血中ルシアン値
「……あのままで、よろしいのですか?」
「良い。また何か思い付いたようだから、好きにさせてあげてくれ」
そうおっしゃるルシアン様の口元に笑みが浮かぶ。
ここの所ずっと、ミチル様がルシアン様の様子を伺っているのだが、話しかけてくる様子はない。私が邪魔なのかと席を外してみても、話しかけない。
一定時間そのように過ごされては、去って行かれるのだ。
一体何をなさろうとしてらっしゃるのか、不明だ。後でセラに確認するとしよう。
ミチル様の方に視線を向けると、隠れる。デイドレスの裾が見えており、隠れきれていないのがまた、ミチル様らしい。それを笑わないように、気付いていない振りをするルシアン様だが、時折我慢出来なくなるのか、顔を背けて僅かに肩を震わせる。
「コーヒーを用意して参ります」
私自身も笑いそうになるのが抑えきれなくなってきたので、コーヒーを淹れると断って部屋を出る。
本当に、何を思い付かれてあのような行動をなさっているのやら。
「ロイエ」
執務室を出て直ぐにセラに声をかけられた。丁度良い。ミチル様の事を聞こう。
「ミチルちゃん、邪魔してないかしら? 大丈夫?」
「邪魔ではないが、アレは何をなさっておいでなんだ? ロシュフォール様とリュリューシュ様は?」
セラは苦笑した。
「ルシアン様が足りないんですって」
ルシアン様が足りない?
「どうしても、お子様を中心とした生活になるでしょう?」
それはそうだろう。
「夜も疲れてお二人の時間も取れないままにお休みになるから、血中ルシアン値が足りないんですって」
血中ルシアン値。
ミチル様は時折、不思議な言葉で表現なさる。言わんとする所は、ルシアン様との触れ合いが足りない、だろう。
「それならそうと、ルシアン様におっしゃれば良い」
馬鹿ね、とセラが呆れたように言う。
「そんな事言ったら、ミチルちゃんが大変な目に遭うでしょ」
ルシアン様のミチル様へのご寵愛は間違いなく増すだろう。増すなどと言う生易しいものでは済まない。
下手をしたら翌日の昼、いや、夕方までミチル様が動けなくなる事もあり得る。
「……確かに」
「だから、あぁやってルシアン様の姿を見て満足してるんですって」
なるほど。ミチル様なりの自衛といった所か。
「でも」
「でもねぇ」
言葉が被る。
「陰から見守ってるミチルちゃんをご覧になって、ルシアン様が我慢出来る筈ないわよね」
「そうだろうな」
二人でそっとルシアン様の執務室まで戻る。扉に耳を当てると、中からミチル様の焦る声が聞こえた。
「る、ルシアン! お仕事を、お仕事をなさって下さいませっ!」
「根を詰めれば良いと言うものではありませんから。気分転換は大事です。ミチルも育児で疲れているでしょう?
丁度良いですから、夫婦で気分転換しましょうか」
……予想通りの展開になっているようだ。
セラを見ると、肩を竦ませていた。
コーヒーは、当分お届け出来そうにない。