くれてやる
ケツァルコアトル視点です
重ねられた書類に目を通す。何度読んでも内容は変わらない。そんなことは分かっている。けれど何処かに光明を見出せないか、そう思って読み直してしまう。そして、読むたびに期待がこぼれ落ちていく。
ショロトルは何でも持っていた。けれどそれはアイツの欲しいものじゃなかった。喉から手が出るほど欲しがったものは、多くの犠牲を払って今、オレの手の中にある。失いたくない。やっと手に入れた幸福。
それなのに──。
「アニー、オレは決めた」
「決めた? なにを?」
「歌う姫に、会う」
オレの持てる全てを女神マグダレナに捧げる。なんでもする。なんだってやる。アニーと、ヨナタンを守るためなら。
「待ってちょうだい、歌う姫に会うって、どういうこと?」
「ディンブーラ側が魔石の値段を釣り上げてるのには理由があるはずだ。ただ儲けるためだけに値段を上げるにはあまりにも上げすぎだ」
魔石は今のアル・ショテルの民にとって欠かせないものになっているが、単純に金だけを欲しがっても意味がない。オーリー──ゼナオリアにも魔素は充満しているんだろう。だからディンブーラから相手を連れてきて婚姻を結んだ。
アイツらが欲しいのは技術。三つの大陸でもっとも進んだ技術を持つオレたちアル・ショテルのそれを欲しがってる。だからこそあんなにも値段を釣り上げる。オレたちと交渉するために。
そう考えると色々と辻褄が合ってくる。
技術者を百人ほど送り込めばいい。技術だって、この国が、アル・ショテルがあればこそだ。助けてくれやしない創造神に義理だてする必要なんてない。ゼナオリアだってそうだ。見限ったんだろう、オーリー神を。
「交渉しよう、ディンブーラからくる新しい監視者に」
神なんてクソ喰らえだ。
オレが命よりも大切なのは神じゃない。ショロトルの祈りは通じなかった。王族の中でも最も高貴で神に近いとされていたのに。所詮その程度の存在としか思われていないのなら、オレたち人間だって考える。
アニーとヨナタン。この二人を助けられるなら、守れるのなら、なんだってくれてやる。