特別に教えてあげるよ、暇だからね
うーむ?
ない頭で考える。
アルト家の事。
カーライルの事。
アルト家に生まれた次男以下──と言うか嫡子以外は、子の出来ない身体にされると言う。
キース様が子供が出来ないと言うのは、そう言う事だったと。
……で、本当だったらルシアンがそうなる筈で、でもルシアンが嫡子になったから、ラトリア様が子供の出来ない身体になる筈だった。
でも私が眠りについた事で、ラトリア様は子を持つのが許された。
ある意味普通の事なのに、許すとか許されないとか、私の感覚だと有り得ないけど、そうじゃないんだろうなぁ、アルト家では。
そうしないといけない過去があったって事なんだろう。家訓がほとんど経験による教訓だから、あったんだろう、何かが。
……で、本来ならラトリア様とロシェル様の間に子は出来ない筈だったけど、オーガスタス様がいる。生まれた。
ロシェル様のおなかの中には男の子だか女の子だか分からないけど、二人目の子がいる。
これまでのアルト家に則るなら、オーガスタス様も、おなかの中の子も……でも、それをお義父様が第二のアルト家を作ると言う大義名分を掲げて生かそうとしてる。
「……アレ? 魔王様にしてはまともな? って言うか血の通った人間らしい事をしようとしている??
……魔王も人の子だった?」
「いやぁ、言いたい放題だね、ミチル」
声をかけられて我に返る。
アサシンファミリーの頂点に立つお方が、目の前のソファに鎮座しちゃってるじゃないですか?!
って言うか隣にゼファス様まで?!
「清々しい程に漏れていたよ、声に」
ヒィィィッ。
通常通りの態度が怖いよー!
ゼファス様は呆れた顔で私を見て、お菓子食べてるけども。
セラがため息を吐く。
ちょっ、気付いてたんなら教えてくれても?!
「ちゃんと声、かけたわよ?」
私の思っていた事を見透かして、セラに言われた。
……全面的に私が悪ぅゴザイマス……。
「少し話をしてあげようと思ってね、暇だし」
暇だからて……。
なんかみんな、私に対して遠慮なさすぎない?
「それに、私の計画は三人に邪魔されてしまったからね。本当に残念だよ」
一番効率が良かったのだがね、と言って楽しそうに紅茶を飲む。
三人って誰だろな?
「ゼファス、ルシアン、ラトリアだよ」
思わず口を手で押さえる。
出てた? 出ちゃってた?!
「顔に出すぎ」とゼファス様に言われる。
今度は顔か!!
「単刀直入に言おうか。
ラトリアが子を持つ事を許したのは、当主としてアルト家を存続させる為だ。本来ならミチルとルシアンの間に子が出来たのだから、用済みだね」
用済みと言う言葉の容赦のなさに、自分の子じゃなくともダメージを受ける。
「けれどね、そうせずに済むだけの理由が出来た」
そうしたくなかったと言われて、ほっとする。
咽喉がカラカラで、そっとひと口紅茶を飲んだ。
「ミチル、アル・ショテルとゼナオリアは、魔素を持つ大陸となったよ」
……え?
だって、それはないって……魔素を持つ大陸になった?
なったって言った?
思わずゼファス様の顔を見ると、ゼファス様は目を伏せていた。
「もしや……あの時……?」
私の願いをマグダレナ様は叶えて下さった。その力はあっちの大陸に及んだと言う。もしかしてその時に?
「ミチルの所為ではないよ。女神の慈悲がなければ彼らは存続も叶わなかったろう。
まぁ、綺麗さっぱり滅ぼしていただいても何ら問題はなかったのだけれどね。流石慈愛の女神と言うべきかな、彼の大陸の者達は助けられた」
かなり重要な事だと思うのに、サラッと言ってのけるお義父様。そしてやっぱり言う事が魔王です。
「アウローラ」
私の後ろに立っているアウローラに、お義父様が声をかける。
「陛下とレーゲンハイム翁に教えてあげると良い。
双方の大陸に、微量ながら魔素が存在するとね」
「……かしこまりました」
「これにて私の隠し事は終いだ」
そう言って笑うお義父様が胡散臭い。
絶対そんな事ない。まだ何か隠してるに違いない。
ミチル信じないぞ。
「むしろ私が女神に尋ねたいけれどね、あちらに干渉するのは如何様なご意志なのかとね」
確かに?!
あー、でも、目覚める前にマグダレナ様、兄達に思う所があるって言ってたもんなぁ……。
「ゼナオリアは王妃に皇国の皇族を求めている」
ぽつりとゼファス様が言う。
え?
それは大胆な要求だよね?
国同士としてはよくある政略結婚なんだろうけど、こう言っては何ですが、ゼナオリアはおイタしちゃった訳で。
それなのに嫁をと望むのは魔素があるからですか?
「ゼナオリアの目的は、ミチルだよ」
驚く私に、お義父様は苦笑する。
「何を驚くんだい? 当然だろう?
彼らは元より断られる前提で願い出ている。
断られた彼らは言う。魔素がこの大陸にある。だから女神の愛し子にお越しいただき、魔素をどうにかして欲しいとね」
「ですがそれなら、他のマグダレナの民でも事足りるのでは?」
行きたい行きたくないとかじゃなくて、何故私が指名されるんだね?
「簡単だよ。彼らはオーリー神を見限った」
ゼファス様の手がぐっと握り込まれるのが視界の隅に見えた。これは、ゼファス様の望まぬ事なのだ。
「いくら神同士の諍いがあったにせよ、自らの民を永きに渡って見殺しにした。そんな中助けてくれたのは慈愛の女神だ。
考えるまでもないだろう? 民は自らを見捨てた神を、捨てた。至極真っ当な結論だね」
だからね、とお義父様は続ける。
「女神の愛し子と誼を結びたいのだよ、彼らは。それにミチルが皇太子であったり、女皇であれば招聘も憚られるだろうが、ミチルは皇国の皇族ではあるが、それだけだ。
それにミチル自身も慈悲深いと思われているからね」
何て答えれば良いのか分からない。
嫌だとか良いとか、そんな感想も浮かんで来ない。
「だから、望み通り王妃をあげようと思っているんだよ」
皇国の皇族を?
「ミチル、覚えているかい?
君の命を狙った愚か者がいただろう? 皇族に」
皇女シンシアだよ、と言ってお義父様は微笑む。
シンシア……!!
「最適だろう? 彼女ならば」
「ですが、それでは魔素は……」
魔力の器を持たないシンシアがあっちに行っても、問題は解決しないのでは?
ははは、とお義父様は笑う。
「だってミチル、我らは魔素について何も言われていない。断られてから実は、と泣き縋ろうとしているんだからね」
魔王様はご立腹だった、うん。
何と申しますか、策謀の申し子のお義父様がいるのに、変に策を弄したゼナオリアがおまぬけさんとしか……。
「本当なら言う事を聞かないアレクシア様を差し出して、ラトリアを目付けとして送り込もうと思っていたんだけどねぇ、三人が嫌がるから」
ヤレヤレと言わんばかりの顔で言うお義父様を、ゼファス様が睨む。
セラが苦虫を噛み潰したような、辛さに耐えた表情をしている。
アレクシア様を王妃にと言う事になれば、フィオニアと、その子供はどうなると言うのか。
「オーリーのものはオーリーに返すのが筋だろう?」
シンシアはオーリーやイリダの血を引くからこそ、皇族だけど魔力の器がない。
「そんな訳だからね、ラトリアの子は無用になる。本当なら家族全員あちらにアレクシア様の後見として送り込もうと思っていたからね。それならば生かしておく大義名分が成り立ったんだけれどね」
全身に鳥肌が立つ。
「……カーライルにて、存続させる事は出来ないのですか……?」
「何故? アルトはラルナダルトとして存続し続けるのだから、何ら問題ないだろう?」
「ですが、お義父様の孫ではありませんか?!」
「そうだね」
表情を変えないお義父様に、思わず言ってしまった。
「このっ、人でなし魔王ーっ!!」
セラにデコピンされたけど、後悔してないもんね。
痛いけど、間違った事言ってないもんね。
むしろミチルは怒ってるんだぞ。
だってさ、絶対、全てが丸くまとまる案をお義父様なら思い付く筈だよ。それなのに、そうじゃない案ばっかり出してきて。
アレクシア様は確かに約束を守らないのだから、その点は良くないのかも知れない。でも、子供を手放せって言われたら普通の母親なら嫌だって言う筈だ。
「アレクシア様が子供を引き渡すのを拒んだ場合、全員処分される可能性もあらかじめ示唆されていたのよ」
セラが言う。
もし自分がその選択を迫られたなら……子供の命を守りたくて、手放す気がする。
死ぬほど辛くても、そうしないと子供が死んでしまうのなら。
でも、手放したくないと言う気持ちも、分かる。
その結果として、アレクシア様はフィオニアと子供と引き離され、ゼナオリアの王妃として差し出されそうになっていたの? 他の男性との間に子供を産んだ前女皇なら、瑕疵があるって事?
……で、その後見としてならラトリア様は子を持つ事が許された?
「ラトリア様は、どうなさるおつもりなのかしら」
全てはそこだと思う。
だって別に、アレクシア様じゃなく、シンシアだとしても、お目付けとして行けば良いじゃない。
その時、ルシアンが言っていた言葉を思い出した。
── 今回の件は、私と兄に課された試験だと思っています。
それともう一つ、何でわざわざ秘密主義のお義父様が私に話をしたかと言う事。
多分だけど、手を出すなって事なんじゃないかと。
私にじゃなくて、アウローラに伝え、祖母や銀さんに伝わるように。
……ちょっと、試験の難易度高すぎない?!




