寝耳に水はお止め下さい
目覚めてから、昨夜のアレは夢だったかな、と思っていた。ルシアンが皇都にカフェを作って良いと言った事だ。
夢に見てしまう程強い願望を持っていたっけ? と首を傾げながら、朝食にと出されたおにぎりを頬張る。
あ、梅おかかだ。
ちなみにコレ、ルシアン作です。
ルシアンは正面に座って、鶏そぼろの入ったおにぎりを口にしてる。
スパダリなルシアンは、私には梅おかかとか昆布の佃煮と言った昔懐かしい?おにぎりを握ってくれた。自分用には鶏そぼろだとか濃い目のを握ったもよう。
おにぎりを二つ食べ終えて、お茶の入ったカップを手にほっと息を吐いていたら、「昨夜の件ですが」と、ルシアンが話し始めた。
……と、言う事は、アレはやっぱり夢ではなかったのか。
「少し聞きづらい話になるとは思いますが……」
んん……? カフェの話じゃなかったっけ?
ルシアンの表情はいつものように無で、次に何を話そうとしているのか、私にはさっぱり分からない。
「ラルナダルトが以前、アドルガッサーと呼ばれる国だった事は、ミチルも覚えているでしょう?」
頷く。
覚えておりますとも。引導を渡す場にばっちりおりましたからね。
「アドルガッサーがカーライルに併呑され、アルトがラルナダルトの名を継ぎ、旧アドルガッサー領の名を変えた際に、アルト一門とアドルガッサーの貴族をそっくりそのまま入れ替えました」
「えぇ、存じております」
ルシアンが頷く。
「カーライルの貴族となった彼らのうち、アドルガッサー王家の血を引く者を旗頭として、カーライルを乗っ取ろうとする動きがあるようなのです」
カーライル王国を乗っ取る?!
正気か?!
「申し訳ありません、ルシアン。私が物を知らないだけなのですが、その、アドルガッサー王家の血を引く方がいらしたとして、カーライル王国の転覆を企てられるような、正当な理由があるのですか?」
元がアドルガッサーだったのを、カーライル王家が乗っ取ったとかならまだね。錦の御旗じゃないけど、理由付けが可能だと思うんですよ。でも、そんなの聞いた事ない。
それにカーライルには、魔王がいるよ?
絶対正気じゃない!
「ミチルの言う通りです。彼らには国家を乗っ取るだけの大義名分がありません。正義は無いんです」
ルシアンが正義、とか言うと、何か違和感があるけど、この際それは置いといて、と。
「それでは、何故ですか?」
「欲しくなったのでしょう」
ほわっつ?!
「カーライルは豪商達を管理下に置く事に成功し、ギルドを設置しました。国内の街道の整備なども完了し、皇国、帝国、ギウスの三国を結ぶ要所となっています。
全てのギルドの本部はカーライルにあります」
いつの間にかめっちゃ美味しい国になってますね?!
「ですが、カーライルにはお義父様が……」
魔王のいる国でそんな事思い付いたとして、実行に移そうとするなんて、頭がおかしい!
……と、ここで一つの考えに至る訳です、ハイ。
ちら、とルシアンの目を見る。にっこり微笑まれた。
デスヨネ!
「父が焚き付けたのでしょうね」
つまり、全部、魔王様の掌の上で踊らされてるって事でしょ?
思わず淑女らしからぬ大きなため息を吐いてしまったよ……。
「お義父様は一体何をお考えでそのような……」
頭痛がする。絶対にこれ、昨日や今日思い付いた話じゃないよね。一体いつから考えてたんだろう。アドルガッサーを併呑する時から考えてたとかね。まさかね。……え? ないよね?
「凡そ、ミチルの考えている通りだと思います」
口にしてないのに、肯定されてしまった。
カーライルをアドルガッサー王家の血を引く人達が転覆したい理由はまぁ、いいです。
王家の人達、大分アレだったし、同じようなものだと考えたらそんな馬鹿な?!と思う事も仕出かしてきそうだし。って言うか、よくそんなんで国が保てたなぁ……。あぁ、違うのか、レーゲンハイムとかラルナダルトがいたから成り立ってたのか。ストッパー不在なら、あり得る……のか?
いやいや、普通にあり得ない。でも、魔王様が焚き付けちゃった。
王家乗っ取り……王家?!
「モニカは? モニカや王太子、子供達はどうなるのですか?」
「邪魔な存在を幽閉なり暗殺するなりして、王子と王女を人質に取るつもりでしょう」
王子達を人質に……!?
後見みたいな形で王家を乗っ取るって事?
嫌な汗が浮かんでくる。
さすがに冷静でいられない。ルシアンはいつも通り冷静だけど。
「ラルナダルトの名でモニカ妃に皇都への招待状を、勝手ながら出しました。彼らは王太子も同伴するように勧めるでしょう」
招待状? なんで今招待状?
あり得ない事に脳が拒絶反応を起こしている所に予想外の事を言われて、頭がついていかない。
ルシアンは立ち上がると、私の横に座り、手に持っていたお茶の入ったカップをテーブルに置くと、安心させるように背中を撫でてくれた。
「今はまだ調べさせている途中で全容を掴みきれていませんが、父が王家を危険に晒す事は無い筈です。
本来なら私に連絡する必要すらなかっただろうと思います」
そうか、そうだ。
魔王様がそんな事を許す筈が無い。
少しだけ、気持ちが落ち着いてくる。
「彼らが王家を乗っ取るにあたり必要なのは、自分達の意のままに操れる存在である王子と王女の存在。王や王太子の存在は邪魔な筈です」
頷く。
「王太子夫妻はラルナダルト領にて崖から落ちて行方が知れなくなったと言う事にして匿います」
ルシアンの手が私の手を撫でる。安心させるように。優しく。
「父がこちらに知らせたのは、王太子家族を匿わせる為だろうと思います。私の予想ですが、彼らはそれを好機と見て行動を移すのを早めるでしょう」
でも、それだと王様や王妃様が……。
ルシアンは優しい笑みを浮かべながら、私の髪を撫でる。
「後継者である王太子家族の安否が知れない状況に王と王妃が心を病み、表から下がるんでしょうね」
ここまで話してもらって、あぁ、なるほど、と思った。
気持ちも徐々に平静を取り戻してきた。
「今日あたり、父は引退してこちらに来るとでも公表するかも知れません」
ラトリア様が宰相になっているんだし、お義父様が引退しても何もおかしくない。
「あまりにも円滑に話が進み過ぎて、逆に不審がられないでしょうか?」
ルシアンが笑う。
「そこで止まるなら、別の案を父は考えるでしょうね」
ナキ者にするのは決定事項なんですネ……。
「父がカーライルの政界からの引退を明示して、その後継として兄と、アドルガッサー王家の者を指名するでしょう。本来なら宰相は一人で良い。兄を未熟だとでも言うのではないでしょうか。そうして二人の宰相を立てる事でリオン・アルトは表から退きます。
それから間もなく、ラルナダルトから招待状が届く。
王太子家族はラルナダルト領にて崖から落ちて行方知れずに。王と王妃は心を傷めて宰相二人に政を任せて裏に下がる」
oh……ナルホドデスネ……。
「兄は毒でも盛られるでしょう。大変残念な事に効かないでしょうが」
……その残念、何処にかかってます?
違う意味で頭が痛くなってきた。
アルト家が大概なのは分かってた。頂点に君臨する人が魔王と言う点からしておかしいのは知ってたけど。
「モニカ妃とジークには皇都でのカフェ作りの相談に乗ってもらいましょう」
まさかここでカフェに繋がるとは……。
ルシアンの予想通り、リオン・アルトがカーライル王国の宰相職を正式に降りたというニュースは、瞬く間に各国に広がった。
後継者として、リオン・アルトの長男であり、レンブラント公爵家に養子入りしたラトリア・レンブラントが宰相職に正式に着任。その補佐として、旧アドルガッサー王家の傍系の血を引くポリット侯爵が副として宰相職に着任した。




