神の裁き
ルシアン視点です
アッシュブロンドの髪を結んでいたリボンに手を伸ばし、解く。手入れの行き届いた髪は艶があり、手触りも良い。髪を一房手に取り、口付ける。
疲れがたまっていたのだろう。オレを待っている間にカウチでうたた寝してしまったようだ。起こさぬように抱き上げ、寝室の寝台に寝かせると、寝室の扉を閉め、執務室に戻った。
「おや、若様」
片付けをしていたのか、レシャンテが執務室に残っていた。
「ミチル様を置いて、どうなされました?」
「カウチで横になっていたから、寝室に移動させた」
「さようにございましたか。なにか、お持ちいたしますか?」
「いや……そうだな、話し相手になってくれ」
「このおいぼれでよろしければ」
そう答えて柔らかく微笑む。
「毒は人によっては有害にも無害にもなり得る。ともすれば薬となることすらある」
「さようです」
レシャンテはルフト家の前当主。薬草にも毒にも長けている。
「大陸を覆う魔素は我らマグダレナの民にとっては薬となる。体内の魔力の器によって毒素を排除し、有益なものとなるように変換する、それが魔力の器の正体だ。純血のマグダレナの民は生まれた時から持ち合わせており、マグダレナの民と他の民の混血の場合はそうではない。母体となる母親がどれだけ女神を信仰していたかに依存する」
魔力の器が体内にあるからといって、それで終わりではない。
「器を持ち得ていても、生成と変成は可能だとしても、錬成はできない。純血であっても出来ない者のほうが圧倒的に多い。現在それを可能とするのは、皇家、公家、雷帝国皇帝とその弟のみ。魔導値は誰もが同じようなものだ。それにも関わらず、錬成出来ない」
独り言のように、レシャンテに話しかける。
「ラルナダルトの血族のみ、それも当主に認められた者だけが歌による錬成が可能と、伺っております」
「……そうだ。その時に気付くべきだった」
錬成は、女神が選んだ一族のみに許される──いや、オットー家の、ヤツフサの名を継いだ者のみがその力を与えることが出来る。
「女皇を断罪する力を与えられた者──それがヤツフサの名を持つ者。ヤツフサは今の皇家を滅ぼすことができる。それならば、フセという名の持つ力はなんなのか。公家にそれぞれ受け継がれていながら、長きに渡って封じられていた名を今更になって父が復活させたのには意味があるんじゃないか、そう思えてならない」
父はどこまで知っているのか。
当代のヤツフサを継ぐのはゼファス様だ。あの方はミチルを守る側であり、敵対はしない。だがオットー家がその役割を持つとするならば、皇家は絶対ではない。それにその力を持ちながら、何故これまでのオットー家は皇家を止めようとしなかったのか?
「名をお与えになられたのは、八代目女皇 イルレアナ、ミチル様と同じ転生者にございましたな」
「そうだ」
そう、愛し子であり女皇であったイルレアナは、ミチルが言うには、前世が同じ世界だったろうと。そう思ったのは、公家が継いだ名だと言っていた。
先日兄にお守りだとして贈った布の袋に縫われた紋様に似たものを、皇宮図書館で見たことがある。何が書いてあるか分からないものだった。もしかしたらあの文字を、ミチルも読めるのではないか。
そこに、オットー家が継いだものが書かれているのではないか。
「皇城を訪問する約束を」
「かしこまりました」
「……あぁ、いや、いい。今更だろう」
「よろしいので?」
「ゼファス様が気付かないはずがない」
八代目女皇イルレアナが残したものは一体なんなのか、その後三つに分かれた皇家の血脈が、それぞれ守り続けたものはなんなのか。
……エザスナ・レミ・オットー。オットー家の長男であり、ゼファス様の腹違いの兄。エザスナ様のアンクを父は持っていた。それは何を意味するか。
アンクを持つ者が錬成を行える? そもそも何故アンクを与える役割をオットー家が担っていたのか。シミオン様はレミを名乗られていたはずだ。だが、ゼファス様はフラウを名乗っている。オットー家の名だ。意味があるはず。
「……フラウ」
「ロストア語では、ライ、ですな」
レシャンテに言われるまで何故気が付かなかったのか。そうだ。フラウはディンブーラ語。意味は神の裁き。ロストア語では神の裁きをライという。
八代目女皇イルレアナの生家はラルナダルト。ラルナダルトはディンブーラ語で神の慈悲だ。
「……オットー家は、女神の愛し子の家系だ」