その後の二人 その二
再会です。
祝賀パーティー参加の為に、皇都入りした私。
こっそり入ったんですよ。闇夜に紛れるみたいに。
犯罪者か何かなの?
「レシャンテ」
久々に会うレシャンテに、つい顔が綻ぶ。
心なしか、前より表情が明るくなった気がする。
またお茶が出来るのが嬉しい。銀さんも加えての縁側メンバーですよー。
「お帰りなさいませ、奥様。再びお会い出来た事、レシャンテ、心より嬉しく思います」
レシャンテはあの日、祖父と一緒にルシアン達が魔力切れを起こした時の為に皇都から魔石を大量に入手してくれて、あの場所に駆け付けてくれたのだと教えてもらった。
「レシャンテにはあの時、ルシアン達を助けられたと聞いています。本当にありがとう、レシャンテ」
頭は下げられないから、笑顔を向ける。
レシャンテは胸に手を当てて、頭を下げる。
「我が身は旦那様と奥様の物。お助けするは当然の事に御座いますが、お言葉大変嬉しく思います」
レシャンテと微笑みあっていたら、身体がふわりと浮いた。ルシアンだった。
「これは大変失礼致しました。お部屋は以前と同じ場所をご用意致しております。湯浴みの準備も出来ております」
「分かった」
久々にレシャンテに会ったのにー。
ちょっと奥様頑張ってみたんですよ?
「しばらく滞在します。レシャンテと話す時間はありますから今日は湯浴みをして早く寝ましょう」
はーい。
「でも一緒に入浴はしませんよ?」
ルシアンの顔を見る。ルシアンが笑顔になる。
「残念。上手くいくかと思ったのに」
そう言ってこめかみにキスをしてくる。
口ではこんな事を言うルシアンだけど、そこまで混浴には拘ってはいない。出来たら一緒に入りたいなー、ぐらいな感じ。
エマとクロエに入浴を手伝ってもらった。
至星宮の大浴場も良いけど、皇都の屋敷にあるお風呂も結構好きなんだよね。
ご機嫌で入浴する。お風呂好き。本当は一人で入りたいんだけど、それは許されないのです。
「奥様、少し体重が戻って参りましたね。ようございました」
嬉しそうにエマが言った。
「そうかしら」
言いながら下に視線を向ける。
大きくなりたい……。ここだけ戻ってきて成長期。
湯浴みをしてリラックス用の香油を軽く塗り込んでもらって、部屋に入る。
私が部屋に入る前にセラが来てお茶を淹れておいてくれたみたいで、ほうじ茶の入ったティーポットと、カップが二つ。おやすみなさい、と書かれたセラのメッセージカードがあった。
カップにほうじ茶を注いで、ひと口飲む。
ほっとひと息。
はぁ、セラの淹れてくれたお茶は何でこんなに美味しいのかなぁ。
前に"愛情よ☆"とか言ってて何言ってんだ、とか思ったけど、最近は本当に愛かもしれないと思ったりする。姉妹愛ね!
久しぶりの皇都の屋敷。感慨深いものがあります。
私が以前使っていたままの内装で、それがまた懐かしくて嬉しくもあるけど、月日の流れを感じる。
何が、とは言葉に出来ないんだけど、漠然と感じる。
ドアが開いてルシアンが入って来た。
「待たせてしまいましたか?」
「いいえ、私も今戻った所です」
「それは良かった」
ルシアンが隣に腰掛けたので、膝の上に座る。自発的にね。こうするとルシアンのご機嫌がマシマシになります。
ついでに私の幸せ度もマシマシです。
「良い匂いがします」
ルシアンのキスが首筋に落ちる。
「香水を作りに行く約束、覚えてらっしゃいますか?」
前の香水は"L"だから、今度は何て名前にしようかな?
作ったらイメージわくかな。
「勿論」
キスが降ってきた。ルシアンがくれるキスは、全部好き。
深いキスは酸欠になったり、ドキドキし過ぎたりはしちゃうけど。
身体を抱き上げられて、寝室のベッドに寝かされる。
ルシアンの唇が鎖骨に触れて、チリっとした痛みがした。
「ルシアンッ!」
キスマーク付けられた!
慌ててルシアンの身体を押し返す。
祝賀パーティー近いって言うてるやん!
何してくれてんですか!
慌てる私とは対照的に、ルシアンは落ち着いた様子で私の髪を一房手にとってキスをする。
「わざとです」
そうでしょうとも! つい付けちゃった、なんて性格じゃない事は分かってますとも!
「仕方ないでしょう?」
そう言って色気のある視線を向けてくる。
ぅあ! いい加減そのスキル伝授してくれ!
私ばっかりヤラレている気がする!
「ミチルが可愛過ぎるから」
「そんな事をおっしゃるの、ルシアンだけです」
腕を伸ばしてルシアンの首に抱き付く。
「それはそうでしょうね。ミチルに情愛を持つ人間の存在なんて、許しませんから」
ヤンデレ……!
「私のミチル」
蕩けそうな笑みを浮かべて、ルシアンの顔が近付く。
そっと目を閉じる。
甘いキス。
深いキス。
とろりと溶けてしまいそうな蜂蜜色に絡め取られて、目眩がする。
息も、食べられてしまう。
ルシアンの熱に、溶かされていく。
私が私じゃなくなるみたいで、逃げたくなる。
でも、ルシアンが直ぐに気付いて。
私は更に追い詰められていく。
──逃さない。
ルシアンの唇が動いて、そう言ったような気がした。
祝賀パーティー当日。
鎖骨のキスマークを見て、クロエが「だからあのドレスに……」と呟いた。
「?」
あのドレス?
何でも御座いません、とクロエは答えると、エマと二人がかりでコルセットで私のウエストを絞り込んでいく。
うっ! 内臓が……!
白いエンパイアタイプのドレスで、ウエスト部分は抑え目の金糸で編まれたレースのリボンで絞られている。
総レースの袖は薄い金色で、リボンと同じ金糸で花の刺繍がふんだんにされている。
ドレスも着せてもらったけど……やっぱり……!
「このドレスでなくては駄目……?」
キスマークが隠せない……。
むしろめっちゃ目立ってます。
鏡越しに見る自分の鎖骨に、ばっちりキスマーク。
おのれ、ルシアンめ。くそぅ、好きだ。でもこれはあかん奴や。
「このドレスをお召しになるよう、ルシアン様たってのご希望に御座いますので」
困ったような顔をしながら、エマが首飾りを着けてくれた。
あ、キスマーク、目立たないかも。物凄いガン見しなければ分からなさそうです。
それにしてもこの首飾り凄いな。鎖骨をほぼほぼ隠す大きさですよ。しかもこの中心にある巨大なのはイエローダイヤモンドでしょ、細かい宝石も全部ダイヤモンドだ。
アルト家の財力たるや。
イヤリングはシンプルに、雫型のイエローダイヤモンドがいくつも連なっているもので、動きに合わせて揺れる。
「本日の装いも、旦那様の激しい独占欲が如実に表現されて、重い愛情を感じられますね」
クロエ?
間違ってないけど、他の人が聞いたらまた草むしりの刑になるよ?
ドアをノックする音の後、ルシアンが入って来た。
私を見るなり微笑んで、キスをして来ようとするので、それをブロック! キレイに化粧してもらってせっかく化けたんだから、駄目!
諦めたルシアンは、手の甲にキスをする。
「このまま部屋に閉じ込めたい」
普通なら褒め言葉でも、ルシアンの場合は本心だ。
やばい奴だ。
「では、参りましょうか」
差し出された手に、自分の手を重ねる。
「はい、ルシアン」
馬車に乗って直ぐに、何故闇夜に紛れて皇都に入ったのかが分かった。
凄い人集りがアルト家の敷地の外で待機していたからだ。
ぅわぁ、これってあれですか、ルシアン目当てですか?
このイケメン、全国区になっちゃったのか?
あ、もしかしてセラかな? ド級の美人だもんねぇ。アウローラもそうだし……。
ちらりと隣に座る国民的?イケメンを見る。ルシアンは苦笑して、「違いますよ」と言った。
「ミチルは皇都の民に人気があるんです。そのミチルが命をかけて自分達を助けてくれたと思っているんです」
ああああああああああ。
違うんです違うんです! 皆の事はついでだったとは言えない。いや、確かにね、皆助かって欲しいってお願いしましたけどー!
ううう、穴! 穴掘りたくなって来た、久々に!
早く全部終えてお家に帰りたい!!
半泣きになりながら到着した皇城。
以前はなんちゃって皇族でしたけど、今は正真正銘の皇族だったりして、謎のステップアップをしている私ですが、本意では無いっス。
私とルシアンが大広間に到着すると、ザッと道が開けた。
わぁ……。HPが削れていくヨー。
「さぁ、参りましょう」
甘い笑顔が向けられる。
「えぇ」
にっこりと微笑み返す。
馬車を降りてから公爵夫人モードに切り替えましたからね、ワタクシ。
大広間の奥には、既に到着していた公家の面々が見える。
エヴァンズ公と目が合った。ウインクされた!
う、ウインク苦手……! 返せない!
「ミチルちゃん、ウインクは返さなくていいから。そんな事したらルシアン様、エヴァンズ公対決の火蓋が落ちるから止めてちょうだい」
「まさかそんな……」
笑いながらルシアンの顔を見る。笑ってるのに、目が笑ってないよ……!
「……ご挨拶に、参ります」
真っ直ぐに進んで公家の人達の元に向かう。
昔はよく、足とか掛けられたなぁ。良い思い出ではないけど、色々あったよねぇ。今は平和で嬉しい。
女皇の孫娘、皇太子の元養女に手を出す奴はおるまい!
「この目で見るまで、目覚めたと言うのが信じられなかったが、本当に目覚めたんだね」
シミオン様が目を細めながら言った。
「あの時はどう、アルト伯に謝罪して良いのか分からなかった。我らが守ると豪語していたにも関わらず、守られたのだから」
申し訳ない、と言ってクレッシェン公はルシアンに頭を下げた。
「ミチルが目覚めた今となっては、全て過去の事です」
やだ、発言がイケメンだわ、ルシアン。
「しばらく皇都に滞在出来ると聞いているが」
クーデンホーフ公の言葉にルシアンが頷く。
「それにしても、無念です。ミチル殿下にこそ皇位をお継ぎ頂きたかったと言うのに」
エステルハージ公がため息混じりに言う。
諦めたまえ!
「目覚めて良かった」
シドニア公……! そんなに長く私の為に喋ってくれるなんて、ちょっと感激です!
「ミチル」
バフェット公爵と夫人だった。
「そなたは何処に行ってもトラブルに巻き込まれるのだな」
呆れたような顔で夫人に言われてしまった。
心当たりばっかりなんで、返す言葉も無いっス。
「こう見えてリンデンはね、毎日毎日、ミチルはまだ目覚めないのか、って言っていたのだよ。目覚めてくれて本当に良かった」
「セオドア!」
真っ赤な顔をする夫人に、バフェット公が笑う。
「私も、こうして皆様のご無事な姿を拝見出来て、嬉しく思います」
素直な気持ちを口にすると、皆、シーンとした。
あっ、ちょっ、しんみりして欲しかった訳じゃないんだよ?!
「本当に、良かった。本当に」
噛み締めるようなシミオン様の言葉に、皆が頷いて、胸が熱くなった。
鈴の音がした。
音がした方に目を向けると、皇族専用の扉の前に近衛騎士が立った。
「イルレアナ陛下! ゼファス皇太子殿下のお成りに御座います!」
侍従のよく通る声がして、扉が開かれた。
女皇だけに許される漆黒のドレスを纏った祖母が大広間に入って来た。真っ直ぐに伸びた背、品のある振る舞いに、血の繋がりを疑った。氏より育ちって奴なのカナ……。
祖母と目が合う。僅かに細められた目に、嬉しくて泣きそうになるのを、堪える。
次に入って来たのは、ゼファス様。教皇の姿では無く、皇太子としての宮廷服を着てる。
ぅおーっ! 天使はやっぱり天使ですね?!
目が合った瞬間、視線が逸らされた。
えっ!
よく見ると耳が赤い。照れてるの? あの天使照れちゃってるの?
ニヤニヤしそうになるのを堪える。
最後に入って来たのは、皇配になった祖父だった。宮廷服では無く近衛騎士の格好してるのは、何でなんだい……。
似合ってるけど!
あれかな、イルレアナはオレが守る的な。うん、ありえる。
祖母、ゼファス様、祖父がそれぞれの椅子の前に立ったので、カーテシーをして頭を下げる。
三人が椅子に座ったのを確認した侍従が言う。
「面を上げられませ!」
衣擦れの音がする。皆が一斉に顔を上げたからだ。
ここからは挨拶タイム。
ルシアンに手を引かれて祖母の前まで行き、カーテシーをする。
「ラルナダルト公、アルト伯、今日の良き日に感謝します」
顔を上げる。
いつもとは違う、女皇としての笑顔を浮かべる祖母に、私も貴族としての笑顔を返す。
「皇国の導き手たる女皇陛下におかれましては、ご機嫌麗しく、臣として執着至極に存じ上げます」
これはルシアン。立板になんとかですな。
「陛下のご尊顔を再び目にする栄誉に浴しましたる事、何よりの喜びにございます」
そう言うと、祖母の目が一瞬柔らかくなった。
「しばらくこちらに滞在すると聞いています。お茶会を催しますから、いらっしゃい」
ルシアンと私は礼をして下がる。
次々と公家の人達が祖母に挨拶をしていく。それが終わったら皇国の貴族達が挨拶をしていく。
「お祖母様もお祖父様も、ゼファス様も、お元気そうで何よりですわ」
「以前ミチルが、陛下と皇配殿下の事を殺しても死なないと表現していましたが、納得しました」
うん、そうだけど、何処でそう思った?
「ミチルが眠っている三年の間の陛下は、それは凄かったんですよ」
「凄い?」
にっこり微笑んでルシアンは答えない。
……えっ? ここまで思わせぶりな事言って教えてくれないの?
振り返ってセラを見る。
あっ、視線を逸らされた!
アウローラを見る。微笑まれた?!
こうなったら公家の人達だ! と顔を向けると、皆視線を逸らしたり曖昧な笑顔を浮かべたり苦笑する。夫人がため息を?! なして?!
…………えっ?
なに? この反応?!
「ミチルが陛下に似てらっしゃらなくて、本当に良かったと思いましたよ……」
しみじみと呟くシミオン様に、冷や汗。
皆、妙に頷いてるし……。
どういうことなの……。
えっ、何したんだろ、祖母?!
怖いもの見たさで知りたいけど……。
聞いちゃイケナイ奴っぽい。
「イルレアナ様は、兄君よりも智謀に長けたと伺っております」
アウローラのトドメが来ました。