満を持してのバレンタインデー!
いちゃいちゃはちょっと抑えめな、バレンタインデーです。
甘いお菓子が得意ではないルシアンに、バレンタインで何を贈ったものかと、絶賛悩み中である。
イリダとの戦いが目前に迫っていた時、バレンタインのプレゼントを渡すのをうっかり忘れ、その後眠りに着くこと三年。それから妊娠、出産と、かれこれ5年分ぐらいバレンタインの贈り物をしていない! ピンチ!
「五回に分けるのと、まとめたのと、どちらが良いかしら……」
内容が内容なので、作戦会議?は、女子のみ。無論、危険人物であるクロエは除外。
アウローラにとっては初のバレンタインである。モニカから届いた手紙の中に入っていた、イケメンカフェの今回のラインナップを楽しそうに眺めている。
「お菓子の種類も、味も素晴らしいですが、あの店は見目の良い方々が接客して下さいますから、淑女には夢のようなお店でした」
「そう言ってもらえて嬉しいわ」
●姉妹のおっしゃるところの、グッドルッキングガイを取り揃えたからね。
彼らは貴族ではなく、平民である。ホストクラブではないので、必要以上のサービスはさせないものの、笑顔は120%でいけ、出し惜しむな、と厳命していたんだよね。
懐かしいなぁ。
「皇都では同じようなカフェはお作りにならないのですか?」
アウローラ、それ、ロイエが聞いたらショック受けるんじゃないの? アウローラによる猛攻で結婚したって聞いたんだけどな?
それはそれ、これはこれ、かな。別腹的な。
「カフェが作りたかったのであって、イケメンが目当てだったのではないのですよ?」
イケメンというワードは、当家では認知されているワード になっております。
「楽しむ要素は、多くある方がよろしいではありませんか」
押してきますね、イケメンを。アウローラってばイケメン好きなんだ? 正論っぽい事言っちゃってるけど、騙されませんぞ?
「美しい器、美しい店員達、居心地の良い内装、美味しいお菓子」
カーライルで行ったイケメンカフェを思い出したのか、ほぅ、と息を吐くアウローラ。
グッドルッキングガイによるハート空間であった事は間違いない。
あれは、乙女の夢をこれでもか! って程に詰め込んでみたからね! 我ながら良い仕事したわぁ。
とは言え、このアウローラの様子からして、こっちの世界にホストクラブとかあったら、間違いなく注ぎ込みそうだな……。なくて良かったよ、うん。
「それはさておき、バレンタインにルシアンに何をプレゼントするか、です」
「何も悩む必要などございませんでしょう?」
何言ってんだと言わんばかりの顔をするアウローラ。
さすがアウローラ。既に答えが出てるとは、やりますね!
「ルシアン様が求めてらっしゃるのはミチル様なのですから、ミチル様にリボンをかけておけば間違いないと思いますが」
「?!」
何言っちゃってんだね、アウローラ?!
「それでしたらリボンは太めがよろしいですね」とはエマ。
「?!」
「太めのレースなどいかがでしょう。微妙に透けておりますから、刺激十分です」
コラコラ待て待て! バレンタインデーはハレンチデーではないぞ! 本当はチョコの日でもないけど!
っていうか透けるってなんだ?!
「二人とも真剣に考えて欲しいのだけれど?」
「真剣です」
「真剣ですが?」
エマとアウローラが同時に答えた。
……えっ! 真剣に考えた結果がハレンチデーって、キミタチちょっとあかんのじゃないかな?!
「却下です」
まったくもう。
「ルシアン様が最もお喜びになられるのに……」
「本当です」
なんでそんな不満気なのよキミタチ。私で遊んでない? 遊んでるでしょ? 素直に言ってごらん。え? 勿論怒りますよ? トーゼンです。
ドアをノックする音がして、すかさずエマが対応する。開いたドアの向こうにはロシュフォールを抱いたルシアンが立っていた。
おや?! 珍しい!
よく見ると、ルシアンの後ろにセラがいて、リュリューシュを抱いていた。
ルシアンがロシュフォールをエマに預けると、エマとアウローラは部屋を出て行った。
珍しいと思ったら、そう言う事でしたか。
「何を話していたの?」
私の横に座るなり、ルシアンは私の頰にキスをした。
「時期的に、バレンタイン?」
エスパー! ……ではないな。女子だけで集まってたし。想像に難くないよねー。
「ルシアンは何でもお見通しなのですね」
サプライズは元々無理だし、そういうのは大概やる側の自己満足だから良いんだけど。
「出来れば贈り物はミチルであると嬉しいです。ミチルに結ばれたリボンをほどきながら、と言うのをやってみたい」
「!?」
もしや三人で打ち合わせ済みですか?!
「ね?」
ね? じゃない! バレンタインデーはハレンチデーじゃないんだってば!
「バレンタインデーは恋人達が愛を囁いたり、日頃の感謝を述べる日(重ね重ね本来のバレンタインとは違うけど)なのですよ? ルシアンやアウローラ達の言うような破廉恥な日ではないのです」
ふふ、とルシアンは笑う。
「愛を囁く日なのでしょう? 間違ってませんよ?」
いやいやいや?! 例え愛を囁きあったとしても、その後、アンナコトヤコンナコト考えてるでしょ、ユー。
「愛を伝える方法は、一つではありませんからね」
私の旦那様が、すこぶるイケメンで、すこぶる破廉恥な件について審議したい。
チーズケーキ好きなルシアンには、チーズとチョコレートをマーブルにさせたタルトを作る事にした。のだ、が、何故か一緒に作ってる。
なんでよ?
オムライスを一緒に作ったあたりから、ルシアンは料理やお菓子作りにも挑戦するようになりましてな。
もはや私のアドバンテージなんぞございません。
「こうして二人で作るのも楽しいですね」
「ソウデスネ」
私の複雑な思いなんぞ思いもよらないのか、眩い笑顔を向けてきやがるイケメン。おのれ、好きだ。
「ホワイトデーには私が作ったお菓子をミチルに食べていただこうと思っています」
「まぁ……」
スパダリ過ぎないか、いくらなんでも……。
「それをひと口ずつミチルに食べさせたい」
なんか怖い上に破廉恥な予感。
「ルシアン?」
「なんですか?」
刻んだチョコレートを湯煎で溶かしながら、隣に立つルシアンに抗議するように見上げる。柔らかい笑顔にきゅんとしちゃうけど、騙されちゃあかんのですよ。
「私には手がありますから、自分で食べられます」
一応ね、抵抗という程のものではないんですけどね、節度を持ちたいなって思っているんですよ、私としては。
この屋敷の皆は、隙あらば私とルシアンをイチャイチャさせようとするけどさ、いや、それが嫌なんじゃなくてね? 何て言うの、溺れてダメ人間になる未来しかないって言うのか……。
「駄目」
駄目?! 既にダメ人間って事?!
「私が食べさせたいから」
あ、そっちね? あー、微妙に脳内で考えてた事と単語がリンクしたからびっくりしたよ。
タルト生地の上に、チーズの生地とチョコレートの生地をゆるく混ぜ合わせたものを注いでオーブンに入れる。
「焼き上がりが楽しみです」
ルシアンには自作のお菓子、皆には買った奴にしたかったんだけど、皇都のお菓子屋さんって、色んな種類のお菓子を扱ってるお店がないんだよね。だから今回はパティシエに頼んで作ってもらった。久々だって言って喜んで作ってくれたけど。
やっぱり欲しいなぁ、カフェメインじゃなくて良いから、スイーツのお店。
「美味しく出来ていると嬉しいのですが」
チーズタルトは、当家のパティシエがあらかじめ試行錯誤して作ってくれたレシピで作ってるから、よっぽどの事がなければ成功する筈なのだ。
「大丈夫ですよ。メインはタルトではないから」
そう言って微笑むルシアンに、身の危険を感じた。黄色信号が点っております。
ダイジョウブのポイントがおかしかったよね、今の。
ルシアンはふふ、と微笑むと、私の指先にキスをした。
五年振りに、あの時の約束を果たす。
期待して欲しいと約束をした、バレンタイン。
すっかり戻って来た日常に、過去の事が嘘のように感じる事があるけど、ちょっとした時に思い出されて、こうしていられる事の凄さに、マグダレナ様に感謝すると共に、少し心が寂しくなる。何に、と聞かれても、上手く言葉には出来ない。
ルシアンの手にもう片方の手を重ねると、ルシアンの蜂蜜のような金色の瞳が、私を見つめた。
「また一つ約束を果たせる事が嬉しいですわ」
「えぇ」
どちらともなく顔が近付いて、キスをする。
「愛しています、ルシアン」
言葉を一度切って、真っ直ぐに目を見て言う。
「この想いは、誰にも負けない自信があるのです」
そう告げると、ルシアンの瞳が揺れた。
「私のルシアン」
降ってきたルシアンのキスは、止まらず。
オーブンが焼き上がりを知らせてきても、聞こえないとばかりに、あちこちにキスが降ってくる。
「私のミチル」
チョコレートよりも甘い瞳が、私を見つめる。
「愛しています、私の最愛」
リボンはまた来年ですね、とアウローラに言われたので、アウローラこそすれば良いわ、と言い返した所、「はい、やってみました」と笑顔で返された。
アウローラ、恐ろしい子……。
私はどうだったのかって?
それはその、まぁ、何ですか。みなまで言わせないで欲しいなーなんて思う訳です。
ルシアンに付けられたキスマークを見て、真面目な顔をしてクロエが言った。
「旦那様は奥様を愛でる理由が有ればどんな事でも良いのではないかと思われます」
否定出来ナイ……。
ワンピースに着替えて、エマに髪を結い上げてもらい、部屋に移動する。
既に部屋にいたセラが、笑顔で迎えてくれた。
「おはよう、ミチルちゃん。昨日のお菓子はオリヴィエと一緒に食べさせてもらったわ。オリヴィエが礼を言ってたわよ」
それは良かった。
オリヴィエと一緒に食べてもらおうと、少し多めに持って行ってもらったんだよね。
「そういえば、クロエはステュアートにお菓子をあげたのかしら?」
ステュアートと結婚したクロエ。最初は驚いたけど、不器用者同士お似合いかも知れない。
クロエは頷いた。
おっ?! クロエも人並み?に恋人同士と言うか夫婦の触れ合いが……。
「今朝はトイレから出られないようです。大して多くは混入させていないのですが、耐性が無い脆弱者ですね」
「?!」
混入?! 何をステュアートに食べさせたの?!
怖い! けど聞きたい! でも聞いたら現物を食べさせられそうだから怖くて言えない!
クロエがそっ、とお菓子を差し出してきた。
聞いてないのに出して来たーっ!!
「奥様も宜しければどうぞ」
ステュアートがトイレの住人になったと言う話を聞かされたのに、食べろと?!
「良い訳ナイでしょ!」
セラがお菓子を全部掴んでゴミ箱に捨て、クロエを部屋から追い出した。
「まったく、懲りないわねぇ、クロエも」
はぁ、とため息を吐くセラ。私もついため息を吐いてしまう。
「あ、そうだ。ゼファス様からお手紙が届いてるわよ」
何だろう?
昨日お菓子を皇城にも届けてもらったから、その感想とかかな?
祖父母とゼファス様に贈ったんだよねー。
開封し、中の便箋を取り出す。
『もっと持ってくるように』
半眼になってる私を見て、セラが手紙を覗き込む。
「よっぽどお気に召したのねぇ」
それは良いんだけどさ、もっとさ、言い方があるじゃありませんか?
美味しかったとかさ。
……いや、ゼファス様は天邪鬼だからね、絶対言わないね、そんな事。
この"もっと持って来い"は、"美味しかった"って意味なんだよね。
「天邪鬼ですわね、本当に」
「多分素直になったら死ぬんだと思うわ」
「確かに」
素直になったら死んでしまいそうなゼファス様に、今度は何のお菓子を持って行こう、と、窓から見える皇城を眺めながら思った。




