知恵熱に年齢は関係ない?
皇国でも当然ラグビーチームは作られるんですよ。愛し子だからどこかのチームのファンになっちゃいけないというしばりはないと思うけど、公平性の観点から望ましくはなさそう。推しチーム持ちたかったなー。心の中だけなら許されるよね?
……推し選手は決めませんよ。その人の寿命を縮めるわけにはいかぬ……。
娯楽、とりあえずラグビーとカフェから始めてみたけど、多いとは言えないよね。本屋は既にある。音楽系もあるにはあるけど、まだまだだなーとは思うものの、各地の貴族を巻き込んでミュージカルも始まるし……。
一度に始めると各地の文官達に呪詛されそうだから、ほどほどにしようかな、うん。私もまだ命が惜しい。孫の顔を見たい。子供まだ小さい私が言うのもおかしな話だけれども。
それに、私の知らないところで頭の良い人とか腹黒い人とかが動いてるんだろうしなぁ……(遠い目) 腹黒いとはいえ、自分達の私服を肥やす為だけに動いてるわけじゃないんだから、白寄りの腹黒というのか。
「ラグビー楽しみですねー」
休憩時間にこっちにやってきて、楽しそうに話すダヴィド。
「ダヴィドはラグビーが楽しみなのね」
「はい。いいじゃないですか、力と力のぶつかり合い!」
格闘技も好きとみた。格闘技か。それもいつか娯楽に加えたほうがいいのだろうか……。さっきからクーデンホーフ公が頭にチラチラ浮かぶけど、気にしてはならぬのです。
「力でねじ伏せるもよし、頭脳戦にするもよし」
楽しみでたまらないのだろう。浮かれた表情のダヴィドを見ていると、こちらも楽しみが増す気がする。
「ミチル様は楽しみではないんです?」
「馬鹿ね、ミチルちゃんが好き嫌いを口にしたら危険な人が動くでしょ」
「あ、そうでした。結局カフェでも大変なことになりましたよね」
そうね、主にユーの所為でね!
それにしてもうちの夫、危険人物扱いです。何一つ間違ってない。女神公認ですし。どこに出しても恥ずかしくないヤンデレです。
「民が楽しんでくれればいいと思ってはいるわ」
こっそり応援はしますけれどもね。ただ試合ってテレビ放送もないから観れない……喪中で外出禁止だし。せっかく新しいものが始まるのに寂しすぎる。観たいけど観れない人は私以外にもいるだろうけどさ……そうだ!
「選手の情報を公開したらどうかしら」
「選手の情報?」
「この選手はこういったプレイが得意です、といった情報が書かれたものを公表するの。観客も遠目ではどの選手かわからないでしょうから、チームごとに揃いの服を着て、背中に番号を縫い付けておいたらどうかしら」
あっちではそうだったなーと思いながら口にする。そうそう、なんだったらスポーツ新聞も作る……のはまだ早いか。
「盛り上がりそうですね、いいと思います!」
俄然やる気のダヴィド君に押し付けたいと思います、えぇ。
「最終的には、選手がラグビーを生業にして生きていけるようになってほしいの」
本業が忙しくてエースが参加できないとか、観客も泣くじゃないですか?
「生業かー、なかなかに難易度高いですが、面白いですね」
「職業の幅が広がるのはいいと思うわぁ」
むかーしむかしには剣闘士なんてものもいたぐらいなんだし、いてもいいと思うんですよ、ラグビー選手。女皇が褒め称えるとなれば、馬鹿にする人も減るだろうし。天皇杯ならぬ女皇杯。
「賞金もらえるんでしたっけ?」
「もらえないのではないかしら」
賭け事にはするらしい。
それってどうなんだと思ってたけど、放置するより管理下に置いたほうが酷いことにならないと言われてしまった。
「トーナメントで優勝したらもらえるようにすれば選手も頑張るわよね」
「選手の移動費用やユニフォーム、靴などはギルドが持つの。怪我に対する費用もね」
だから報酬は出ない。ここはちょっと悩ましいところ。本業がこなせなくなってしまうわけだから治療費は必ず支払うけれども、悪用する人がでないとも限らない。あ、そうだ、審判も必要ですね!
趣味の範囲を出ていないラグビーを、育てていこうという状況だから。
個人的に趣味でやってる人は服や靴なんかは自前だし、怪我をしたらその費用も自腹だ。そう考えれば手厚い。
定着していったらまた変えていこう、うん。
「以前ミチル様は芸術関連も支援したいと仰せでしたが、ラグビー繋がりでやれるかもしれません。今のところ思い付くのは絵だけですけど」
何かを思いついたのか、ダヴィド君が興味深いことを言う。セラとアウローラの視線もダヴィドに向いている。
「先程の選手の情報ですが、識字率が低いので絵のほうが受け入れられやすいかと」
「確かに、絵のほうが分かりやすいわねぇ。それにその絵の隣に文字を書いたほうが識字率も上がるかもしれないわ」
「興味のあることならば覚えも早いと思うし、良い案だと思います」
ダヴィドってば、やりおりますね!
分かりやすいだけじゃないし、一石三鳥ぐらいあるんじゃないの?
「奨励されるのが絵だけではつまらないわねぇ。楽器の演奏だって芸術よ?」
「チームの応援に曲の演奏をするというのもいいかもしれないわね」
「いいですね。プレイの邪魔にならないルールは必要ですが、選手も観客も盛り上がりそうです」
楽しくなってきたけど、ほどほどにしないと関係者から呪詛されそうだから、このへんは小出しで進めたいところですな。
前世って、本当になんでもあったなぁ。あれだけ便利だったのに、ギスギスしてて、不満を抱えてる人が多くて、犯罪も多岐に渡ってて。
「どうしたの?」
ぼんやりしていたらセラに声をかけられた。
「あちらの世界のことを思い出していたの。豊かさは必ずしも幸福には結びつかなかった。犯罪は多岐に渡っていたし、多くの者が不安を抱えていたわ」
「人の欲に際限はないと言いますからねぇ」
そう言って苦笑いを浮かべるダヴィドに、賛同する。
「幸福は容易く崩れ去るものよ」
栄枯盛衰なんて言葉もあるしさ。人の心がなければ育たないものは多くあって、でもその人の心によって壊れていくものも多くある。
分かってはいるけど、なかなか頭の痛いことだよねぇ。
「やはり、民に知識は必要だと思うわ」
「その結論に至る理由は、知識不足による支配層への不満、ですか?」
おぉ、ダヴィド君。君もすっかりエスパーに……。
「えぇ、その通りよ」
「それは王侯貴族の反発を生みそうですねぇ。とはいえ、ゼナオリアやアル・ショテルからもたらされる情報を考えれば、そんなことも言ってられませんね。マグダレナの存亡うんぬんの話に繋がりますからね」
そうだよねー。鎖国は終了してしまったんですよ。
ト国と燕国も変化を余儀なくされそうだけど。ライ帝国とギウスもそれは同じかー。
「ただ、マグダレナの王侯貴族に関して言えば、この大陸を覆う魔素というものがあるから、平民が知識を持ち得ただけでは駄目なのよ」
「でもマグダレナの民の血さえ入っていれば、混血であっても、女神を信仰することによって魔力の器を持ち得ますよ」
優位性でもあるけど、絶対ではないもんね。
平等な世になったって、結局富裕層と貧困層に分かれるだけだしなー。それなら支配層がいて、生きるのに困らない世界のほうが優しいのかな。いや、でもそれも嫌だと思う人もいるだろうし。かといって人口がどこかにだけ片寄るのも……。
「ミチルちゃん、顔が赤いわよ。知恵熱じゃないの?」
失礼な! いい大人を捕まえて!
本当に熱が出ていて、知恵熱は肉体年齢ではなく精神年齢によるのかもしれないと思ったミチル、春。