アルト家 家訓
何かと物騒なアルト家の家訓を、嫁として知りたいなと思ったのでアリマス!
そんな訳でセラ軍曹に質問でアリマス!
「ねぇ、セラ」
「なにかしら?」
「アルト家の家訓を教えて欲しいの」
一瞬セラの動きが止まった。瞬きまでされた。
なして?
あ、もしかして聞くのが遅いとか、そう言う? それは否めませんね……。嫁入りしてからは結構年数経ってマスカラネ。
それから何もなかったようにセラは紅茶を飲み始めた。
「知っても良い事ないわよ?」
ねぇねぇ、私が聞こうとしてるの家訓ですよね? 何で脅かされてるのかな……。
「"売られた喧嘩は買う"、"婚約者や伴侶への気持ちを恥ずかしがってはならない"、あとは何だったかしら?」
ちゃんと用意しておいた紙に、口にした二つの家訓を書き記す。ちょっと二つ目恥ずかしいけど、ここを乗り越えねば他の家訓を聞けないからね……!
用意万端ねぇ、と言われましたけど、その通りですよ。
かなり今更感あるけど、いいの、知りたくなったんです。だから教えてくださいましよ!
「そのへん知ってれば問題ないわよ」
なんか隠そうとしてる? 気になる!
気になってきました!
「あとは、そうねぇ……。"一度心を裏切ってきた相手との和解はありえない。何故ならまた裏切る"とか」
え? なんか突如重くない? トラウマの話ですか……?
でも、裏切るような人はきっとまたやってくるよね。だって最初に裏切る時が一番抵抗感がある筈なのに、それでも裏切ってるんだもんね。裏切りのハードルもどんどん下がっているに違いないよ……!
含蓄がある! これぞ家訓! と思っていたら……
「浮気されたらしいのよ、あ、初代宗主じゃなくって、当時のルフト家当主が。それで加わったみたいねぇ」
浮気……っ! ディープな内容きましたね?!
「"遊ぶ時は全力で"とか」
遊ぶ?! 家訓の話は何処に……。
「"愛する時は全力で"でしょう」
ぬぁ……っ! 困る家訓! それ、妻、って言うか私には困る家訓だと思うの……!!
って言うか、それ、紙に書きづらいっ!
「"容赦なく叩き潰せ"とかかしらねぇ」
ねぇ、それ家訓なの……?
物騒なのばっかりじゃなかった?
アルト家の初代って、ちょっとおかしくないかな?!
今の人もおかしいけどさ!!
「アルト家は謎です……」
謎って言葉でオブラートに包んでみたけど、率直な感想としては、意味不明、なんだけれども。
「簡潔明瞭だと思うわよ」
ある意味ね、大変分かりやすいですけれどもね、誰もツッコミ入れないのかな。
「明瞭と言えば明瞭なのでしょうが……」
「ミチルちゃんの思う家訓って、どんなものなの?」
ぬ? そんな家訓なんかあるような高貴な家には生まれてないからなぁ、前世では……。
「アレクサンドリア家にはなかったと思うのだけれど……そうね、あっちでは家訓まではいかずとも、両親に言われていた言葉があります。
"ケンカをしても、挨拶をすること"」
ケンカをして口をきかなくなって、挨拶もしなくなると、仲直り出来なくなるから、って言ってたな、確か。
セラがなんとも言えない顔になって、何故だか頷かれた。今何に納得されました? 何に頷かれましたかね?
「ミチルちゃんはそのままで良いわ」
なんの話かな?
「気にしなくていいわよ、家訓なんて」
めっちゃ影響あるの入ってましたよね……?
ラルナダルトでもあるけど、アルトの嫁でもあるって言うか、そうしたら関係あるよね?
「サーシス家にも家訓はあるの?」
「あるわよぉ」と、のんびりした答えが返ってきた。
「"情報を誰よりも先んじて得よ。さすれば人より先に一手が打てる"」
おぉーっ! なんか家訓っぽい! 情報収集を主とするサーシス家っぽいですね!
「ルフト家のはね、"ゴミはゴミ箱へ"よ」
わぁ……言いそう、レシャンテもベネフィスも、ロイエも……。って言うかそれ、家訓なんだ。
なんかさっきの浮気話がチラチラするのは気のせいだろうか……。
「クリームヒルト家のは"やられる前に殲滅せよ"」
殲 滅 !
戦国時代か?!
大概な家訓なの、宗主のアルト家だけじゃないんだネ……。
アウローラを見ると、目があった。
そう言えば、レーゲンハイム! レーゲンハイムも家訓ありそう。
「レーゲンハイムの家訓は、"ラルナダルトに光をもたらせ"ですわ」
アウローラが言った。
レーゲンハイムの、ある意味一番格好良くないですか?
ちょっとわくわくしていた気持ちは、セラの言葉にしぼんだ。
「えげつないわねぇ」
セラが嫌そうに言って、アウローラが意味ありげにうふふ、と笑った。意味深めです。
つまり。額面通りの言葉じゃないってことなのか……。
紙に書いた家訓を見ていく。
そうだ、ラルナダルトの家訓って、なんだろう?
顔を上げてアウローラを見る。
「ラルナダルトの家訓は"祈りを捧げる事こそが女神へ至る道と心得よ"です」
おぉーっ!
今日聞いた中で一番の家訓です! ラルナダルトらしさが前面に出てますねー。
「それで、家訓なんか調べてどうするの?」
「アルト家の家訓は物騒なものが多いので、今後の心構えの為に知っておこうかと思ったのです」
「なるほどねぇ」
大体は予想通りだったから、良いんだけど、ひとつ困ったものがあるよ……。
"愛するときは全力で"
ルシアンがあぁなのは、お義母様とお義父様の影響もあってだと思ってたけど、家訓まで……!
……はっ! これがあるからルシアンてば、私にも凄い求めてくるのでは?! それだと凄いしっくりくるって言うか!
それに、これを前面に出されたら、拒否出来ないではないの?!
「拒否したいの?」
ルシアンの声が正面からした。いつの間にやら私の正面のソファに鎮座ましましてますよ。
セラもアウローラもいません。
もうね、慣れてきた、さすがに!
アサシンファミリーに嫁入りしたんですからね。
「アルトは暗殺一家ではありませんよ?」
いや、十分にその素質がアリマスヨ。安心して下さい。
そもそもユー、実父に無駄に暗殺向きって言われてたよね。あの大概な父親に。
「わざと教えないでいたのはミチルの為だったのだけれど……」
そう言ってルシアンが微笑む。笑顔が仄暗い! 妻に向ける笑顔として不適切です。
本能が逃げろ! と言ってる。そう思うのに蛇に睨まれたカエル状態で逃げられない。そもそも何処に逃げれば……。
最近は甘い事の方が多くて、こんな風に詰められそうなのは久々な気がする……。いや、最終的には溶けるほど甘やかされるんだけどね……フフ……(遠い目)
「知ってしまったんでしょう?」
わぁ……っ!
蠱惑的な微笑みー!!
立ち上がったルシアンが、私の横に座る。
いつもの事ですが、ぴったりくっつかれております。
腰に手を回され、反対の手で私の手を撫でてます。
「……妻に、その色気は不要なのでは?」
ルシアンが笑う。
「妻のミチルにだからこそ、向けるべきでしょう?」
そうだ、アルトはそうだった。さっき学習したばかりでしたヨ。
その中でもルシアンは歴代一、二を争う溺愛っぷりだって言われてた。
溺愛……!
自分で言ってなんですけど、ヤバイ字面ですよ……!
愛に溺れちゃう訳ですよ。私がですけど。
「全力で愛する、とは言っても、アルトの家訓です。額面通りではありません」
お? 予想と違う展開だぞ?
いや、まぁ、今もこめかみにキスされたりはしてるんですけど。なんと申しますか、フルスロットルできちゃうのかな、って一瞬身構えたので、肩透かしな感じです。……物足りないとかじゃないよ?! 本当だよ?!
「伴侶をこの上なく大切に扱う事で、伴侶に生家よりもアルト家を優先させる為のものです」
あ、それ! 前にセラから聞いた事ある!
なかなかにえげつないとは思ったけど、結果として二人が幸せなら良いんじゃないかって思ったんだよね。
それに、アルト家は基本的に恋愛結婚らしいし。ラトリア様は珍しいパターンみたいだけど、噂によればラトリア様はロシェル様にべったりらしいから、良いのではないかな。
お二人とも元気かなー。ずっと会ってないよ。手紙ではたまにやりとりするけど。ロシュとリュリュの従兄にも会ってないし。
ルシアンの手が頬に触れて、意識をルシアンに向ける。
「ですが、アルトの男は伴侶のみを生涯愛し抜きますから、あながち嘘でもない」
いかんいかん、ルシアンと一緒の時に他の事を考えるとやきもちやかれて大変な事になるのだ!
ルシアンに集中、集中。
「ただ、私としては、そのままの意味です」
不意に唇にキスをされる。
至近距離からのお色気全開ビームが放出されておりマス!
「貴女への想いを抑えるなんて出来ない。
貴女が愛しい。いくら貴女に愛を囁いても、貴女を胸に抱いても、恋しくてたまらない。貴女が欲しいと言う飢えが満たされる事がない」
ぬぁ……っ! 甘い! あまーーーーいっ!!
顔が熱くなる。恥ずかしさで身体も熱い。
体温上昇。血圧上昇。心拍過上昇により心臓破裂目前。
大体、なんでそんなに、切なそうな声で言うのかな! まるで片想いしてるみたいですけど、かなり前から両想いですよね?!
前世で読んだりしちゃってたハーレクインが可愛く感じるレベルの口説き! 甘さ!!
ルシアンの甘さの前には何人も立ちはだかる事は出来ないに違いない……!
「……恥ずかしいです」
これ以上言ってくれるな、と言う意味を込めて、可愛く言ってみたYO!
嬉しそうな笑みをルシアンが浮かべたのを見て、失敗したと思った!
駄目だ! 即死級の笑みをゼロ距離で被弾! もはやミチルの防御力はゼロ! HPも一桁代ですよ!
「許して下さいませ」
もう無理だから! 死ぬから、本当に!!
目を細めたルシアンが言った。
「駄目ですよ、ミチル。
全力で愛さなくてはいけないのだから」
ルシアンはヤル気だ……!
私は殺ラレルのだ……!
*****
モニカからの手紙で、先日の本の感想を求められてしまった。
ぐぁ……っ! 読んでません!! タイトルにやられて表紙すらめくっておりませんよ!
セラには、頑張って読んで書かないとね☆ と軽く言われてしまった。他人事だと思って、酷いっ!
恐る恐る手に取る。
"愛して 愛して 愛し尽くす"
何度読んでもキテる……!
実はコレ、ルシアンだったり、アルトファミリーが書いたんじゃあるまいな?!
きっと、凄い事ばっかり書いてあるんだ、それはもう、読んでるだけで恥ずか死ねそうな奴がきっと盛り沢山で、悲鳴をあげる事になるんだ……!
砂糖とか砂とか、キロ単位で吐けそうな事とか書いてあるに違いない……!
読む前から死にそうになりながら表紙をめくり、中を読んでいく。
……。
…………。
………………。
「…………?」
…………んん?
うーん……えっと、とりあえずモニカに感想を返そう、うん。
モニカへの返信に、本の感想を書いていたらセラがお菓子を持って戻って来た。
「あら、モニカ妃への返事、書き始められたのね? あの本の感想を求められて悲鳴をあげていた割には順調そうで良かったわぁ」
課題なのか、アレは。読書感想文的な。
私の正面に座ったセラが、私が書いている感想を読んでため息を吐いた。
相変わらずため息を吐く姿すら美しいけど、眉間にしわがよってるよ?
「どうかして?」
「ミチルちゃんも毒されてきてるなと思っただけよ」
毒? え? それは暗殺集団にって事かな?
呆れた顔でセラが言う。
「この本、ワタシも読んだけど、甘いわよね」
読んだんだ? この課題図書を?
言われて本に視線を落とす。
うん、確かにね、甘い内容です。
手をつないで目を見つめあう。そんな二人に言葉は要らない、とか。少女漫画キタコレ、って感じではあるんだけどね。
「甘いですけれど、甘酸っぱい的な感じかしら」
きゅんとしちゃう的なね。
いや、これをルシアンとする、って妄想すると確かに赤面はするんだけども。
まぁ、この辺は助走と言うか、徐々に本の中の糖度は増していくんですよ。
最終的には、あなたに私の心を捧げる。私の愛を受け取って欲しい、って描写がある訳ですけれども。
順不同、ランダムチョイスであれやこれやしてきちゃった私とルシアンからすると、なんと申しますか、とっくの昔に通ってきた道だな、って言うか。
「ルシアンからいただいた言葉の方が、余程、表題に合っているような気がするの」
「……貴女を恋しいと思う気持ちが止められない、とか?」
惜しい、セラ!
イイ線いってますね! もしやそう言う事、オリヴィエに言ってたり……
「いた……っ!」
何も言ってないのにデコピンされた……!
「顔やらなんやらに出過ぎなのよ……」
でも言ってないよ?! 理不尽……!
「で? ルシアン様はなんて?」
「私への渇望が止まらない、というような事を言われ……何を言わせるのですか、セラ! 自身のは教えてくれないのに、酷い!」
セラがテーブルにつっぷした。
ぬ? どした? 何にやられたのかな?
「それなら、この感想になるわね……」
「そうね?」
"親愛なるモニカ
そろそろ夏も終わりに近付いて、ようやく暑さも落ち着いてまいりましたね。
カーライルは皇都よりも先に秋が始まりますから、今はちょうど良い気候なのではないかしら。
こうして手紙のやりとりが出来て、モニカを感じられるのは大変嬉しい事ですが、実際に会って、話をしたいという思いが募るばかりです。
そうそう、先日推薦いただいた本の感想なのですけれど、私、あまり自身の感覚を吐露するのが得意ではないとあらかじめお断りしておきます。
率直に、表題と内容に差がある、と感じました。
愛して愛して愛し尽くす、とまで書いているのですから、もっと熱い言葉が必要だと思います。
あなたの誠実な友人 ミチルより"




