ミチルの深淵なる悩み その6
変だな、と思った。
違和感って奴です。
誰かが私を悪く噂してると言う事を、過保護な皆がすんなり教えてくれた事に対する違和感。
いや、自分にとっては悪い内容だから、率先して聞きたい訳じゃないですよ? ただ、いつもならこの人達、ルシアンも含めて教えてくれないし、解決してから教えてくれたりする事の方が多いのに。
夜会があるからその前に教えてくれたのかな? とも思ったんだけど、それならゼファス様からのお菓子の催促が来ないのも変だし、祖母からのお茶の誘いがないのもなんだか変。あの人達、どんなに忙しくても会いに来い、って言うのに。(私が徹底した引きこもりだから、それを心配しての事ですね、お手数おかけしております……)
今回の噂は思った以上に大きな話なんじゃないか、と予想する。過保護だなぁとは思うけど、彼らの好意を無駄にするような、要するに私如きが浅はかな考えで動いて邪魔する事は避けたい。
なにより、セラが教えてくれない事が、事の大きさを物語っている気がする。セラはいつだって私の知りたい事を教えてくれていたし、情報提供を惜しんだ事はなかった。そのセラが、敢えて噂の内容だけ話して、それ以外を話さない、と言うのは、正直初めての事なんだよね。
冷静に考えてみて、私とリンデン様が会ってたと言う話が表に出るのも変な話。いくら私が属性的に悪目立ちしやすいとしても。お忍び用の馬車でバフェット邸には行ったんだし。それに噂に上る程の回数じゃないって思うんだよね。いくらかつて敵対していたとは言え、今はお互いに公家と言う立場。
だから、誰かがリークしちゃった、と考えたんだけど。
その場合うちの人じゃないと思う。そこは信じたいし、信じてます。アサシンファミリーを。うちの人だったならセラがあんな風に教えてくれたりもしないだろうとも思うし。
かと言ってバフェット公爵家の人だってそんな人を雇う筈が無い。
漏らした人はバフェット公爵家にいる人だろうと思うんだけど、悪意はないんじゃないかな。悪意があればリンデン様の事だって噂に上る筈。それは実際はあるのかも知れない。出回ってる噂を全部知ってる訳じゃないから。そこは今の所は断言出来ないから置いといて。
なにがしかの理由で私とリンデン様がバストアップ関連の情報を集めている、という事を知った人間が、話を膨らませてる、って考えた方が良さそう。
私が女神の愛し子、と言う事が気に入らない人達は、いるにはいるだろうと思う。それは仕方ない。私的に不可抗力だったとか、彼らには関係ないんだろうし。
私の評価を貶めて鬱憤を晴らしたい人って、誰かな?
リンデン様の事は胸うんぬんの部分しか出回っていないんだから、私がターゲットなのは間違いなさそう。
これまで私に攻撃して来た人って言うと、キャロルとか皇女シンシアとか、リリーとか……あぁ、あとシャルリーじゃなくて、アマリーでもなくて、何だったかな、名前。えーと、小玉スイカ仕込んでるみたいなグラマラスな人かな。直接対決してきたのって。
でも前の三人はあり得ないよね。皇女シンシアは幽閉されてるって聞いてるし、彼女の言う事を聞く人がいないとも限らないけど、私がぱっと浮かぶ中では、シンシアよりこだまスイカ令嬢──コダマさんの方が可能性が高い気がする。消去法で考えてみるとして。
コダマさんは私が眠ってる間にルシアンに言い寄ろうとしてたけど、上手くいかなかった。他にも言い寄った人はいたみたいだけど、私が目覚めた事で大体の令嬢は諦めたって聞く。
それが諦められないとするなら、コダマさんが本気でルシアンの事を好きになった場合。でもそれは難しい。私を押しのけて自分が妻の座に、って言うのは土台無理な事はさすがに分かると思うんだよね。
どうしてもルシアンの側にいたい、って思っているのなら、私にケンカを売るのは間違いだよね。私に嫌われないようにして第二夫人なり妾の座に着くのが普通だと思う。
(アルトが妻を一人しか娶らない、って言うのは公になっていない筈だから、普通に第二夫人を狙う筈)
カッとなったとしても、あれはどう考えても割と最初から好戦的だったように思えるんだよね。これまで接点を持った覚えもないのに、私の事を良く思えてなかったんじゃないかと思える程には、攻撃的だった。
何かしちゃった覚えはないんだけど、相性と言うのもあるから、一概には言えないけど。
それとも本当に無意識に何かしちゃったんだろうか……すぐに思い付くのは、前の粛清の時に影響があった? あの時は問題ありと判断された家は潰されて、残ったのはグレーかも知れないけど、問題ないと判断された家だけ。
そうそう、それもあるから余計に、私を悪く言うのはリスキーだと思われるのに、敢えて悪く言うメリットって何だろう? 相性が悪いだけでここまでするかな?
あの一瞬だけしか会ってないけど、とんでもない思考の人にも見えなかったけどなぁ。いや、いきなり妾になろう、っていうのもどうかと思うけど。
妾、妾かぁ。あの人、年齢的にも、見た目的にも、妾にわざわざならなくてはいけないような人にも見えなかったけどなぁ……。いや、第二夫人狙いかな? セラが妾希望者って言ってただけなんだし。
ただ、実際に第二とか第三夫人までいる人ってほとんどいない。政略結婚が多い世界で、第二夫人と第三夫人の関係性と言うのは意外に難しいものだし、それだけの甲斐性も必要だったりする。後継に恵まれない場合は親族から養子をもらう事の方が多い。
王族がそれこそ政略的な意味合いで第二夫人を持つなんて事はあるみたいだけど、それもほぼほぼありえない。
なにしろ平和だから。そこまでしてバランスを取らなくちゃいけないような緊迫した力関係というのはないんだよねぇ……。恋人とかそう言うのは、あるらしいケド。
だから、そこまでしてルシアンの側にいたいと考えている程、ルシアンに好意を抱いているようにも見えなかったんだよねぇ……。超絶優良物件だとは思いますよ? ルシアンは。病ンデレな点を除けば。
仮定の話として、彼女が私に悪意を抱いているとして、私を貶める噂を流したとする。うん、これはあり得なくないですね。
私に第六感なんてものはないけど、コダマさんはひっかかるんですよ。妾にならなくちゃいけない人に見えない。着ていたドレスだって立派だったし。っていうか貴族だったよね? 平民の人が貴族に見初められて妾とか、妾希望はありえなくもなさそうなんだけど……。
とりあえず今の所、コダマさんはダントツで怪しい訳です。ただ、メリットが見えないんだよね。メリットなくこんな事するには、悪感情な訳だけど。
私はチートと言って差し支えない立場で、そんな人間を悪く言う程の悪感情となると、もはや恨み辛みレベルです。そこまでの接点はない。そもそも私、皇国出身者じゃないし。
見えない何かがあるのかなー、やっぱり。
コダマさんじゃない可能性もあるし、まずは調べないとなんだけど……聞いたら教えてくれるかな?
セラを見上げると、私の視線にセラが気付いた。
「セラ、コダマ嬢の事を教えて下さい」
「コダマ嬢って誰よ?」
「ほら、私と少しやりあったあの素晴らしい胸をお持ちの令嬢です」
「……シャマリー・ビルボワン伯爵令嬢の事?」
ソレデス!
って言うかあの人、伯爵令嬢なのか! 夫人でもなく、令嬢。未婚。やっぱり変だ。
「そのシャマリー嬢が私を恨んでる可能性を調べたいので、セラの知ってる事を教えて欲しいの」
アサシンファミリーが調べてない筈がないですからね。
私やルシアンが噂されているのに、調べないなんて事ありえないでしょう。
「何でビルボワン嬢を?」
「教えてもらった噂の出所が何処なのかを考えていたのだけれど、まずは可能性が高い方からと思っていたの。
それにしてもあの方、伯爵令嬢なのね? それなのに何故ルシアンなのかしら? ルシアンは確かにアルト公爵家の後継ですが、私も公爵位を持っているでしょう? わざわざそのような家に入る理由は?
未婚で恋人になるのも、あまり褒められた事ではないのに。
貴族の令嬢であれだけの美貌なんだもの、普通にどなたかの第一夫人を狙うだろうと思うのに、何か問題でも抱えてらっしゃる方なの?」
セラが額に手を当てて、ため息を吐く。
「…………いきなり核心つくの止めて」
え? 当たったの、コレ?!
セラ、ダヴィド、ロイエ、ルシアン勢ぞろいです。何故ですかね? これはアレですかね、お叱りを受けるパターンですかね……。
ルシアンがにっこり微笑んだ。
「ミチル、何故ビルボワン伯爵令嬢が自身に恨みを抱いてると思ったのか、教えてもらえますか?」
イエ、アノ……その可能性を調べたくてね? セラに質問したんデス……。本当ですよ……?
何故コダマさんに到達したのかを説明したら、皆が頷いていた。
当然の如く皆も同じように考えてコダマさんの事を調べたらしい。外していなかったようで安心しました。
「それで、何が理由で私はコダマさ……ビルボワン伯爵令嬢に恨まれているのですか?」
ルシアンが目を伏せる。……アレ? 珍しい反応……。
ロイエを見たら目を閉じられた。拒否?!
ダヴィドに目を向けると笑顔を返された。?!
セラに助けを求めると、ため息を吐かれた。!!
「彼女の父はマグダレナの民。母親はそうではない、と言えば分かりますか?」
え、それって……。
伯爵令嬢として生まれて、あの美貌。きっと婚約者とか恋人とかいたと思う。でも、シンシアと同じで器を持たない事が分かってしまって。領地に魔力を注ぐのが領主の役目だし、妻がそれを出来ない。妻になったとして、後継者は器を持たない人間が確定する。しかも永続的に。
自分以外の女性が妻としてもう一人入る事は確実で、しかもその人との子供が後継者になる。自分に子供が出来たとしても、貴族として生きていく事も難しいかも知れない……。
あぁ、なんか色々合わなかった辻褄が合いマシタ……。
胸の中がひんやりする。
「……恨むだけの理由があったのですね」
その発見に関わった私を憎むのは至極当然な気がする。
たとえ恨まなかったとしても、複雑な思いを抱くだろうと思う。
「ですがミチルは、それを望んだ訳ではないでしょう?」
優しいなぁ、ルシアン。私が傷付かないようにフォローしてくれる。
「ありがとう、ルシアン。でも、私はその点もあってゼファス様の養女になったのです。そんなつもりはなかったは通用しませんわ」
そんなつもりがあろうとなかろうと、事実ビルボワン伯爵令嬢の人生は狂ったんだろうから。それ以外にも変わってしまった人もいるんだと思う。
正直、噂だけで済ませてくれてるなんて、心広くないか? ……いや、違うか、言えないだけだ。
私は女皇の孫で、未来の女皇の母で、女神の愛し子で、世界を救ったとか言われちゃってる。しかもその為に目覚めるかどうかも不明だった人間の事を悪く言ったら、それこそ自分が糾弾される。
息を吐く。
「ビルボワン伯爵令嬢に、お詫びのしようもありません……」
知らなかったとは言え、あんな態度取っちゃったよ……。
だからと言って、ルシアンの妾になるのかを許せるかと言ったらそれはまた違うんだけど。
「もしミチルちゃんがあの発見をしなかったら、何も知らないこの大陸の人間達は、女神の加護を失って、魔力を女神に捧げる事も出来なくなって、いずれ滅ぶのよ、緩やかにね」
うん、まぁ、大きい目で見ればそうですね。
「マグダレナ様に……」
お願いしてビルボワン伯爵令嬢達にも器を、と口にしようとして、そうじゃないと気付く。
もう、遅いんだ。
あの発見から何年が経った? 確かに魔力の器が出来たらいくらかは喜ぶかも知れないけど、取り戻せないものの方が多い筈だ。そもそも何とかしようと言う考えが傲慢なのかな。
どうして良いのか分からない私の肩を、ルシアンが撫でる。
「夜会が開かれれば、ミチルの耳に少なからず噂は耳に入るでしょうが、その先の事は気付かれない内に片付けるつもりでした」
片付けるって、どう言う意味デスかね? まさか、私に恨みを持ってる人達皆殺しとか、超絶物騒な事言わないよね……?
ルシアンは困ったような顔をする。
やっぱりそう言うつもりだった?!
「皆、分かっている筈です。あの発見が間違いでは無かったと。だからと言って失われたものを無かった事にも出来ないでしょう」
あぁ、うん、そうだよね。
それとこれは、話が別だよね……。
「私がミチルなら何もしません。悪事をしたとは思っていませんから。ですがミチルはそうは思わない。同じ事でも視点が変われば価値観は変わる」
俯いていた私に、ルシアンが話し続ける。
「正解は無いと思って下さい」
はい、分かってます……。分かってますけど……。
「ミチルが彼等に贖罪をしたいと言う気持ちを否定する気はありませんし、止めはしませんが、それすら拒まれる可能性もある、と言う事を念頭において下さい」
皆が失ったかも知れないものを取り返そう、と言う考えそのものが傲慢だよね、確かに……。
「悔いの少ない行動を、ミチル」
その言葉は、すとんと胸に落ちて来た。
顔を上げるとルシアンは優しく微笑んでいた。
「以前ミチルが私に話してくれた事です。どんな事をしても後悔する事はある。だからこそ後悔の少ないようにしたいのだと」
そうでした。
そうやって生きてきました。
「……ありがとう、ルシアン」
何も出来ないかも知れないけど、少しでも、考える!
「何でもご用命してねぇ、ミチルちゃん」
「オレも受け付けてますよー」
ロイエは真面目な顔で頷いてる。多分、ロイエも手伝ってくれるんだと思う。
「ありがとう、皆」
ミチル、頑張るぞ!




