聖下は不機嫌です
ゼファスの従者 ミルヒ視点です
私としてはゼファス様に日々健やかに、穏やかにお過ごしいただきたいのだけれども……ミチル殿下が皇都をお発ちになられてから聖下の機嫌は下がる一方だ。
そんな聖下の傍で、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべたアルト公が、美味しそうに紅茶を飲んでいる。
はっきり言うと、室内の空気が劣悪なので誰でも良いから何とかして欲しい。ただ、アルト公は絶対に何もしてくれないだろう。むしろ悪化させるに違いない。
「そのように不機嫌さをあからさまにするゼファスも珍しいね」
楽しそうなアルト公。ゼファス様は不機嫌な顔になり、アルト公を一瞥する。
ちなみに珍しくないですよ、アルト公。
「アレが皇都にいない」
目を閉じて息を吐き、手になされていた書類を置くと、アルト公を睨む。
既にお怒りだった。
ミチル殿下が皇都を離れてひと月。
アルト伯とは蜜月の真っ只中だろうけれども、ゼファス様はミチル殿下にお会い出来ていない。
毎月のお茶会をゼファス様がどれだけ楽しみにしている事か……しかもいつ皇都にお戻りになるかも分からない。
「リオン」
ゼファス様から発せられた声は低く、それだけで怒りの深さが知れるようだった。
それにしても殿下も手紙ぐらい下されば……ってお倒れになっている(という設定らしい)ので、無理な話か……。
「どうするつもりだ」
「どうもしないよ。ラトリア次第だね」
飄々と答えるアルト公。公の心の臓には毛が生えていると思う。しかも極太の金属で出来ている。
「長男からは何の連絡もないのか、方向性などについて」
「それじゃ意味がないだろう。
もう雛でもないし、飛べるだけの羽根もあるのだから」
何の話をされているのかぼんやりとしか分からない。
分からないがとりあえずゼファス様の機嫌をある程度回復させて欲しい。
この後が辛い。
ミチル殿下、いますぐお戻り下さい。
「そんなにもミチルに会いたいなら、待たずに会いに行けば良いだろうに」
虚を衝かれた顔でゼファス様はアルト公を見る。
「会いにいく理由などいくらでもあるだろう。
それに昔はそんな事も気にせずミチルに会いに来ていたのに、随分と臆病な事だね」
変に焚き付けないで下さい、アルト公。
まだ仕事は山程あるんですから……!
「皇太子が動く事で何か無用な事が起きるのではないかと懸念する気持ちも分からなくもないけれどね、ゼファスはそれすら御せない程無力だったかな?」
ゼファス様が無表情になる。
あー、もう駄目です。おしまいです。
そんな、会いたくてたまらないのを、殿下を事件に巻き込みたくないとか色んな理由で自制していたって言うのに、こんな風に焚き付けられてしまったら絶対──……。
「御せるに決まってる」
あぁー…………。
もの凄い良い笑顔でゼファス様が言い切られた。
そうしてゼファス様は皇都を旅立った。
…………お恨み申し上げます、アルト公。




