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転生を希望します!【番外編】  作者: 黛ちまた
アルト家 家訓!

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得手 不得手

ラトリア・レンブラント視点です

 屋敷の執務室の窓から外を眺める。

 秋も深まり、日が暮れるのは大分早くなった。


「ダナン」


「……こちらに」


「二人は」


「お屋敷に無事、到着なさいました」


「……そうか」


 思わず安堵の息を漏らす。


 影として私に常に付き従うクリームヒルト家の長男であるダナン。


 レンブラント家に養子に入り、表向きアルト家から離れたように見えて、アルトに生まれた者がアルトから逃げる事は不可能だ。死ぬまでアルトの人間として生きる。

 裏切る寸前で踏み止まったとは言え、叔父キースはアルト家次期当主であるルシアンの命に背き、結果としてルシアンの妻であるミチルを危険な目に遭わせた。

 ルシアンは叔父キースに責任を取らせる事を望み、当主である父は命だけを残し、全てを奪った。

 さすがのリオン・アルトも弟可愛さに命を奪うまではしなかったと思う者もいただろうが、その逆だ。


 父の怒りに触れた叔父は殺してもらえなかった。叔父はきっと、父に殺されると思っていただろうし、殺される事を望んでいた筈だ。誰かに殺されるならばと己で手にかけた、愛する妻の元に逝きたかっただろうに。

 記憶と心を失い、己の意思で動くこともままならなくなった叔父の姿を思い出す。実の兄に薬を渡された叔父の心情は察するに余りある。……だが、罪は罪であり、正しく罰を受けなくてはならない。宗主の弟だからと言って許されては筋が通らなくなってしまうのだから。


 愛する者がいた事を忘れたのは、幸か不幸か。


 私は嫡子として生きてきた。

 アルトの機密を知る者として、今度は監視対象となった。

 あの家を継がずに済んだのだ。元より逆らう気などないし、なんの不満もない。そう思っていたが、自分だけ楽をする事は許されなかった。父が許してくれる筈もなかったなと、自嘲する。


 父は私にアルトを継ぐだけの適性が無い事を誰よりも知っていた。能力だけで見れば問題はなかっただろうが、謀は私にとって精神的な苦痛を伴う。


 常に各国の情報を収集し、カーライル王国やアルト家に関与する可能性のあるものがあれば芽を摘み取る。たとえその時点では何も起きていなくとも、いつでも刈り取れるように罠となり得るものを配置していく。そうしてこの国も、アルト家も存続してきた。

 大国に挟まれた小さな国が生き残る為に必要な事なのは分かっている。そうしなければ生きていけなかった。

 分かっていても受け止め切れない私の心は弱いのだろう。

 

 ルシアンが後を継ぎたいと言った時には驚きを隠せなかった。

 あの子がそれまでしてきた自己主張は、自分に関わるなと言う拒絶のみだったから。

 ミチルを伴侶にと望んだ時から、あの子は変わった。本質的な部分は変わっていないだろうが、これまで拒否していた事を全て飲み込み始めた。

 ミチルの為ならどんな事でも受け入れていった。

 手が汚れる事も厭わず、真っ直ぐに目的を果たす為に思考を重ね、行動に移す。

 守る対象であった弟は、唯一の存在を見つけた事で強くなった。私よりも。

 アルトの男は恋した女を伴侶とする事が常だ。そして恐ろしく溺れるが、強くもなる。


 そんなアルトの男の中で私は珍しく、母からの紹介で伴侶を決めた。

 初めて会った時もロシェルに恋をする事もなく、かと言って誰かに恋をするでもなく。

 ロシェルも私に男女の愛情を持っている訳ではない。彼女は生涯一人で過ごすつもりでいたのだ。

 彼女は服飾に全てを捧げている。貴族の令嬢としてよくそんな事が許されたな、と言うのが率直な感想だった。

 婚約者となり、それなりに仲良くやってきた。婚姻を結んだ後も誠実に接してきた。表向きは父が母を愛しむのに倣った。

 彼女は十分過ぎる程に優れた人であり、婚姻相手として申し分ないどころか、得難い女性だと思う。愛情を抱けていなくとも、このまま、家族としての情を抱いて生きていくのだろうと思っていた。


 父がカーライル王国宰相の座を下り、私が新しくその座に就いた。

 欲をかいてカーライルを欲したポリット侯爵とその係累を根絶やしにする為に。

 ただ、これは避けられない未来への予定調和だった。

 ルシアンがミチルの意向を汲んでレーゲンハイムをアルト一門に受け入れると決めた時に、アルトと私の未来は決まったのだから。

 レーゲンハイムを受け入れた事によりアルトは肥大化した。それだけではなく、ミチルがラルナダルト家を継いだ。

 かつてディンブーラ皇国公家の一つであったラルナダルトはディンブーラ皇国に復籍する事が決まった。これは他の公家からの要請であり、拒む事は不可能だ。

 ミチルを女皇にする為に動く公家達と渡り合う為にも、ルシアンにレーゲンハイムは必要だった。

 今はまだリオン・アルトがいるからこそ、公家は敵に回らない。でも、父がいなくなれば彼らは容赦なくミチルをルシアンから奪う為に行動する。

 それを阻止する為に、勢力を拡大した状態で皇国に復籍した。だが、ルシアンとしても、アルトとしても、譲れるのはここまでだった。


 アドルガッサー王室の傍流を汲むポリットに、カーライル王室は侯爵領を与えた。

 傍目には旧アドルガッサー王国からカーライルに転籍させられた貴族達を慮っての対応に見えた事だろう。

 旧アドルガッサー領は全てアルト一門の物となる。先祖伝来受け継いできた所領を奪われる事になるのだから、それに配慮した交換がなされるべきとの判断だ。

 そこまで配慮する必要は本来ない。王国が滅んだ際に貴族籍を全て没収すれば良いだけの事である。

 ただ、そうすればカーライル王国としての品位は上がらない。国としての格が下がれば、カーライル王国に各ギルドの本部が置かれている事に異論を唱える国が出てくる。

 そうならない為にも、大義と言うものが必要になってくる。ここまで便宜したにも関わらず、カーライル王室に楯突いたとあれば、排除されたとしても致し方ない。

 その為の布石。


 マグダレナ、イリダ、オーリー全てにギルドが配置された。全てのギルドの本部がカーライル王国に集まる。

 それは各国の財政、治安、それ以外にも多岐に渡る、あらゆる情報が公然と収集可能になる。

 目敏い国は早々にその事に気付いているだろうが、ギルドによる恩恵と天秤にかけ、悩む内にもギルドはその力を遺憾なく発揮していく事だろう。自国内でのギルドの活動を阻止しても、周辺諸国がギルドを受け入れていれば、遅れを取るのは自国だけとなる。

 ギルドと言うものの存在を教えてくれたミチルは、それがどういうものか分かっていなかった。こんなものがあれば便利ぐらいにしか思っていなかったろう。

 もっとも、作れたとしても効力を発揮出来ない組織なら意味が無いが、事件は起きた。

 たといカーライル王国内にしか設置出来ない組織だったとしてもなんら問題がなかったのだ。

 ギルドを使いたいと望んだのは皇国と、帝国、ギウス。

 カーライル王国は自国内で完結していたものを、請われた為に支部と言う形で提供しているに過ぎないという体裁を取っているし、各王室にとっての利点もある。

 利点、不利点を秤にかけた場合、利点が勝るように出来ている。

 一度知った利便性の高い物を手放すのは難しい。それが狙いなのだ。


 よく覚えておきなさい。

 人はね、目にしたもの──と言うのは正しくないね、存在を認識したものを欲するのだよ。


 そう教えてくれたのは父だ。

 父の言う通り、有形無形を問わず、その人物が魅力を感じているものをちらつかせれば、余程の事がない限り食いついた。

 恐ろしい程に父は人の心を操作していった。父に言わせれば操作ではなく、誘導だとの事だったが、私からすれば操作だ。そうなるようにいくつもの罠を張り巡らせるのだ。目移りした事だろう、何処を見ても甘い果実が用意されているのだから。


 ポリットはギルドが持つ情報の中身を知り、欲を募らせていった。

 ゆっくりゆっくりと目の前で実が熟していく。けれど手を出す訳にはいかない。

 リオン・アルトがいる国にいて、好き勝手に振る舞ってはいけない事ぐらいは分かっていたようだった。

 それが突然の引退宣言。とは言え、この世から消えた訳ではない。戻って来るかも知れないのだから、迂闊な事は出来ないと考えていただろう。


 そんな時に届いた、ラルナダルト公爵からの招待状。

 受け取ったのは王太子妃。

 ポリットは王太子夫妻で旧友の元を訪れてはいかがかと唆した。王子と王女の事は我ら家臣一同がお守り致しますし、祖父母である両陛下もおわします、と忠臣もかくやと言わん口振りだった。

 ポリットは王太子夫妻を亡き者にし、王子と王女の後見となる事を目論んでいた。

 そうは言っても慎重に事を進めるつもりでいた事は見てとれた。

 自分も行くとリオン・アルトが言い出した事で、各国の通行許可がなかなか下りず、ポリットは焦っていた。

 リオン・アルトに己の計画が知られていて、妨害をされているのではと勘ぐった。

 更に王太子夫妻は子供達も連れて行くと言ったものだから、ポリットの計画は狂っていく。

 計画の再考を余儀なくされながら、笑顔で王太子家族とリオン・アルトを見送る姿は、なかなかの演技であったと言えた。


 そうして計画の練り直しをしていたポリットに届いたのは、カーライル王国の王太子家族と、リオン・アルトの乗った馬車が雨で崩れやすくなっていた崖から滑落し、消息不明という知らせ。

 現在捜索中との事だが、雨が多く捜索も難航しているとの事だった。

 かつて自身がいた領地の気候だ。ポリット侯は不思議に思わなかった事だろう。

 眺めが良いとされる崖。舗装されていない道。この季節は雨が多く視界が大変悪い事を。

 替えの効かない王太子。更にその子供達まで一緒に行方が知れないと聞かされて、王と王妃はあまりの事に伏せってしまった。


 リオン・アルトの言いなりの王に見えるよう、初めてアドルガッサーから移ってきた貴族達の前で陛下に演じてもらった事が記憶に新しい。

 対照的に聡明な王太子。

 不仲に見えるように王太子と宰相である父は意見を微妙に違わせた。

 何も知らないポリット侯は、これまで権勢を欲しいままにしてきたリオン・アルトに、傀儡になる事を厭うた王太子が反発しているように見えた事だろう。二人の間に入って甲斐甲斐しく動く様は、なかなかの忠臣ぶりだった。

 カーライルに元よりいる貴族からすれば、リオン・アルトによる言葉遊びにしか見えなかったろうが。

 ……王太子殿下の、精神的な疲労はかなりのものであったと推察する。目的の為とは言え、父の所為で本当に申し訳ない気持ちで一杯になる。


 嫡子の伴侶がラルナダルト公爵になり、カーライル王国の王室よりも立ち位置は上になる。

 にも関わらず、カーライルにいれば宰相として王に傅かねばならない。

 未来の女皇の祖父が。

 己の尺度でしか物を考えられないポリットからすれば、リオン・アルトが不満を抱いていると思ったに違いない。

 なかなかの忖度具合に、父は笑い転げていた。


 王太子家族とリオン・アルトの消息が途絶えて一週間があっという間に過ぎ、二週間が過ぎ、生存は絶望的と思われた。

 友の安否が掴めぬ事態に、招待したラルナダルト公爵が己の所為であると気に病み、伏せってしまった。

 愛妻家で有名なアルト伯は憔悴する妻に付きっきりで離れないと言う話もこちらに届く。

 ……ポリット侯は狂喜乱舞した事だろう。

 己の計画が上手くいかないどころか、天が味方したとしか思えぬ程、面白い程に自身に有利に働くのだから。

 ポリットにとって、身近の邪魔な存在は、私、ラトリア・レンブラント。

 リオン・アルトの長男として生まれておきながら、能力が足りないが為に次男のルシアンにその座を奪われたと思われているだろう。その通りなので否定はしない。

 私よりもルシアンの方が謀に対しての適性はある。あの子は躊躇しない、私と違って。

 謀は嫌いだ。それは変わらない。

 だからと言って出来ない訳ではない。

 父や弟に劣るからと言って、何ひとつ出来ない訳ではない。ポリット侯は誤解している。

 その誤解を利用する。


 ロシェルと息子のオーガスタスは、彼女の生家であるシャンティカイユ家にいる。

 非常事態で落ち着かないレンブラント邸にいるよりも、両親の元にいた方が、第二子を妊娠中である妻には良いだろうとの事で。

 妊娠は事実であるし、私の元にいて彼女と息子に危害を加えられない為にも、側から離した。


 見送る際、彼女はかつてない程に怯えた顔をして言った。


『ラト、貴方を失いたくないのです。どんな手段を使っても、必ず成し遂げて下さい』


 未熟な私達は、ここに至って初めて、自分の中に芽生えた気持ちを知った。

 彼女は私を想い、私は彼女を想っている。


 ずっと、アルトの男は一目惚れのようなものをするのだと思っていた。

 自覚して分かった事は、そうではなく、好感情が一定以上を超えた瞬間から、相手を愛しいと思う気持ちが止められなくなるだけなのだと。

 それは誰もが持つ感情であろうし、人に愛情を抱く迄の過程だろう。

 ただ、アルトの男はその気持ちが止められない。

 家訓はただ正当化する為の言い訳なのではないだろうかと思えてくる。

 ルシアンのような激情はやはり私には無縁のようだ。

 ロシェルへの想いを明確に認識はしたけれども、ルシアンのようにはなっていない。

 けれど、自分の中で彼女ロシェルが愛しいという気持ちが、湧き水のように湧き続けてくる。


 私が上手く踊らなければ、ポリットは二人に手を出すだろう。


 振り返り、ダナンを見る。


「ダナン、ポリットはどんな手段を使ってくると思う?」


「ラトリア様が王城に出仕なされた際に毒を仕込まれるかと」


 邸内で私に毒物を摂取させたいだろうが、それではあからさまに自身が疑われると考えるだろう。

 私が王城に出仕した日に、自身は体調が優れぬとでも言って出仕せず、手の者に命じて毒を仕込むのだろう。

 疑われはするだろうが、自身がその場にいないのだから、知らぬ存ぜぬで通すつもりなのだろう。

 体良く城内の人員を交換させ、自身の息のかかった者達を取り揃える。


「同感だ。私もそうしてくるだろうと思っている。

アル・ショテルから入ったとされる薬草は、無事に侯の手に渡ったかい?」


 ダナンは頷いた。


 アルト家の人間は毒に強い耐性を持つ。

 でも、別の大陸の毒物であったなら?

 アルト家は商業ギルドの監督責任を負っていたが、ディンブーラ皇国への転籍時にその任をポリット家に譲渡している。

 彼はギルドを介して珍しい草の存在を知った。強い毒性を持つその草は輸送途中に賊に奪われたと言う。

 勿論、ポリットの手の物による犯行だろう。自身が疑われない為に、それ以外の輸送も襲わせるなどの念の入れようだった。

 相次ぐ襲撃事件に、騎士団を率いるハーネスト家が本腰を入れる、という情報をわざとらしく流した。ハーネスト家には当然この計画を知らせてある。あちらの目的が達成された頃に動いて欲しいと依頼済みだ。


「毒で苦しむ振りの練習をした方が良いかな?」


 ダナンは真顔で頷いた。


「是非」


 冗談の通じないダナンの真面目な回答に、思わず笑ってしまう。


 演技も謀も


「あまり得意ではないけれどね、頑張るよ」


 日も暮れ、すっかり暗くなった窓の外に視線を向けた。


 為すべき事を。


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