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転生を希望します!【番外編】  作者: 黛ちまた
ミチル きょにゅー化プロジェクト

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貶めたつもりが堕ちたのは己でしかない

シャマリー・ビルボワン視点です。


本日2つ目になります。


 ミチル殿下へ鬱屈した黒い感情を抱えていた私は、知らず知らずのうちに、殿下に関する情報を集めていた。

 家族は苦い顔をしていたけれど、レイモンド様との事で空っぽになっていた私が、何某かに関心を抱いた事の方に重きを置いたようで、何かを言われる事はなかった。

 あの件以来、私をどう扱って良いのか、家族は分からないようだった。

 自身は魔力の器を持ち、知らなかったとは言え、平民出身の妻を娶った父、己の願いを実現する為に強引な手段を取り、手にした幸せが己の生まれの所為で壊れた母、産みの母が貴族であった為に、何ら問題なく魔力の器を持つ瑕疵のない兄──。

 分かっている、誰も悪くないのに。この気持ちをどう消化して良いのか分からない。私はどうやって生きていけばいいの。

 平民の妻になれば良いのはわかってる。でも、そこでも口さがない者達にあれこれ言われるのも嫌だった。

 貴族の証である魔力の器を持たない私は平民と同じだ。それなのに矜持が邪魔してそれを良しと出来ない。

 好きでこの身体に生まれた訳ではない。

 父も母も兄も、悪くない。

 殿下も……悪くない。

 レイモンド様はもう少し上手く立ち回るべきだったと言う思いは変わらずある。でも、彼は許せなかったのだろう。完璧な自分に、不完全な妻がいる事が。彼は完璧主義者だったから。


 私がぼんやりと生きている間も月日は流れ、遠く離れた雷帝国とギウス国の戦争が始まった。

 それから程なくして起きたイリダとの戦争。皇都に住む私には、何もかも他人事で、物語の一部を耳にしているようだった。

 そして、その戦争でミチル殿下が自身と引き換えに世界を救い、眠りについた。

 あぁ、我ながら何と卑しい、毒々しい感情なのかと思う。それなのに、私は嬉しくて堪らなかった。

 私から全てを失う切欠を作った殿下が、全てを失った事に、歓喜した。

 分かっていたつもりだった。けれど知れば知る程何でも持っている殿下が妬ましかった。

 かつての私を悪く言った令嬢達を下劣と思っていた。今同じ気持ちになって分かった。何と苦しいのだろうかと。

 相手が妬ましく、努力でどうにも出来ない障壁が立ちはだかり、己の心をどう御して良いのか分からない。

 そんな自分が不快極まりない。それなのに、己の中の闇を許容してしまうと、恐ろしく気持ちが楽になった。

 私から全てを奪う切欠になった殿下も、同じように失えば良い、と。

 さすがにこのような事、人には言えない。

 女神の愛し子として世界を救ってくれた殿下を悪く言ったら、私に向けられている同情など吹き飛んでしまう。

 それぐらいの理性は持ち合わせている。


 ミチル殿下が眠りにつき、事実上の独り身となられたアルト伯に多くの令嬢や未亡人が群がっていると聞いて、興味が湧いた。

 黒い気持ちもあった。殿下の愛する夫を、もし、私が物に出来たなら、どれだけ胸が空く思いがするだろう、と。

 それに私を捨てたレイモンド様にも意趣返しとしては最高だろうと思った。

 貴方が捨てた女は妾になりました。貴方よりも上の男の妾に、と。


 私を含め、誰も相手にされなかった。

 軽い気持ちであったのに、ままならない事に再び苛立ちが募り始めた。

 死んだも同然なのに、それでも愛され続ける彼女と、私の違いは何なのかと。

 どうやったらそこまで愛してもらえるのか。私はあんなにもあっさりと捨てられてしまったと言うのに。

 私はアルト伯の愛妾になる事を諦めなかった。家族は止めたけれど、私は貴族の妾になるしか貴族として生きていく道がないのだ、と言えばそれ以上何も言われる事はなかった。

 狡いとは思う。けれど失うもののない家族には、分かるまいと思う。




 三年が経ち、ミチル殿下が目覚めたと言う知らせが広まり、国中が喜んだ。

 私としては複雑な気持ちだった。喜ぶべきだと言う事も分かっていた。

 私もそろそろ自身の気持ちに決着をつけなくてはならない。だから、現女皇 イルレアナ陛下の即位三周年記念に出席するであろうミチル殿下に会いたいと思った。

 間近で見たミチル殿下は、華奢で、庇護欲を誘う見た目だった。かつて夜会で遠巻きに目にした時も同じ感想を抱いた。

 以前とは比べものにならない程に手厚く守られている殿下に、感情がざらりとする。

 その思いを奥に押し込める。

 何故このように接近したかと言えば、打算的な願いがあったからだ。

 アルト伯の妾になる為じゃない。

 私に魔力の器を与えて欲しかった。私の産んだ子供にもそれが引き継がれるように、女神に願って欲しかった。

 令嬢として生きてきた。貴族としての矜持もある。その為の努力もしてきた。それを捨てたくなかった。

 勝手だとは分かっている。でも、世界を救える力を持っているのだから、私を助けて欲しかった。

 半分しか流れていなくても、私はマグダレナの民だ。

 私をこの苦しみから助けて欲しい。

 そんな気持ちから近づいたにも関わらず、私は殿下を値踏みしてしまった。どす黒い感情が渦巻くのを止められなくて、上から下まで、眺めた。

 殿下は確かに美しい。けれど私の方が上だ、と思ってしまった。それが伝わったのか、辛辣な言葉で返され、兄に強引に会場から連れ出された。余計な事も言ってしまった。殿下は私の為に女神に願っては下さらないだろう。

 家の存続に関わるからだろう、父に殿下とアルト伯に近付く事を禁じられた。







 自分が悪かったのは分かっていた。必死に自分の気持ちと折り合いをつけようとした。ようやく受け入れられて、自分の感情が制御出来るようになってきたと思ったのに、ミチル殿下が双子を産み、片方が皇太子殿下の養子に入る事が公にはされないものの内定している。もう片方は公家を継ぐと聞いた。

 私の心は再び荒れた。

 自分でも無茶苦茶だと分かっているのに、殿下への悪感情が消しきれない。

 心の中で何度も何度も自分に言い聞かせれば言い聞かせる程に、心の中に黒いものが育っていくようだった。

 それでも、私は必死に押さえ込んだ。


 珍しく誘われたお茶会に参加していた際に、ミチル殿下の事が話題に上った。

 自制して、当たり障りなく頷いてやり過ごした。

 ある時、誘われたお茶会で再びミチル殿下の話題が上がった。

 同じ公家であるバフェット公爵夫人──リンデン殿下の元にミチル殿下が訪れ、胸を大きくする為の話をしているのだと聞いた時、勝った、と思った。

 直接会話をした時にも思ったが、殿下の胸は控えめだ。

 息苦しさが少し緩和した。自己嫌悪は、増した。


 お茶会に誘われる頻度が上がった。

 彼女達は兄を狙っている。いまだ独身の兄。自分が結婚すれば貴族の令嬢を受け入れる事になる。そうして貴族の義務として子を持てば私が傷付く事が分かっている兄は、伴侶選びに躊躇していた。

 選べば良いのに。そのように思ってくれている事を嬉しく思う反面、傷付きもする。どちらにしても辛い事には変わりない。

 修道院に入るなり、有力な商人の妻に収まるなりすれば良いのは分かっている。

 それなのに、どうして私だけ、と言う思いを捨てきれない。なんて浅ましい。貴族としての義務を果たせないのだから、この場を去るべきなのに。

 それでもどうしても、手に入れられる筈だったものへの未練なのか、覚悟を決めきれなかった。




 話題として殿下が上がる事は多く、うんざりしていた私は、つい口を滑らせてしまった。


"愛してはいても、好みは別にあると言うのは、よく聞く話ですものね"


 お茶会に参加していた令嬢も、夫人も、相槌をうつ。


 一度口にすると歯止めがきかなくなると言うのはあると思う。他のお茶会でも、問題にならない程度に殿下を貶めていく事が止められなかった。

 少しずつ、少しずつ、薄めた毒を流し込んでいく。

 気が付けば、私が何も言わなくとも殿下に関する噂は広まっていった。

 女神の愛し子の事をこれ以上悪く噂するのはさすがによろしくない、と人々が正気を取り戻しかけた頃にまた、薄く悪意と言う名の毒を混ぜていく。

 次第に、女神の愛し子を悪く言っても天罰は下らない、と思うようになった社交界の面々は、面白おかしく、殿下を揶揄し始めた。

 皇室も特に動きはしなかった。


 胸が空いたのはほん僅かの事だった。

 それは当然の事だった。

 悪く言われたからと言って、アルト伯は殿下を捨てる事はない。あの二人の関係性が揺らぐ事はない事を知っている。

 どれだけ悪く言われても、揺るぎない地位にいる。失うものなど何もない。

 相手にすらされていない。そう思った。私の事など、最初から歯牙にもかけていない。

 惨めさだけが増して、社交界に顔を出すのも億劫になった。

 誰かが私を断罪してくれれば良いのに──。







*****







 皇室が定期的に開催する夜会に、珍しく殿下が参加されると聞いた。

 どうでも良いと思っていたけれど、今更ながらに罪悪感がわいていた。

 私は知らなかった。純血のマグダレナの民しか魔力の器を持てず、その魔力を大地と女神に捧げる事でこのマグダレナ大陸は存続可能なのだと言う事を。

 そうであるならば、私のような者が増えたらこの大陸は滅んでしまうと言う事だ。それを止めたのは殿下と、殿下を守る皇室やアルト伯達。

 私は自分の事しか見ていなかった。自分の幸せの事しか考えていなかった。こんな人間だから、魔力を持たずに生まれてきたのだろう……。

 接近する事は許されていない。殿下に謝罪する事も出来ない。




 夜会に出席なさった殿下の表情は暗かった。アルト伯はそんな殿下を守るように、慰るように、横に立っていた。

 無理もない事だった。あれだけ広がった噂を耳にしてらっしゃらない筈もない……。

 自身の努力ではどうしようもない事で全てを失ったと嘆いておきながら、私は殿下に対して同じ事をした。

 胸は大きくするのが難しい。その努力を私は嘲笑った。

 愛し子に選ばれるのも、人がどうこう出来るものではないと聞く。

 自分の努力を無かった事にしないで欲しいと思いながら、人の努力を踏みにじった。

 レイモンド様の事をとやかく言う権利が私にあったのか。むしろ捨てられて当然だったのではないか。

 押し寄せる後悔に胸が押し潰されそうになる。自業自得だ。私は罪の無い殿下を不当に貶めた。

 帰ったら、お父様とお母様、お兄様に謝罪しよう。

 それから修道院に入りたいとお願いしよう。己の犯した罪を贖う為に、女神に祈りを捧げて残りの人生を生きよう。


「シャマリー」


 壁の花をしていた私に声をかける人がいた。声のした方を向くと、レイモンド様だった。


「……ロエスト様……」


 カーテシーをすると、レイモンド様はにっこり微笑んだ。久しぶりに見る笑顔だった。心は動かないけれど。

 かつて皇都を飲み込んだ大粛清で、ロエスト家は罰を受けた。爵位を降格され、今ではロエスト家は伯爵位となっている。


「大変ご無沙汰しております」


「うん、久しぶりだね」


 異様に感じる程向けられる笑顔が、正直に気持ち悪い。

 不意にレイモンド様に手を握られる。


「シャマリー、私が間違えていた」


 間違えていた……? 何を言い出すの、この方は。


「血筋にばかり拘るあまり、真実の愛を自ら捨ててしまっていたんだ……」


 小説の台詞を読み上げるような、白々しい程の嘘が、するするとレイモンド様の口から溢れ落ちてくる。


「私の真実の愛はシャマリー、貴女だ。どうか私の第二夫人になって欲しい」


 どうして今なの。あの時言ってくれたなら、私は喜んで頷く事が出来たのに。

 けれど私は知っているのよ。ロエスト家の懐事情が芳しく無い事を。

 このような事を言っているけれど、レイモンド様の目が見てるのは私ではなく、私の後ろにあるビルボワン家の安定した財力だろう。


 レイモンド様の手から自分の手を逃す。


「ロエスト様もご存知の通り、私は平民の血を引いております。降格されたとは言え、ロエスト家の第二夫人の座に相応しい人間ではありませんもの……そのお優しいお言葉だけ、有り難く頂戴させていただきます」


 嫌味も交えつつ拒絶する。


「何を言うんだ、シャマリー。君は淑女として完璧だ。あの時から何ひとつ変わらずに美しい。それに跡継ぎの事なら心配ない。妻が息子を産んだ。だから君は何も気にする事なく私の胸に飛び込んでくれれば良いんだよ」


 再び手を掴まれる。その力は強く、振り解けない。

 周囲はどうなる事かと私とレイモンド様を見てはいるけれど、助けようとしてくれそうな人はいなかった。

 いつもこれぐらい御せて当然と、誰の事も助けて来なかった私を、助けてくれる人などいる筈もない。

 己のした事は、正しく己に返ってくるのだ。


 遠くから兄がこちらに向かって来るのが見える。

 殿下が見えた。殿下が私の元に来ようとして、アルト伯に止められていた。

 ……私を助けようとしてくれたの? あんな無礼を働いた私を? 私が悪意のある噂を流した事だって、きっとご存知だろうに。

 敵わない、そう思った。元々何ひとつ敵わなかったけれど、今度こそ本当に敵わないと思った。


「嫌がる令嬢に無理強いは、良くないな」


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