キャロル in ワンダーランド
ミチル襲撃に至るまでの、キャロルの心理を以前リクエスト頂きましたので、それを…。
アレな人なので、多分予想通りな展開かと思われマス。
私は、ずっと特別だった。
パパにとっても、ママにとっても。
周囲にいる人たちにとって、私は、特別な存在。
学校での授業はいつも1番だったし、運動だって得意だった。
出来ない事はなかったの。欲しいものはいつも手に入っていたの。
私が機嫌が悪いと、いつも誰かが私を慰めてくれた。
私が悲しいと泣けば、いつも誰かが私を慰めてくれた。
みんな、私を特別だと言った。
みんな、私を好きだと言ったの。
だから、平民だけど、魔力があるからと貴族が通う学校に通う事になっても、何一つ不思議に思わなかった。緊張もしなかった。
だって私は特別だから。
高校に入っても、私はみんなにとっての特別な存在になる事は分かっていたから。
おかしい!こんな筈じゃないのに。
何もかも上手くいかない。
今までは何でも思い通りになっていたのに。
女子生徒が私に冷たい。
どうして?これまで、皆は私の機嫌を取る子が多かったのに。私が持ってる物を皆珍しがり、欲しがって、あげると凄い喜んだのに、今は誰も欲しがらない。とっても珍しい物なのに、本当は欲しいのに我慢してるのかしら?
男子生徒もそう。
話しかけると距離を取る人が多い。
軽く触れた時なんて、凄い勢いで逃げられた。
照れてるのかと思ったらそうじゃなかった。
王子サマに触れた時、ハンカチで手を払われた挙句、
すまないが、触れないで欲しい
と言われてしまって、ショックだった。
なんだか落ち着かない。焦る。
何処かで間違えたの?
貴族ばかりの中で、私の態度は、悪目立ちしたって事?
そんなの、分かんないよ。平民として生きてきたんだから!違うんなら教えてくれれば良いのに。
それを、あんな言い方しなくたって。
貴女の接し方は、貴族社会での異性への接し方から大きく逸脱しております。
何よ、少し可愛いからって、貴族だからって、嫌な言い方!ルシアン様の婚約者だからって、あんな言い方しなくたっていいのに!何て意地悪なの?!
パパに調べてもらったら、アレクサンドリア家は貧乏伯爵家なんだって分かった。だから、ルシアン様のお家、アルト家との婚約が駄目になったら困るから、あんなに必死なんだと思う。
貧乏伯爵令嬢の癖に!貴族と言うだけで、私からルシアン様を引き離すなんて…!
ルシアン様はあの婚約者に弱みを握られているんだわ、きっと。そうじゃなければ、貧乏伯爵家と宰相を歴任する名門一族の次男が婚約なんてありえないもん。
あぁやって、優しく接するのも、機嫌を伺うのも、あの女に弱みを握られているから……そうよ、きっとそうなんだわ。
それが何なのか、パパにお願いして調べてもらわなくちゃ。ルシアン様を助けられるのは私だけなのよ、きっと。
でも、他の人達は何でルシアン様を助けようとしないの?
疑問は直ぐに解けた。パパが教えてくれた。
「貴族と言うのは表面上は友好そうに見えても、内実そうではない事の方が殆どだからなぁ。他家に弱みを見せてはならないし、他家を出し抜こうとするものだ。だから、利の無い相手を助けようとはしないもんだ」
ルシアン様のお家は名門。それだけ敵も多いのだわ。
だから、他の家は宰相家の弱体化を望んでいて、ルシアン様があの貧乏伯爵令嬢に脅されていても、助けないんだ。
このままじゃ、ルシアン様が不幸になっちゃう!そんなの、駄目!
貴族は当てにならないわ。そうよ、その点私は平民だもの。問題ないわ。
助け出したら、ルシアン様は堂々と私に愛を囁けるようになるんだわ。
あの女がルシアン様に渡した香水は、他の生徒達に大好評だった。これまで嗅いだ事のない香りだった。
前にも増してルシアン様はあの女に傾倒していく。貴族の振る舞いは勉強した。だから分かる。あんな風にベタベタするのはおかしい。
ルシアン様は絶対正気を失ってる。誰にも取らせまいとして、あの女が媚薬を使ってるんだわ…!
最低…!最低だわ!許せない!!
ルシアン様の弱みを握って婚約をしただけでは飽き足らず、媚薬まで使って…!
このままいけば、ルシアン様は媚薬の所為であの女と一線を超えてしまうかも……そっか!それを狙ってるんだわ!
既成事実が出来たら、婚約を覆す事は出来なくなるもの…!
信じられない!極悪非道だわ!!
どうすれば良いの?どうすれば、ルシアン様を助けられるの?!
その紳士は優しげな微笑みを浮かべた。
「キャロル、ご挨拶なさい。レクンハイマー様、すみません、まだねんねなもので」
レクンハイマーと呼ばれたその紳士は首を横に振り、にっこり微笑むと、その場に跪いた。
「お初にお目にかかります、キャロル様」
「レクンハイマー様?!」
パパが慌ててレクンハイマー様に駆け寄る。
「商会長、貴方のご息女は聖女。我等ウィルニア教団が探し求めていた聖女なのです」
私が、聖女--?
レクンハイマー様は、ウィルニア教団の教皇の補佐をしている人で、ずっと聖女を探していたんだって。
ハウミーニアにいると思って探していたんだけど、見つからなくって、カーライルに探しに来たんだって。
カーライルの土地勘がないから、商会をやってるパパに助けてもらえればと思って来たら、聖女の私がいた。これもきっと神のお導きに違いありません、と笑顔でレクンハイマー様は言った。
聖女--。
私は聖女なんだって。なんで聖女なのに平民なの、とレクンハイマー様に尋ねたら、民の近くにあって、民を救う為ですよ。貴族は直ぐに囲って秘密にしてしまうから、と言われた。
貴族の秘密主義は私も知ってるから、納得した。
私は聖女。
唯一無二の、特別な存在なのです、とレクンハイマー様は言った。
その言葉は、ストンと私の中に落ちて来た。
うん。
うん、そうだよ。
私は特別なんだよ。
「レクンハイマー様、私にはどんな力があるんですか?」
「キャロル様のお力ですか?」
頷く。
「魔を祓う力をお持ちですよ」
魔を、祓う--?
「そんな力、あるんですか?」
「ありますよ」
そう言ってレクンハイマー様は私の手にある物をのせた。
「これは、キャロル様のお力を高める香です。毎日、身を清め、香を焚き、祈りを捧げてからお休み下さい。
それから、私の事は、どうぞレクンハイマーとお呼び下さい。私は貴女の忠実な下僕なのですから」
香は良い香りがした。使い始めの頃はよく寝れていたんだけど、使っていく内に、あんまり眠気を感じなくなってきた。
それから、気力が満ちてくるのが分かった。その反面、身体は怠かった。睡眠時間が減ったから、その所為かも。
でも、内側から溢れる力が、私を満たしていたから、気にならなかった。
学園での生活は、良くなっていない。
ルシアン様は相変わらずあの女に夢中だ。まだ、一線を超えていないみたいだけど。でも、それだっていつまで持つか分からない。
それに、他の生徒達もおかしくなってる気がする。あの女の媚薬を欲しがる人が増えたのだ。
媚薬なだけあって、高いからか、手に入らないと嘆いていた。良かった。ルシアン様以外にも広まったら大変な事だもの。
帰宅すると、ハウミーニアから届いた商品を、商会の人達が倉庫に運び込んでいる最中だった。
身体が怠かったので、棚に仕舞われていく商品をぼんやりと眺めていた。
その中に、キレイな瓶がいくつかあった。
「ねぇ、パパ」
「何だい?」
「あのキレイな瓶はなぁに?」
パパは瓶を私の前に置いた。銀色の、意匠の凝った瓶。とてもキレイだった。
短剣みたいに、きらりと光る。
「これは聖水だよ」
「聖水?」
「ウィルニア教団の聖水だ」
聖水。
「…どんな、効果なの?」
「魔に取り憑かれた人間に振りかけると、魔が祓われるらしい。後は、呪われた物にかけると、呪いが解けるとかなんとか」
その後もパパが、何か言っていたけど、私の耳には入って来なかった。
私の頭の中は、聖水の効果でいっぱいだった。
これを、媚薬にやられているルシアン様にかければ、ルシアン様は助かるんじゃ?
助けたら、ルシアン様は、私をちゃんと見てくれるに違いない。私の存在にも気付いてくれる筈。
皆も、私を見直すに違いないわ。
でも、聖水は二瓶しかない。ルシアン様にかけても、あの女が媚薬を使い続けたら意味ない。
「パパ、この聖水は追加で入って来ないの?」
「貴重だから数がないと言われたよ」
この二瓶だけ。
じゃあ、これをルシアン様に使っても駄目じゃない?
あの女にかければ、魔を祓える?
媚薬なんか使って、ルシアン様を誑かすなんて、物語に出てくる魔女みたいだわ。
皆もおかしくなってるし、媚薬だけじゃない、怪しげな術を使っているんだ、きっと…!
「……キャロル……?おまえ、最近おかしいぞ?」
パパが何か言ってるけど、どうでも良いの。
待っていて、ルシアン様。
貴女のキャロルが、きっと救い出してみせるわ。
絶対に、上手くいくわ。