ミチルの深淵なる悩み その7
だがしかし?
なんか盛り上がって、頑張るぞ! みたいな事考えましたけど、私に出来る事って何ですか……むしろ教えて欲しい……。
「別に何もしなくて良いわよ?」
あっさりと私の考えを読んだセラが言った。
的確すぎやしませんか。
セラが入れてくれたお茶を飲む。うまし。
「ルシアン様としては、ミチルちゃんが罪悪感を抱かないようにする為におっしゃっただけで、ご自身で何とかなさると思うわよ?」
……ぬ。
確かにね。
でも何かそれ、またしてもルシアンにだけ負担をかけて私ってば役立たずなんじゃ……。
発見しちゃったのは私。それをオープンにすると決めたのはお義父様とカーネリアン先生だったとするなら、あとは養子縁組したんだから、ゼファス様? ルシアンの所為じゃないのに、ルシアンが対応するの? 全く関与してないって事は無いだろうけども。それでも。
「それにしても、ミチルちゃんてば、たまーに鋭くなるわよね。たまーに」
そこ、強調しなくて良いんですよ……?
事実だけど。
「ルシアンだけならきっと、シンプルに解決すると思うの」
力技とか、ゴリ押しとか、そう言うね?
「……まぁ、そうね?」
意味深な笑みを浮かべるセラに、デスヨネ、と納得する私。
「ミチルちゃんが嫌がるからしないと思うわよ。アルト一門も随分柔らかくなったものだわー。って言うか、ミチルちゃんが気付く前に済ませられれば力技でいけたんだけどね」
アサシンなファミリーすぎる。
私もいつもは仕方ないなぁ、と思ったりするんですけど、今回は皆悪くないし、って言うか被害者だし!
「さっきはあんな言い方したけど、乱暴な事は考えてないわよ。更なる恨みを買うだけでしょ、そんな事したら」
ほっ。良かった!
「誰も悪くないのよ、今を生きる人間はね」
セラの言葉にしんみりして、頷いた。
自分を擁護する訳ではないけど、誰かを不幸にするつもりなんてなかったのですよ。知らなくてはいけない事だったのも事実だとは思う。でも、結果として不幸になってしまった人がいて。自分は悪くないなんて思えない。知らない事が罪な事だってあると思う……。
償うって簡単じゃないよね……。って言うか償えるのだろうか? よく罪を犯した人が償いますとか言うけどさ、取り返しのつかない事をした人の言う償いって具体的になんなんだろうね?
私の感覚だと、無理、って思ってしまうし、償うと言う言葉に傲慢さみたいなものを感じてしまうけど、じゃあ他に何て言えば良いのかと言えば、丁度良いのが思い付かない、だから結局償う、になっちゃう。
ルシアンも言ってた。正解はないって。
幸せの形も大きさも人それぞれ。どうにかしようと考えない方が良いんだろうし、いっぺんに解決とかあり得ないし。
「答えなんかないのよ」
セラが言った。
「……そうよね」
テーブルに紙の束が置かれた。
「魔力の器が存在しないと判断された貴族籍のうち、不利益を被ったとされる人達のリストよ」
厚みのあるリストに、自覚させられる。
こんなにいるんだと思うと、それだけで心が挫けそうになってくる。
私が泣き言を言えば、セラも、ルシアンも、皆、責めないだろうし怒らないだろうし、何とかしてくれちゃうと思う。知らない所で祖母とかゼファス様とか、下手したらお義父様とか。
何かを見つけられないだろうか。
意を決して目の前に置かれた書類に手を伸ばす。
ひと通り目を通した。
それにしてもこれだけの数を、よくここまで調べてくれたなぁ。大変だったろうと思うのに。
素朴な疑問を口にしただけだった。
考えずに口にする事は、危険なのだと今更ながらに実感する。口から溢れた瞬間から、言葉は自分だけのものではなくなる。
ルシアンとお義父様が頭に浮かぶ。二人も、アルト一門の人達も皆、祖母も、ゼファスさまも、公家の人達も、言葉を選んでるんだろう。
だから皆、余計な事を言わないんだろうな。
謀ばかりしてるように見えるのに、ルシアンもお義父様も嘘を吐かない。
嘘は新たな嘘を呼ぶって言うし、それはきっと後々悪い影響を及ぼすからなんだろうと思う。
立ち上がって中庭を見ると、エマとクロエがベビーカーを押していた。
ロシュフォールとリュリューシュの小さな手が見えた。
小玉さん──シャマリー嬢も、本当だったら私と同じように今頃自分の子を抱いていたかも知れない。そう思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「同情は、なさらない方がよろしいかと」
振り返ると、アウローラがいた。いつもは護衛として一定距離を保っているのに。
少し困ったように微笑んでる。
「ミチル様はお気に病んでらっしゃいますが、セラやルシアン様のお言葉にもあるように、どうしようもない事は世の中には沢山ございます。
長い付き合いのある友人であっても、ほんの僅かな事ですれ違いは起きるものです。それが取り返しのつかない事になる事も、残念ながらあります」
優しく柔らかなアウローラの声は、思った以上に弱っている私の心に入り込んでくる。
この気持ちは同情とは違う気もする。じゃあ、対等な目線ですかと聞かれたら違うとしか答えようがない。
思いも願いも人それぞれで、その一つひとつを叶えるのは土台無理な話なんだろうとは思う。罪滅ぼしをしたいだけだろうと言われたら、そんな事ないです、とは答えられない。だって、その通りだから。
なかった事には出来ない。勝手に奪ってしまったものを返そうとしても、同じものは返せない。
皆なら頭が良いから、思い付くんだろうか。何某かの妥協できるものを。
でも、正解は無い、って言ってたから、皆にとっても難しいんだろうなぁ。
さっきのアウローラの言葉からしても……。
私に出来る事は、一人ひとりに謝って、その人の困ってる事を手助けする事だろうと思う。
……うん、まずは謝ろう。
そう決めて顔を上げると、アウローラは困ったような顔をするし、セラがため息を吐く。
何故ですかな?
「一人ひとりに謝ろう、って決めたんでしょ?」
さすがセラ! その通りです!
「多分、無理よ」
「何故?」
「前から言ってるけど、ミチルちゃんの価値はもうとっくに一人歩きしているのよ。現女皇の孫、女神の愛し子、未来の女皇の母。皇国を支える公家当主……。
その立場の人間が頭を下げるって、どう言う事か、分かるでしょう?」
セラの言わんとする事は分かる。
「ですが……」
それでも食い下がろうとする私の言葉を遮ってセラが言った。
「もし、過分な爵位や金銭、ミチルちゃん自身を求めたり、暴力を振るったら? 望んだ人間が破滅させられるのは間違いないわね。誰とは言わないけど、ルシアン様とか、陛下とか聖下とか、大旦那様とか?」
誰とは言わないとか言ったそばから名指しですね?
「無論、そんな人間ばかりでは無いだろうし、そんな事は絶対にさせないけど、それは、ミチルちゃんの望む謝罪になるかしら?」
今度こそ言葉に詰まる。
「間違った事を正す為に発生してしまった犠牲を、仕方ないと割り切れないミチルちゃんの心がワタシは好きよ。
でも、ミチルちゃんを守る為に、ワタシも何でも諾とは言えないわ」
「ですが、謝意は必要です。私の気休めではなく、まずそこから償いは始まるものでしょう」
そうね、とセラは頷いた。
「公式にはね」
公式……。
「公人として、あの発表が間違っていないのは分かるわね?」
「勿論です」
いずれ知らねばならない事だったのは間違いないのだ。
女神の愛し子とされる私が謝ったら、祖母やゼファス様が進めようとする、女皇が教皇を兼務すると言う方針に、ケチを付ける事になるんだろう、きっと。
それは、駄目だ。
「今回の犠牲になった者達の胸の内は、本人達しか分からないわ。不安定だったり自暴自棄になった状態の者たちに謝った所で、心の奥までは届かないんじゃないかと思うのよ」
あぁ、そうか。
やっと繋がった。
「ルシアンは、もう動いているのですね?」
そうよ、と答えたセラの表情に笑みが浮かぶ。
「私に出来る事はありますか?」
「とりあえず試そうとしている事があるの。今動き出している内容ね。それでも上手くいかない時、当然、ミチルちゃんも考えてもらうわよ?」
「えぇ、勿論です」
私の周りは、私には勿体ない人達ばっかりだ。
「ありがとう、二人とも」
セラとアウローラは頷いて微笑んだ。
*****
夜会当日。
仕方が無い事とは言え、シャマリー嬢の姿が見えて、いたたまれなくなってきた……。う……っ、胃が……。
俯いた私をルシアンが抱き寄せる。
「大丈夫ですよ」
こんなにはっきりと言ってくれているんだから、大丈夫なんだろう事は間違いない。そこは疑ってないんですよ、実際の所。
シャマリー嬢に視線を戻す。今日も今日とておキレイです。
彼女は伯爵令嬢として生まれて、容姿やら生家の爵位やら財力やらに恵まれており、全てを持って生まれた淑女、と呼ばれていたらしい。
でも、それだけではなく、弛まぬ努力を重ねていたのだと、リストに書いてあった。
その甲斐あって侯爵家のレイモンド・ロエストとの婚約が決まった。……結果は、うん……。
壁の花をしてるシャマリー嬢。本当なら、社交界の花として人に囲まれていても何ら不思議じゃない人物。
表情が暗い。私には窺い知れない辛さとか、あるんだろうな……。
頰を撫でられて顔を上げると、ルシアンが少し困ったように微笑んでいた。
「ルシアン、今回の事……」
言いかけた所で、ルシアンがシャマリー嬢の方を見た。
見るとシャマリー嬢が、男の人に手を掴まれていた。背を向けているから、相手が誰なのかは分からないけど、シャマリー嬢の反応からして、あんまり喜ばしい相手ではない事は察する事が出来た。
「レイモンド・ロエスト、ね」
セラが言った。
後ろ姿で分かんの? 髪の色とか珍しい色でもないのに? 凄いな?
レイモンド・ロエスト。シャマリー嬢の元婚約者で、シャマリーに魔力の器が無いと分かったら彼女との婚約をなかった事にした人物だ。今は父親の持つ爵位の一つを継いで、子爵を名乗ってる。
じっと見てるのも良くないって分かってるんだけど、気になって気になって仕方ない。
シャマリー嬢が元婚約者の手から自分の手を離す。元が付くのに手に触るとか、しかもシャマリー嬢の事を振った張本人の癖に、今更彼女に何の用だって言うんですかね!
「イヤぁねぇ……」
セラも同じように思っていたみたいで、ぽつりと呟く。
「ロエスト家の内情が下向いているからって、自分が捨てた令嬢に言い寄るなんて、下衆の極みだわぁ」
思っていた以上にクズだった!
クズ見本市に出しても恥ずかしくないクズっぷり!
シャマリー嬢の手が再び掴まれる。
ぬぁ?! 二度も?!
それなのに誰も助けない。
貴族とはそう言うものなのは分かってますよ? 己に降りかかる火の粉ぐらいぱっぱっと払えなくてはいけませんからね。その辺りも度量を推し量るのに見られるもんね?
でもさ、紳士は助けに行っても良いんじゃないの? カブ上がるでしょ。
それとも、妻に出来ない相手は助ける必要性を感じないとか?!
止めに行こうとした私を、ルシアンが止める。
「ルシアン、止めないで下さい」
「彼女を助ける役目は、他の者に譲ってあげて下さい」
他の者?
ルシアンが頷いてシャマリー嬢のいる方に顔を向ける。それに倣って私も同じ方向を見る。
ロエスト子爵とは別の男の人が立っていた。私からは背中しか見えないけど、背がロエスト子爵より高い。
それなりに距離があるから、何を話してるのかまったく分からない。
……気になる……めっちゃ気になる!!
「何を話しているのでしょう? 距離があって聞こえないのがもどかしいです」
って言うか、あの御仁は誰なんだろうか? シャマリー嬢を助けてくれてるのだろうか?
「彼はオーリーの上位貴族です」
ん? オーリー?
ルシアンの方を見る。
「皇室が招いた客人です」
んん?
オーリーとの国交は既にある筈だし、何をしようとしてるんだろう?
もしかして、今回のと関係ある……?
「ミチルが考えている通りですよ」
視線をシャマリー嬢達の方に戻すと、オーリーの上位貴族だと言う人物が、ロエスト子爵の腕を掴んで、シャマリー嬢から引き剥がしていた。




