リュドミラ書庫<人魚姫>
ルシアンはまた、リュドミラの書庫から新しい本を持って来たようだ。そろそろ終わって欲しい。
本気で色んな可能性を模索する為に読んでるんだったら、私の知ってる昔話から童話、小説、ライトノベル、全部話すから、リュドミラ文庫卒業して欲しい!!
背表紙には"人魚姫"と書いてある。どうせまたロクでもないに違いない。
人魚姫は悲恋なのですよ。ディ●ニーでなければ。
…嫌な予感しかしない!!リュドミラ文庫だし!!
「……その本はどんなお話なのですか?」
「王子を乗せた船が嵐に遭い、溺れかけた所を人魚姫が助けるんです」
ふむふむ。そこまでは普通デスネ。ですが私はもう騙されませんよ。この後に恐ろしい事になるに違いないのです。
「姫は王子に恋をしますが、人間になるのと引き換えに美しい声を失うと言われて、躊躇います」
え、躊躇うんだ?
「姫の歌声は、亡き母にそっくりで、父王も、姉姫達もとてもとても愛していたからです。
声を失ってしまったら、王子の前に行った時、何と自分の事を説明していいのか分かりませんでした。
それに、助かった王子の側には、既に美しい娘がおり、娘が王子を助けたと、村人達が話しているのを姫は聞いてしまっていたからです」
随分理性的な姫だな?!
「王子への想いを悲恋の歌にのせ、姫は毎夜、海に浮かぶ岩山の上で竪琴を弾きながら歌っていました」
……駄目だ、展開がぜんっぜん読めないわ……。
まともな展開になる筈がない、と言う事しか分からん。
「毎夜聴こえてくる美しい歌声を聴く内に、王子は嵐の夜、海の中で起きた事を思い出し始めます。
美しい人魚姫が、自分を助けて陸まで上げてくれた事を」
「!」
おぉ?!
ちょっとドキドキしてきましたよ?!
純愛?純愛きちゃう?
「王子は自分の世話をしてくれている娘にお願いをしました。これが無事に済めば、貴女にお礼が出来るのにと。
娘は自分が王子の妻になれると思い、喜んで家を飛び出しました」
前言撤回です!
嫌な予感ビシビシしてきました!!
思わず手に持っているハンカチをぎゅっと握りしめてしまう。
「娘は魔女の祠に行き、王子が書いた紙を魔女に渡します。紙に書かれている事は、ただの村娘には読めませんでした。
魔女はこの願いと引き換えに、おまえは大切な物を失うが、良いのかい?と娘に尋ねます。
これが済めば王子の妻になれる、そう思った娘は、一も二もなく頷きます」
「?!」
大切な物を失うのが人魚姫じゃなく、娘になってるよ?!
予想外過ぎる!!
「そうして声を失った娘は、魔女から受け取った魔女の薬を受け取り、愛しい王子のいる家に戻りました。
王子は何度も感謝し、薬を受け取ると、娘の家を出て海に向かいました。
海に向かって、王子は甘く囁きかけます。
嵐の夜に私を助けてくれた人魚の姫。愛しい姫、と。
繰り返される自分への甘い囁きに、遂には人魚姫も海の上に顔を出します。
王子は姫に更に愛を囁き続けます。そして、魔女からもらった薬を姫に差し出して言います。
これを飲めば貴女は何も失う事なく、人になれる。
どうか人になって私の妻になって欲しいと言うのです」
人魚姫にプロポーズした?!
あれ?でも、娘にもプロポーズしてなかった?!……いや、してないな。お礼をするって言ってたのを、娘が妃になれるって信じてるんだった。
「姫は迷いました。この薬を飲めば愛する王子と結ばれる事が出来る。でも、そうしたら愛する家族と離れ離れになってしまう。そう思うと決断出来ません」
……この人魚姫、理知的過ぎないか?
「そんな姫に姉姫達が言います。海は何処にでも繋がっているわ。私達はいつでも貴女に逢いに行けるのよ。だから、安心して愛する人の元に嫁ぎなさい、と」
やばい、姉姫達も良い人達過ぎる!!
「姫は遂に決心して、薬を飲み、人になります。
王子は歓喜します。王子を迎えに王国の兵が来ました。
娘も喜色を浮かべて王子の元に来ました。王子が兵に命じます。
この者は私の装飾品を盗んで売った大罪人である、と。
娘は陸に打ち上げられた王子の装飾品があまりに素晴らしいので、王子の意識がないのを良い事に奪い、売っていたのです。意識を取り戻した王子が自らの地位を口にすると、手のひらを返して家に招き入れたのです。
村人達も、娘があり得ないような装飾品を売って大金に替えている所を見ていた為、いくら娘が否定しようにも声も出ません、娘は捕らえられ、牢に入れられてしまいます」
……頭がついていきません……何その怒涛の展開?!
「王国に姫を連れて帰った王子は、姫を自分の正妃にすると言いますが、大臣達は反対します。何処の馬の骨とも知れぬ者を正妃になど出来ぬと」
至極ごもっともです。
「王子は姫は海神の娘であると説明します。信じられないでいる大臣達ですが、遥か昔に海の底に沈んだとされる宝物が、海神の使者から届けられ、姫が海神の娘であると信じざるを得ない状況になります」
お、おぉ……。
「姫が城に来てしばらくして、大嵐が王国を襲います。
このままでは嵐で王国に被害が、と誰もが思っていた時、姫がそれはそれは美しい声で歌いました。すると恐ろしい程の嵐はその雨足を弱め、いつしか晴れ間が見え、空には虹がかかりました。もはや誰も王子と姫の結婚を反対する者はいませんでした」
もしや、このままハッピーエンドに突入するのか?
「姫は王子の妃となり、それはそれは愛されます。あまりに愛し過ぎて部屋から出さぬ程に」
ぬ?!
「姫の甘く美しい声は、王子だけのものになるのでした。めでたしめでたし」
いや!最後の最後おかしかった!かなり良い感じだったのに!!
話し終えたルシアンは、にっこり微笑んだ。
「この王子とは気が合いそうです」
ソコ?!
同じヤンデレの匂いを感じ取ったって事?!
「最後、おかしいと思いますわ……」
「そうですか?」
監禁してるからね?
普通しないからね…?
ヤンデレの闇は深い……。