月、満ちるまで
シャマリー嬢ことヒメネス侯爵夫人やらきょにゅープロジェクトやらなんやらが落ち着いて、ようやく皇城に来れた。
って言うか、いい加減来い、って手紙が来ました。いやー、引きこもりで申し訳ない。屋敷の居心地が良いのも考えものだよね。
いつも帰宅してから、あぁ、楽しかったなー、また出かけたいな、って思うんですよ? いや、本当に。
でもね、翌日になるとそう言う気持ちがきれいさっぱりにリセットされてるんですよねー。しかも、楽しいんだけどねーに書き換わってたりする。なんでなんだろうね?
その話をセラにしたら、眉間に皺を寄せたまま、腕を組んで唸った挙句、「この世の平和の為にそのままで良いわ」って言われた。
世界平和?! 何故に?!
まぁ、考えるまでもなく、十中八九、九割九分九厘、ルシアンでしょうけれども。オオゲサダヨー。
皇太子の執務室に向かって長い廊下を歩いていると、褐色の肌の人達を目にした。
装いからして、ギウスではなく、オーリー──ゼナオリアから来た人達かな。
そんな事を思いながら見ていたら、見過ぎてしまったのか、気付かれてしまった。いかんいかん。
三人の青年は、側にいた皇国の人間から私の事を教えてもらったのだろうと思う。
そんなつもりなかったんだけど、頭を下げさせてしま──片膝ついた?!
なして?!
動揺して硬直している私の耳に、聴き慣れた声が聞こえてくる。
「何をしているの?」
あっ! 天邪鬼天使来た!
お父さま、ゼファス様ーっ! 助けてー!
よく分からないけど娘のピンチなんです!
両脇をミルヒやらなんやらに囲まれたゼファス様が、私とゼナオリアの青年達の間に入ってくれた。
直答は許されていない為、ミルヒが取り次ぐようだ。
慣れては来ているけど、こういう身分による間接会話、無駄だよね。屋敷だとそう言うの無いから、外出すると余計にそう思う。
ただ、私みたいな人間にはワンクッション入っていただいた方が良いんだろうな、とも思う。自分が一番信用ならんのですよー。また何か余計な事言ったら、って思うと……。なので、セラが間に入ってくれるのは大変ありがたい。
ゴッテゴテに飾られたお褒めの言葉やらなんやらを親子で受け取り、ゼファス様の執務室に移動する。
ただでさえ少ないHPが減ったよね。なんかえらく感謝されたし褒められたんだけど、なんでなのかな。
って言うか彼ら、ディンブーラ皇国語めっちゃ堪能やんな?
ソファに腰掛けての第一声が……
「久しぶり過ぎて、名前を忘れかけてたよ」
今回はそうキマシタか。
毎度毎度懲りもせず、ツンできますね、ゼファス様!
でもそれも想定内ですよ!
「私も名前を呼んでいただいたのがいつだったのか、思い出せません」
書類から顔を上げたゼファス様は、ちょっとだけ不満気である。なんでそんな、心外だ、みたいな顔してるんですかね?
「そんな事はない」
「いただくお手紙にすら、名前を書いていただけておりません……リュリューシュ宛には書いていただいてると伺っておりますのに……」
ユーからの手紙、短文を脱して最終形態の電報みたくなってるじゃないの?
今回なんて
"出頭せよ"
しばらく行かないだけで犯罪者扱いですか?!
悲しんでるフリで、ハンカチなんぞ目に当ててみたりして。
ちら、とゼファス様の方を見る。うむ、焦ってますな。
ちなみに、だからと言ってゼファス様はここで気の利いた事は言えないんですヨ。
兄のシミオン様は穏やかで良い人なのに、こんなに素直じゃない子に育っちゃってもう。アレですかね、お付き合いしてる友達が良くないんじゃないカナ。
……まぁ、そんなゼファス様も好きなんですけどね。
立ち上がって机の前に立って、書類を奪う。
「何をする」
「私の名前をおっしゃっていただけるまで、書類はお返し出来ません」
「ミチル」
お? 随分と素直に呼びましたね?
では私も素直に返そうではありませんか。
「はい、お父様」
ちょっと不満気ではあるものの、ホッとしてるゼファス様に、顔が緩みそうになるけど、我慢ですよ。ここで笑っちゃうとね、拗ねますからね。
お父様と自分で呼んどいてなんですけど、リュリューシュがゼファス様に養子入りしたら、私とゼファス様の関係ってどうなるのかな?
「何を一人で百面相をしてるの」
「いえ……リュリューシュがゼファス様の養女になったら、私、ゼファス様の事をなんと呼べば良いのかと、考えていたのです」
「聖下や殿下は駄目だ」
そう言われるとは思っていたけど、公式にはただの他人。いや、血縁はないんだから、キレイに他人なんですけど……それは嫌だと思うミチル心って奴です。
「…………」
「…………」
リュリューシュにとっても父で良いジャナイ。
私にとってもずっと父で良いジャナイ。
そもそも、リュリューシュが養子にいっても母親は辞めませんよ!
これまで通りゼファス様と呼ぶし、たまにはお父様と呼ぶ!
「……何を勝手に納得してるの?」
「考えるだけ無駄な事だと納得していたのです。ゼファス様が私のお父様なのは、覆せないのです」
うん、と頷いた私を見るゼファス様の口がへの字になる。
……お? 珍しいね? その反応。
天使が照れてるの図。
あっ! 写真!
振り向いてセラを見たら、首を横に振られた。止めときなさい、って表情が物語っちゃってる。
ちぇっ。
ゼファス様の方を見ると、照れてるけど、怒ってる。
怒ってるけど、照れてるな? 器用ですな。
「そなたと、言う奴は……っ」
「写真に撮られるのはお嫌いでしたか?」
「そこじゃないっ。それから勝手に撮ろうとするなっ」
何にそんなに照れたし?
覆す気がない、って言ったのがそんなに恥ずかしかったのかな。え? でも、覆さないよね?
「もういいからっ、今日も菓子あるんでしょ?!」
照れ怒り継続。
これちょっと珍しいパターンですネー。
天使難しいなー。それにしても照れても怒っても美しいとか、すごいな?!(興奮による口調乱れ)
「えぇ、今回はト国の菓子に挑戦してみましたの」
作ったのは当家自慢のパティシエですけれどもね!
いやー、彼は本当に凄いんですよー。私のぼんやりした説明でも近い味の物を作ってくれちゃうんですよねー。
そこから更に細かく私の思ってる味に近付けていってくれるんだよね。本当に素晴らしい!
(まぁ、今回は未知のモノ過ぎて無理だったけれども)
あまりに優秀だから、パティシエの給料を増やしてもらいたくて、ルシアンに当家のパティシエがいかに素晴らしいかを熱く語ってみたら、クビにされそうになってて慌てたよね。冷静になろうよ! 仕事の内容褒めただけなのに!!
「ト国? 珍しいね」
セラがテーブルの上に茶器を並べてくれる。お茶も用意してくれてますね。さすがです。うちの執事凄いんですよ本当に。
今回のお菓子はカットしちゃ駄目! って言ってあるので、お皿の上にそのまま乗っております。
「先日、新しい茶がト国から入ったのです。懐かしい香りにあちらでのお菓子を思い出したものですから……我儘を言って作ってもらいました」
ソファに腰掛けると、ゼファス様も正面に腰掛けた。
ゼファス様の前には空のお皿だけ。私のお皿にだけお菓子が乗ってる。怪訝な顔をするゼファス様。今日は色んな表情のゼファス様が見られて眼福デイだなぁ。
「このお菓子は、月餅といいます」
「ゲッペイ?」
頷く。
「月を模したものなのです」
そのお菓子をフォークで半分に切り分け、ゼファス様のお皿に移す。あ、倒れた。
「詳しくは知らないのですが、私が聞いたのは、離れて暮らす家族が集まって、分け合って食べる事で、家族の仲が月のように円満になるとかなんとか、です」
「ちゃんと調べておかないのがそなたらしい」
軽くディスり?ながらも、嬉しそうな顔をするゼファス様に、私も笑顔になる。
餡の中に入った刻まれたクルミが、口の中で良い香りをさせる。燕国の餡とは違って、油分のある餡は、クルミや松の実のような木の実と相性が良い。
ゼファス様が月餅を口にする。
どうかな?
「いつもの餡と風味が違う」
嫌いじゃない、と言ってまた口にする。
良かった、嫌じゃないみたいだ。
「……また、持ってくるように」
味もそれなりに気に入ってくれたとは思うけど、違う理由でゼファス様は月餅が気に入ったような気がする。
作ってもらっていた時は深く考えてなくて、そう言えばそんな話があったな、ぐらいのものだった。小ネタとしてパティシエにも教えた。
結果としてあざといミチルになってしまったけれど、これもまた、良いな、と思うんですよー。
だって、ゼファス様に会う口実が増えたよ。
「はい、お父様」
毎年、秋が近付いたら、月餅をゼファス様と分けて食べよう。離れて暮らす家族の恒例行事として。
うさぎのように寂しがりな父親と、分け合って食べるのですよ。
ご機嫌で帰った私を待っていたのは、リュリューシュを抱いて笑顔を浮かべるルシアンで。
笑顔って言ってもアレですよ、目が笑ってない奴。
「おかえりなさい、ミチル」
言いながらリュリューシュをセラに渡す。セラが笑顔のまま固まってる。ダヴィドは苦笑いしてるし、ロイエに至っては目を閉じてる……止めて、ユーの主人をちょっと制御して下サイ。
「新しい菓子は美味しかったですか?」
秘密で作ってたんだけどな?!
ロイエとダヴィドが同時に顔を背けた。えっ?! 犯人どっち?!
「貴女があまりにもパティシエを褒めるものだから、働きぶりを確認した所、色々と教えてくれました。ゲッペイ、でしたか?」
静かに怒ってる……!
青い炎が見えるようだよ……!
ルシアンが新しいスキルを身に付けようとしてるよ……!
「家族で一つのゲッペイを分け合う、でしたか?」
パティシエに教えた小ネタが、ブーメランになって返ってきた挙句、致命傷を与えてきた!!
痛い痛いヤバイ死ねるコロされる!
「皇太子殿下を父と慕っている事は認識していますが」
ミナまで言って下サイ。途中で止められると逆に怖いDeath……。
「ミチル?」
ひぇ……っ!
「あ、あれは、満月の夜に食べるものなのです。ゼファス様はお忙しい方ですから、先んじてご一緒しただけで、ルシアンとは、満月の夜に食べる予定ナノデス!!」
間違ってないけど、苦しい言い訳をする。
それはもう、必死に。
「なるほど」
ルシアンの表情が柔らかくなる。だがしかし、これでこの局面が打破出来たかと言えば、否。なにしろ相手はルシアンですからね……っ!
「来週の、満月に二人で、と思っておりましたの!」
私を見つめたまま、ルシアンは背後の二人に声をかける。久々デスね、この蛇とカエルな状況……まさか月餅でこんな目に……小ネタ教えるんじゃなかった……!
「来週までの予定は?」
「御座いません」とロイエ。
「現時点で問題の報告は?」
「ございません」とダヴィド。
極上スマイルがルシアンから私に向けて照射されますが、恐ろしい勢いで私のHPが減っていきます。えぇ、それはもう面白いぐらいに。
「二人で、満月を待ちましょうか」
「ハイ……」
──軟禁が決定した瞬間であった。まる。
例によって例の如くの軟禁コース。
魅惑のクッション以上に私を駄目にする奴です、えぇ。
毎日一緒に眠って、愛を囁きあって(吐血)、抱きしめ合うことも、キスだってしてるのに、それでもルシアンは私を閉じ込める。自分でも欲望に際限が無い、って言ってたケド……。膨張する宇宙かなんかなのか。
誰の目にも触れさせず、誰の声も私の耳には入らないようにしたいのだと言う。
大概だ、本当に。
どうかしてる。
ルシアンは本当にどうかしてる。
そんなルシアンが、死ぬほど好きで好きで好きだ!(吠)
もうずっと前から夫婦と言う関係になっているのに、変わらずに、むしろ前より余裕がないように感じる事すらあるルシアン。
皆が私を守ってくれている。だから、気付かないフリをするけど、本当にこれで良いのかと思う訳ですよ。
正解が欲しいといつも思ってしまう私と、正解を作っていくルシアン。
今はロシュフォールとリュリューシュを言い訳にして、皆の邪魔にならないようにしてるけど、ずっとこのまま、と言うのは望んでいなくて。
皆は、このままでいきたいんだろうけど。
孤児院の事も、ラルナダルトの事も、向き合っていきたいなと思っている。
皆みたいに出来なくても、ちょっとは出来る事ってあると思うんですよ。私は私に出来る事をやりたいんです。
特別な事は特別な人にお任せしてね、凡人は凡人らしく、コツコツと積み上げる。うん、素晴らしいではないですか。
「ミチル?」
優しく、蕩けるように甘い視線。
首を横に振って、ルシアンの頰にキスをする。微笑んだルシアンの指が私の唇に触れて、その指はそのままルシアン自身の唇に触れる。
まだ少し恥ずかしいし、一瞬躊躇もするけど、大分慣れた私からルシアンへのキス。唇が離れて、今度はルシアンからのキス。
恋人繋ぎをした手から、伝わるルシアンの体温に、胸の奥底で膨らむ感情。
ルシアンを独り占めしたいという、気持ち。
ごめんなさい、ルシアン。それから、いつもありがとう。守ってもらえるのも、愛してもらえるのも当たり前だとは思ってないよ。
少しはルシアンに並び立てるようにと、せめて邪魔にならない方向で努力しようとしたのがきょにゅープロジェクトで。結果、迷惑しかかけなかったのに、それを良い方向にまとめあげてくれた。
「私が進めている孤児院の運営方法は、ルシアンに迷惑をかけておりませんか?」
これ以上迷惑をかけぬ為に!
上司にほうれんそう(報告・連絡・相談)は必須ですよ! かくれんぼう(確認・連絡・報告)でもソラ・アメ・カサ(事実・解釈・判断)でも、なんでも良いけど、とりあえず相談です。
「迷惑なんて、かけられたと思った事は一度も無いのに」
そう言って笑うルシアン。
また、そうやって……。
「あんまり甘やかさないで下さいませ」
甘やかされて駄目人間になるからね。意思薄弱だからね、私は。そしてもれなく甘さに溶けますからね。
「大凡の所はセラから報告を受けていますが」
頰に触れるだけのキスが落ちてくる。
「参考までに、今後どうしようと考えているか、教えて?」
合間合間にキスを入れてくるとは! なんたる甘さ!
「今後ですか?」
そう、と言ってまたキスをされる。
我ながら本当に、よくこの甘さに耐えているって言うか、よくぞ慣れた、勇者よ! と、ほめてつかわされるレベルですよ!
「孤児院にいる子達の何人かが、パティシエになる夢を持っているのですけれど、お菓子の店は大抵、男性が多いでしょう? ですからその子達の夢の実現の為にも、皇都でカフェを開きたいなと思っているのです」
「カフェと言うと、カーライルで作ったような?」
「そうです! イケメンを取り揃えた……イタッ!」
がぶりと頰を噛まれマシタ。
ルシアンの目が、またしても怒って……。
「ねぇ、ミチル」
「ナンデスカ」
結構痛かったヨ……。
「ミチルは以前、私の事をイケメンだと言ってくれましたね」
「イケメンです(即答)」
今も昔も、きっとこれからも。
「私では足りないからあのカフェをこちらでも作りたいの?」
「え……っ? ちが……」
身体が傾いて、カウチにそのまま押し倒される。
「足りるまで、私で満たしてあげますね。満月まで、時間もある事ですし」
「ルシアン、そうではなくっ」
「おしゃべりは、終わり」
キスで唇を封じられてしまう。
それから後、カフェの話をしようものなら破廉恥な目にばかりあわされて、ミチル死亡のお知らせデス。
おぉ、勇者よ、死んでしまうとはナニゴトだ。




