ちを求めたなら、断れば良いだけだろう?」
「それはそうだが……」
何を考えている?
「皇国はゼナオリアに対して充分な対応をした。それが全てだよ。全ての要求を飲まなければならない道理もない。
ゼファスは民を焚き付けられるのが困るのだろう? でもそれは簡単に解決する。
我らは出来る限りの誠意を敗戦国に向けて行った。それにも関わらず彼らは愛し子であるミチルをも我等から奪おうとしているとね」
続きを促す為に頷き、菓子を口にする。
若干、馬鹿馬鹿しくなってきたのもある。
「あの日、この大陸を攻めて来たオーリーとイリダを撃退すべく戦い、最後の手段として滅びの祈りを公家は捧げるつもりでいた。けれど大きな力には犠牲が付き物だ。祈りが届けば民達は女神により命を奪われていた筈。
そうはならなかったのは、愛し子であるミチルが望まなかったからだ。
君達の命を救った愛し子を、ゼナオリアは求めている。それは許される事なのか、とでも演説してみたらどうだい、皇太子殿下?」
「そなたの悪辣さは世界一だな」
ふふふ、とリオンは笑う。
「嘘は嫌いなんだよ。
これでミチルを差し出せと望むゼナオリアは、同じ祖を持つ平民達からかなりの反感を買うだろう?
全員ではないだろうけれどね、反マグダレナと言う空気を醸成するのが防げれば良い」
そう、アルトの男は嘘を吐かない。嘘は嘘を呼び収拾が付かなくなるからだ。公家もまた嘘は吐かない。
愚か者程その場限りの嘘を吐く。
「いくら同じ祖を持つからと言って、一体いつの話をしているのか。これまで姿もまともに見せなかったにも関わらず、自分達が困った時だけ助けを求めてくるなど。
そもそもオーリーもイリダもこちらに攻め込んで来たのだよ? その被害に遭う前に全てが解決しただけの事だ」
眉尻を下げ、肩を竦ませる。
「よしんば自分達がマグダレナを捨てたとして、今と同じだけのものをゼナオリアが用意してくれる補償はない。
皇家は怖い存在だ。自分達を切り捨てる判断をする。しかしそれを止めてくれた愛し子の娘がいずれ女皇になる。その庇護の元ならば、これまで通りの生活が出来るのではないか。だがここでその未来の女皇の母をゼナオリアに差し出したなら──?
双方を天秤にかけたなら、民は同じ祖を持つゼナオリアへの同情よりも、自らの平穏を望むと思わないかい?」
そこまで言い切るとリオンは紅茶を飲み、微笑んだ。
「先にその説明をすればゼナオリアの要求を突っぱねても問題無いのではないか?」
「誠意をもって対応した、というのが必要なんだよゼファス。
こうしておけば民達は罪の意識を持ちにくい」
この男の言う誠意の胡乱さに呆れていると、リオンは言った。
「それに、受けなければゼナオリアに入れないだろう?」
「何故そこまでしてゼナオリアに行きたいのだ、そなたは」
「だって、若いうちでなければ歩き回れないだろう?」
「まさか……それだけか?」
ははは、とリオンは笑う。
「それだけではないけれどね、全てが丸く収まるし、良い事尽くめだろう?」
呆れ過ぎて頭が痛くなってきた。
「そなたがまだ何か隠している事だけはよく分かった」
リオンは目を細めて笑う。
「付き合いが長いと、こちらの考えも見透かされてしまうね」
はっきり口にしないと言う事はまだ、明言出来るだけの材料がリオンにない事。それが判明するにはゼナオリアに行く必要があると言う事だ。
「お互い様だ」
「そうだね」




