物言わぬ唇
ダヴィドによる、ミチルへのインタビューになります。
ルシアン様には聞いてみたから、今度はミチル様に質問してみよう、と思い立った。
「何しに来たのよ?」
部屋にお邪魔して早々に、セラに威嚇される。まぁ、言われる事は分かっていましたけど。負けませんけど。
「ミチル様へのご機嫌伺いです。それから今は休憩時間中ですので、怠けている訳ではないです」
言われる前に断っておく。
セラの隣に座る。嫌がられたけど、気にしません。
「今日はミチル様に質問したい事があるんですよ」
セラが立ち上がってお茶を淹れ始めた。突然扉がノックされて、ロイエが入って来た。
……え? 何で分かったの? 質問してやるぞ、みたいな空気がオレから出てた?
「私に、質問?」
「はい」
「何かしら?」
セラがミチル様の前にお茶を置く。
「ミチル様にとって、ルシアン様はどんなそんざ……」
扉が開いて今度はルシアン様が入って来た。
今、ノックなかったような……。
ルシアン様はミチル様の横に座ると、オレを見た。
「続けて」
……続けるんですか、この状態で……?
どうしたものかと思っていたら、ルシアン様が微笑んで、目を細めた。……んだけど、目が笑ってない。
言え、って言ってる。こわっ!
本当にこの方はミチル様にしか優しくない!
「えーと……ご本人を前にして、大変話しづらいとは思うんですが、ミチル様にとって、ルシアン様はどんな存在ですか……?」
皆の視線がミチル様に注がれる。
分かってるのに、何で聞きたいんだろうね、皆。オレ? オレは何て言うか、人からの話ではなくて、本人から聞きたいんですよ。
「どんな存在?」
予想に反して、落ち着いた様子のミチル様。
オレは「はい」と答えた。
「夫よ?」
……そうではなく。
いや、そうだった。ミチル様はこう言う方だった。
「私にとってルシアンがどんな存在か、でしょう? 夫です」
セラの、ミチル様があまりに鈍感過ぎて監禁待ったなしだった、と言う言葉が頭を過ぎる。チラッと横を見ると、セラが半眼でうっすら笑ってる。ロイエは顔を背けてる。
ついこの前、もの凄い鋭かったのに。どう言う時に発動されるんだ、あれは……。
これは駄目だな。
質問の仕方を変えよう。
「先日、同じ質問をルシアン様にもさせていただいたんです」
ミチル様はルシアン様を見て、「妻ですよね?」と尋ねる。合ってるけど、合ってません、ミチル様。明後日の方向から起爆剤めいたものを投下するのはお止め下さい……!
「私の全て、と答えました」
ルシアン様の答えを聞いて、ミチル様の顔が真っ赤になった。質問の意味、通じたかなー……。
「また、そのようなっ」
「アルトの男は、妻や婚約者への愛情を恥じてはいけないんです」
きましたね、アルト家家訓。
なかなかどころか、かなり凄い家訓。
「そ、そんな、言えません」
家訓が男に限定されていて、良かったですね、ミチル様……。いや、ラルナダルトだからそもそも適用されないのか?
さっきの冷え切った空気を打破する為に、ルシアン様の事を振ったけど、これはこれでどう話を持っていけば正解になるんですかね……。
「素直に白状しないと、後が怖いわよぉ?」
セラが脅す。良い脅しです。
さすが鈍感なミチル様にお仕えしているだけあって、誘導が上手い。
赤い顔から青い顔になり、ルシアン様を見てまた赤い顔になるミチル様。
ルシアン様の目がずっとミチル様を見てて、表情も変わらないし、地味に怖い。
「あ、あの、ルシアン?」
「なんですか?」
甘い声、優しい口調に怖さが増す。
「ふ、二人の時に話しますから、許して下さいませっ」
甘い空気漂っちゃうかなと思いきや、ルシアン様はそのままで。
「質問をしているのは、ダヴィドですよ、ミチル」
うぉっ、そうきましたか……。
「そんな、だって、恥ずかしいですよっ?!」
恥ずかしい事を思っているのか、素直に言うのが恥ずかしいのか、恥ずかしい思いをさせられるのか、えーと、まぁ、そのへんは問いません。多分全部な気がしなくもないので……。
とりあえず申し訳ありません、ミチル様。
普段のミチル様でいられなくなるぐらいには、動揺させてしまいました。口調が乱れてきてますね……。
「ミチル?」
ルシアン様から悪魔の催促が入る。容赦ないな、本当に……。
「……ルシアンは……」
「うん?」
追い詰めてくなぁ……。
いつもこうなのかなぁ……。
「私の………」
「うん」
曖昧な回答とか、絶対許されないんだろうなぁ……。
ミチル様の口が動くものの、声は発せられない。
セラとロイエから聞いていた奴だ。ミチル様は声に出さずに言ってしまう癖をお持ちだと。
ルシアン様は読唇術を覚えてらっしゃるけど、セラもロイエも習得してなかったから、慌てて覚えたって言ってた。これ、オレも覚えないと。
ルシアン様の目が細められた。優しい顔になってる。
ミチル様、甘い事を言ったみたい。頑張りましたネ……。
「とても嬉しいですよ、ミチル」
あからさまにミチル様がほっとした顔になる。これで解決か? いや、オレには何も伝わってないけど、この空気から解放されるならやむなしか……。
ですが、とルシアン様が言う。
「ダヴィドは読唇術が出来ませんから、もう一度」
鬼畜!?
ミチル様が泣きそうな顔でこっちを見る。
……なんかこの状況、オレが悪者じゃないですか?!
「ルシアンがいないと、生きていけませんっ!!」
ミチル様が絶叫した。
凄くよく分かりました。そんなに大きな声じゃなくても大丈夫ですよ、ミチル様……。
それから本当に申し訳ございません……。
「アリガトウゴザイマス……」
セラに突かれたオレは、ロイエにも腕を引っ張られて部屋を出る。
ハイハイ、分かってます。分かってますったら。
お二人の時間に突入したんですね?
部屋を出る瞬間、ちらりと振り返ると、真っ赤な顔をしたミチル様をルシアン様が満面の笑みで抱きしめているのが見えた。
この上なくえげつない。ヤンデレ怖いです。
ヤンデレが危険なのか、ルシアン様が危険なのか、相乗効果で危険度が増しているのか……。
「えーと、ルシアン様の本日のご予定は?」
「決裁が必要な分は完了している。突発的な事象の発生を見越して、二日分は前倒しに済まされている。進捗に遅滞は無い」
「それは、何より……」
つまり、今日と明日、ミチル様を軟禁する準備は完了していると……。
ラルナダルト領は建て直されたと言って過言ではない程の安定を見せている。
アルト家を頂点とする一門はカーライル王国籍を抜け、ディンブーラ皇国に正式に転籍し、ラルナダルト領の領主として、旧アドルガッサー王国領を拝領した。
それに伴い、旧アドルガッサーに領地を持っていた貴族と、カーライル王国に領地を持っていたアルト一門の領地交換が行われた。
この交換は、アルト一門にとって利点がほとんどなかった。それにも関わらず、一門から不平不満を口にする者は出なかった。
わずか数年でラルナダルト領全域を安定に導いたルシアン様率いるアルト一門の手腕は、他国でも噂になっている。
正直舐めてました、アルト一門の領地経営。武力が全て、みたいな人たちもいる訳ですよ。それを何とかさせるだけの人員配置を一門の中でするんですよ。
普通なら他家の介入なんて恥だと考える貴族が多いと言うのに、一門総出で領地経営に取り組むんですよ。何処かの家だけが得をする、と言う状況にならない。
アルト一門に属している限り、家は必ず守られる。その代わりに忠誠を捧げる。
宗主は絶対的な権力者になるけど、その宗主も、一門を支える三つの家門の次期当主から信頼と忠誠を得なければならない。
選び、選ばれる。
絶対的なものは初代アルト宗主がたてた家訓のみ。
レーゲンハイムも変わっているけど、アルト一門の大概さには負ける。
「リュリューシュ様とロシュフォール様は?」
「エマとクロエがお側に控えているから大丈夫よ。お二人とも健康状態に問題はないわ」
それなら、大丈夫か。
普通に考えて、大丈夫とは言いがたい状況なんだけど、慣れてきてしまった。
「それにしても、もうちょっと無難な言い回しでも良かったのでは?」
三人でルシアン様の執務室に向かう。ルシアン様にご覧いただく前に、届いている報告書を確認する作業はいくらでもある。
「バカねぇ、そんなの言い直させられるに決まってるでしょう」
あー……。
想像に難くないです……。
執務室に入るなり、ロイエがコーヒーを淹れ始めた。
カウチに腰掛けると直ぐに、セラは手に持っていた書類に目を落とす。何か持ってるなとは思ってましたけど。
「それは何ですか?」
「教会が運営している孤児院に関する報告書よ」
ミチル様が皇太子殿下にお願いして作ってもらったと言う奴ですかね。作ったら作りっぱなし、後は金銭だけ援助、と言うのも貴族には珍しくないのに、ミチル様は定期的に報告させては、セラにあれこれと命じているらしい。
「収支はどうなんですか?」
「生産性はないから、基本的に支出が多いわね」
まぁ、当然そうなりますよね。
一般的によく見られる孤児院とはちょっと違う教育を施しているらしい。
「手先の器用な子達も多いのよ。
簡単な文なら読み書きも出来るようになっているし、ミチルちゃんが考えている通りに進んでいるんじゃないかしらね」
そこまで出来ているなら、孤児院から出して何処かに奉公させ、支出を減らすべきでは?
「ミチル様は何を目指されているんですか? 罪人に身を落とさない為に、色々と学ばせているとは聞いてますけど」
ロイエが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、自分は自分でレーゲンハイム管轄の領地の報告書に目を通していく。
ホワイトデーの際にミチル様が折りを見て祈りを捧げて下さったのもあって、収穫量は去年を上回る予想であると書かれている。
「カーライル王国のアレクサンドリア領で実践していた事を子供の内から仕込んでいる、って言えばいいのかしらね。最低限の教育──読み書き計算よね、それを覚えさせて、そこから先は一人ひとりの適性に合わせた教育を施しているの」
思わず資料から顔を上げて聞き返してしまった。
「適性?」
そんな事まで孤児に?
「そうなのよ。ミチルちゃんは適性だけでなく、本人が好きになれるかどうかも気にしていてね。
いくら才能があっても、好きになれないものってあるでしょう? 嫌いな事をやらせても長続きしないから、って言ってね、好きな事と適性とで組み合わせて、基本的なもの以外の才能を三つ程重点的に伸ばすようにしてるのよ」
「何ですかその、至れり尽くせりな教育は?!」
思わず声が大きくなってしまった。
信じられない。
苦手だろうと何だろうと覚えさせられ、出来ない者は落伍者として扱われる事が常の世の中なのに。
「仕方ないでしょ。ミチルちゃんがそうしたいって言ってるんだから」
「そんな事をしていたら費用ばかりかかるじゃありませんか? 収支についてはどう考えてらっしゃるんですか?」
「先行投資、って言ってたわ」
一門の者に施すのなら分かる。でも、皇都の教会の孤児院にいる平民の子だ。恩を感じたとしても、それが返ってくる事なんて期待出来ないのに。
「根本的な価値観がワタシ達とちょっと違うのよ。
一人、凄く頭の回転の良い子がいてね、魔道研究所の院長直々に医者になる為の勉強を教えられているの」
「平民に医者の教育?!」
何の為に?
「皇都で暮らす平民は、病気になってもまともに医者に診てもらえないのよ。医者は貴族しか診ないから。
薬だって高くて手に入らない。力のある商人しか手が届かない」
世の中金なのよ、とセラが言う。
金、権力、それが世界の基本ルールだ。
「多分だけど、特に高い志とかはないと思うのよ、ミチルちゃんには。ただ、目の前に困ってる人がいて、助けられそうだから助けているだけなんでしょうね」
ロイエもうんうん、と頷いてるし。
いやいや、そんな無茶苦茶な……。
って言うか、仮にも主人に対してその言い草。でも、その通りなんだろうなと思ってしまったりもする。
「皇都においてミチルちゃんが絶大な人気を誇るのは、そう言った事があるからよ、ダヴィド。
ミチルちゃんにとっては、貴族だとか平民だとかあんまり関係ないんでしょうね。
さすが女神の愛し子だと言われていて、それを利用してるのが陛下とゼファス様よ」
あぁ……全力で利用しますよね、それ。
自分達の治世と、リュリューシュ様の治世に繋げていくのに、格好の要素ですもんね。
「平民は元はオーリーやイリダの血を引く者達よ。こうして国交が成立すれば嫌でも双方がその存在を知る事になるわ。その時にもし、皇都の平民に対する扱いが酷かったら?」
胃のあたりがひやりとする。
急に話の風向きが変わった。
読み終えたらしい資料をテーブルに置くと、セラはコーヒーを口に運んだ。
「ミチルちゃんが意図せずやっている事は、女神がオーリーとイリダを拒絶していない、と言う意味に受け止められるのよ」
愛し子が庇護してる、ですか……。
「ミチル様の無自覚はさておいても、洒落にならない話です、それ」
「そうよ。でもそれをミチルちゃんに知られちゃ駄目よ、知ったら自由に動けなくなるわ」
ため息が溢れる。
「だが、ミチル様は情報を遮断される事を嫌われる。その点はどうする?」
ロイエの疑問はもっともで。
「んー? 一応伝えているわよぉ?」
知られないようにと言いつつ、伝えているとはこれ如何に。矛盾している。
オレとロイエの視線を受けつつ、コーヒーにミルクをたっぷり注ぐセラ。入れ過ぎじゃ?
「愛し子をオーリーの使節団が褒め称えているって噂、聞く? って確認しているもの」
その言い方……ミチル様なら絶対聞かないでしょ……。
「伝えようとはしてるわよ? でもご本人が不要だとおっしゃるんだから、仕方ないわよね?」
そう言ってにっこり微笑むセラに、乾いた笑いを返した。セラも大概だと思う。
「いずれ知られるにしても、当面はこれで良いわ」
それには同意する。
オーリー、イリダへの対策、帝国に対して、皇国内についても、まだ備えなくてはならないものが山積みだ。
やらなくてはならない事も、知らなくてはならない事も。
まずは読唇術から始めよう、ミチル様の精神衛生の為にも。




