リュドミラ書庫〈異世界転移〉
ちゃんと本編も書いております…脱線しがちですが…。
隣で静かに読書をしているルシアンをチラ見する。
先日から、ルシアンはリュドミラの本棚からちょいちょい本を持って来ている。まさか気に入ったのか……?
今度どんな本を読んでるんだろう…この前は竜人だったけど。
私の視線に気付いたルシアンが、聞くより先に話し始めた。
「異世界転移してしまった女性が主人公の話です」
?!
ちょっとちょっと?!それ書いてる人、転生者でしょ、絶対!!おかしいから、異世界転移とか!!
「強大な魔力を持つ魔王を倒す為、異世界から聖女が召喚された所から話が始まります。聖女として召喚されたのは、普通の女子高校生の主人公です。
色んな過程を経て、主人公と王国の騎士団から選ばれた精鋭と共に魔王討伐に向かうと言う、疑問点ばかりの話です」
うわぁ……。
「そもそも、こんな数人で魔王を倒せる筈がないですし、誘拐した王家の願いを主人公が叶える義理はありません。
ただ、それを口にするのは無粋なのだろうと思いながら読み進めました」
……うん、それ、正解です。
異世界転移は読者もツッコミどころはあるだろうけど、それも含めてのお約束だから、目を瞑るのが正しいです。
「騎士も主人公も、お互いに想い合っているのですが、想いを口にしないまま魔王討伐に向かうのです。考える事を止めてるのでしょうね」
ふむふむ。
なんか、リュドミラ書庫の蔵書にしては、まともそう…?
「主人公は自分の想いを封じ込める事を決意します。騎士は自分が主人公に想われている事を知りません。
無事、魔王を倒したので、その為に呼び出された主人公が元の世界に帰る事になります」
うんうん。
そこで、元いた世界を捨ててヒーローとくっつくか、諦めて帰るか、に分かれるんだよねぇ。
「主人公を完全に騎士達の世界の住人にする術があって」
んん?!
なんかおかしな方向にいきそうだぞ?!
「そ、それは……?」
「端的に言うと、契る訳です。
純潔を失うと聖女ではなくなる為、力も失いますし、聖女として召喚されている為、聖女ではなくなった為に帰れなくなると」
ぎゃああああああああああああ!!!
リュドミラああああああああ!!!
「主人公が他の人物と話している内容を聞き、自分の事を想っていたと知った騎士は、悩みに悩み、主人公と契ります」
「あのー…それは、合意の上ですか…?」
「いえ」
あかん奴!!
何を悩んだんだ騎士ーーっ!!
「こうして、主人公は騎士の妻になり、その世界で暮らしました。めでたしめでたし」
「全然めでたくないではありませんか!」
何をまるっとまとめようとしてんですか!
主人公は元の世界に戻りたかったんだろうに、それを強引にだなんて、酷すぎる!
「主人公の気持ちは…」
「騎士が非道な性格をしていまして。聖女を想うあまりに常軌を逸していく感じと言うと分かりいいかな」
えっ、ルシアンが非道って表現するって事はかなり酷いんじゃ?
「監禁して、ちょっとミチルには聞かせられないような事を色々としていました。結果として、主人公は元の世界の事を忘れていくんです」
ぅわぁ……。
やっぱりリュドミラ書庫なだけありました…。
何て言う鬼畜仕様……。騎士道とか何処に捨ててきたんだよ!
……そう言えば、目の前の人も、私の事を監禁しようとしていたような…?
ルシアンは目を細めて微笑んだ。私の言わんとする事を察したっぽい。
私の頰を両手で挟むと、おでこにキスをする。
「ねぇ、ミチル?」
「……はい」
……なんとなく、嫌な予感。
「貴女が聖女で、私が騎士の立場だったなら、貴女はどうしますか?」
どうって言われてもな…。
また、こんな乙女な事言い出して……。
「その聖女は元いた世界に家族や恋人はいたのですか?」
恋人は、いないと思いたい。騎士を好きになってるみたいだし。
「家族はいたようですが、恋人はいなかったようです」
私は転生だったから、泣こうが喚こうがもうどうしようもない、って思えたけど、異世界転移だったら、やっぱり迷うのだろうか。
「同じ状況にならないと、判断がつきませんわ。かなり難しいですもの」
話の中だからこそ、外野の自分は簡単に残れだのなんだの言えるだけで、実際そうなったら、簡単に結論出せる気がしない。
「ルシアンは……」
いや、聞かなくてもね、分かるんだけどね、一応ね、聞くのがお約束かなと思って。
「騎士と同じように契ると思います」
デスヨネー?!
聞かなきゃ良かったーー!お約束でも聞かなきゃ良かったーー!!
ちょっ!
頰を挟む手に力を入れるの止めて!
「監禁も、必要に応じてします」
必要に応じてって……!
するかもとかじゃなくて、しますって言い切ったぞ!
「薬物や拘束は主義に反するのですが…」
まぶたにキスをしてくる。
おかしい!態度は甘いのに、話してる内容があかんです。
「ルシアンは、騎士と言うより、魔王の方です…」
私の言葉に、ルシアンは満面の笑みを浮かべる。
何でそんな良い笑顔?!
「その手がありましたか」
「?!」
どういう事?!
その手があったかって何よ?!
「魔王になれば、聖女になったミチルを奪って契れば、誰も邪魔出来ませんね」
ええええええええっ!
「騎士だったとしても、魔王だったとしても、ミチルを自分の物にする大義名分があって良いですね」
ふふ、と笑う。
…うん、その笑みは間違いなく魔王ですよ…。
「こういった件についての憂いもなくなったので、安心しました」
何の憂いですか……。
「転生した先がどんな世界なのかは大事です。
現にミチルはまったく違う時代、違う世界から転生しました。魔力の無い世界から来ている訳です。私達の転生先が特殊な力に溢れた世界であっても不思議ではない。
こういった、私の想像では生み出されないような発想は書物などから吸収するしかありません」
……参考資料がリュドミラの蔵書って言うのが、なによりも問題だと思うんだけどな……。
「……そうですか……」
ツッコミどころしかない……。
リュドミラ書庫は処分した方が良いかも…。
「そう言えば、獣人と人間の恋、と言う物もありました」
リュドミラ!節操ない!!
「ミチルが猫や犬の獣人だとしたら、可愛いでしょうね」
「そうですか?」
獣人も色々いるだろうけど、出来れば犬とか猫が良いなぁ。尻尾欲しい。
「ルシアンは…」
たまに子犬みたいな顔をするけど、あれは作り物だからね!可愛いけど!
狼とか?
……うーん、ネコ科の動物の方がそれっぽいかな?
ヒョウ?クロヒョウ!
って、色のイメージそのままで言ってるけど。
クロヒョウとか、強そうだし、カッコいい。
耳の生えてるルシアンとか、良い!
「黒豹が似合いそうです」
「黒豹ですか?」
今のこの姿に耳があっても良いくらいだ!
「耳があったら可愛いのに」
ルシアンの髪を撫でる。
いつ撫でても柔らかい髪の毛。羨ましい。
髪の毛をまとめてみて、耳みたいにしてみる。
「可愛いですわ」
「そう?」
「えぇ」
啄ばまれるような、軽いキスをされた。
「可愛い?」
またキスされる。
「か、可愛いですわ…」
視線は可愛くないですが…なにその、艶っぽい目ー?!
これは、うん…スイッチがオンされたようです…!
ルシアンが私の頰を舐めた。ゾワッとする。
「る、ルシアン!」
慌てて抵抗しようとした所、手を掴まれた。
「ネコ科の愛情表現、です」
ふふ、とルシアンは笑うと、私の首を軽く噛んだ。
「黒豹、良いですね、獲物も捕らえやすそうですし」
ひーーーーっ!