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転生を希望します!【番外編】  作者: 黛ちまた
ミチルと愉快な仲間たち

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ゼファス様と羊羹

 進んでないな、とゼファス様の手元を見て思う。

 今日はミチル殿下が皇城にお越しになる。その所為でゼファス様は落ち着かない。

 もう何年もお会いしていない、という訳でもないのに、いつもこうなのだ。


 扉をノックする音がした。すぐさま確認すると、ミチル殿下が背筋を真っ直ぐにして立ってらっしゃった。私を見てにこりと微笑まれる。私も笑顔を返す。

 執事であるセラ殿も一緒だ。手には箱を持って殿下の後ろに控えていた。

 大きく扉を開き、お通しする。


「ゼファス様、ミチル殿下がお越しです」


 さっきまで全然書類を読んでいなかった筈なのに、ミチル殿下がお越しとなった途端に書類を真剣に眺め始める。

 何という天邪鬼。


「またそうやってお仕事ばかりなさっておいでなのですか?」


 いえ、ミチル殿下、先程まで全く手に付いてませんでした、と本当の所をお伝えしたいものの、そんな事をしたら後が怖い為、黙っておく。

 ちらりとゼファス様に視線を向けると、軽く睨まれた。やはり黙っておいた方が良さそうだ。

 殿下はカウチにゆったりと腰掛けられると、セラ殿から菓子が入っていると思われる箱を受け取る。


「私はいつも忙しいんだから、ミチルはそこで勝手にお茶でも飲んでいけば良いよ」


 素直じゃないにも程がある。とは言えないので、黙って様子見する。


「むしろいつもお忙しいのですから、私がお邪魔している数時間は手をお止めになられてはいかがですか?」


 そうおっしゃると、殿下はセラ殿にお茶の銘柄を指定なさる。笑顔で頷かれたセラ殿は手慣れた様子でお茶を淹れ始めた。

 ミチル殿下が召し上がるものは、セラ殿の手を必ず通される。皇城であってもそれは変わらない。


「無理だ」


 全然無理ではございませんね。


「お茶をご一緒して下さるまで、話しかけて邪魔致しますわよ?」


 ゼファス様はミチル殿下をじっと見る。ミチル殿下が微笑まれると、諦めたようにゼファス様は机から離れてソファに腰掛けた。仕方ないと言わんばかりの態度だが、その真逆で嬉しいに違いない。

 相変わらず、殿下はゼファス様の扱いに長けてらっしゃる。


「本日は、燕菓子をお持ち致しました」


 セラ殿からあらかじめ準備しておいて欲しい食器類を伝えられていた為、ワゴンに用意してある。

 皿に菓子をのせ、フォークを添える。

 ゼファス様の前に置かれたのは、黒い塊。


「羊羹じゃないか」


 甘い物に目がないゼファス様は、殿下がお持ち下さるお菓子を殊更お好みになる。殿下が自ら作って下さったり、選んで下さった、という点でポイントが高くなってもいるのだろうが、事実、殿下のお持ち下さるお菓子は美味しい。

 殿下はいつも私にも下さるので味を知っている。侍従の私にも下さるなど、貴族らしからぬ行動ではある。

 それをゼファス様に問われた時の殿下は、

"私のお父様の世話をしてくれている皆に感謝をしたいだけです"と仰せだった。


"それが彼らの仕事だよ?"と、ゼファス様が返されると、殿下は微笑んだ。


"お菓子ぐらいで人の気持ちを買えるとは思いませんが、嫌な気持ちはしないのでは? それに、感謝しているのは事実ですし、結果として皆がお父様に気持ち良く仕えてくれるのであれば、私はこれからも感謝の気持ちを込めてお菓子を配ります"


 その言葉を聞いて、ふん、とゼファス様は鼻で笑われたが、それからしばらくの間機嫌が良かった。

 御身分的にあまり外にお出になる事が叶わなくなったが、たまに外に出られた際には、お菓子などを土産だとおっしゃって買って来て下さるようになった。

 周囲の者達の、ご自身への態度が変わる事を望んでの事ではないのは、知っている。

 殿下を思い出されて、そのような事をなさるのだ。そうして、あの時の気持ちを思い出されて、喜んでらっしゃるのだろう。


 切り分けられた羊羹を、無表情で口に運ぶゼファス様。口に合わない物は絶対に口にされない。つまり、お好きなのだ。


「本日の羊羹は、ハウミーニアの小豆を使用しているのです。いかがですか?」


「悪くないよ」


 むしろ大好きだろうと思う。


「良かったですわ。土壌の問題なのでしょうが、燕国の物に比べると、大味な気がします。繊細な味の場合は、やはり燕国産小豆の方が向いてますわね」


「差が分からないが、そういうもの?」


 殿下は手を叩いた。目がキラキラしている。ここにアルト伯がいたら危険だったと思う。

 そう言えばあの独占欲の塊のアルト伯は、何故かゼファス様を敵対視なさらない。

 ちら、とゼファス様を見る。


 ゼファス様の、殿下に向けられる情は、男女の間のそれではないからだろうな、と納得する。

 兄君であるシミオン様は確かにゼファス様を家族として大切にして下さる。それはゼファス様も感じてらっしゃると思う。だが、殿下から向けられる情は、父親に向けてのものであり、ゼファス様がこれまでの人生で捨ててきたものだった。諦めたものだった。

 惜しみなく自分に向けられる情は、ゼファス様の孤独な心を癒した。

 ゼファス様は殿下のお子であるロシュフォール様とリュリューシュ様を可愛がってらっしゃるが、殿下に向けての情とは一線を画していると感じる。

 ゼファス様にとって、殿下は唯一無二なのだ。だからこそ、イリダとの戦いの最中、ご自身の身を呈してまで殿下をお助けになった。


「次にお邪魔する際は、食べ比べを致しましょう。楽しみですわ」


 楽しそうに微笑む殿下に笑いかけたい癖に、素直じゃないゼファス様は呆れたような視線を向ける。


「あんまり邪魔されると、執務に支障が出るけど?」


 ここで引っ込んでしまうのが普通の人間だが、ゼファス様の天邪鬼っぷりをよくご存知の殿下は本気にしない。


「あら、でしたらお菓子だけ届けさせます」


「いや、それじゃ違いの説明を誰がするんだ?」


 ご自身でおっしゃっていながら、殿下が来ないとなると慌てている。


「詳細を記した紙を同封しておきますわ」


 何と返して良いのか分からないゼファス様は、殿下をじっと見る。素直に言えば良いのに。顔が見たいから会いに来て欲しい、って。まぁ、それが言えたら今のゼファス様になってない。


「ですが、私がお父様にお会いしたいから、やはり押し掛けますわね」


 そう仰せになって、殿下は微笑まれた。

 ふん、と言って顔を背けるゼファス様に、さすがに呆れはするものの、殿下には感謝である。

 このままお茶会が終わったら、ゼファス様の機嫌が悪くなって執務に支障が本当に出てきてしまう。

 何という面倒な方なんだろうか。




 殿下とのお茶会が終わり、次のお茶会の約束も出来たゼファス様のご機嫌はすこぶる良く、その後の執務は滞りなく進んだ。


 素直じゃない主人ではあるが、私はゼファス様が好きである。


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