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ムーブメントを起こせるか?!

 アルトの開発部隊の万能さにはいつも驚かされております。

 私の目の前で足踏みミシンをカタカタと鳴らしながら布を縫う開発者に、そろそろ平伏したほうがいい気がしてきた。


「縫い目も安定しておりますし、折り返して縫う必要がなくなりますので、時間が大幅に短縮されます」


 おおー! すばらしー!


「まずはラルナダルト領内で職を求めている者達を集め、作成させる予定です」


 「いいわね」とセラが頷く。私も頷く。


「これまで縫い仕事を専門にやっていた者達には、装飾や刺繍などのほうに回ってもらおうと思います。ミシンを使用する者より賃金を上にすることを考えております」


 ミシンが単純作業という話ではなくて、刺繍のほうが個人の能力というか、スキルと申しますか、そういうものが必要かなとか、肩こり凄そうだと思うので、賃金を上にしたほうがいいんじゃないかな。それだけの理由なのがなんとも私らしい。無論、ミシン職人となっても今までのお給料よりは上げるんですけれども。新しいことを覚えてもらうわけだから。


 コンフェクションではあるけど、簡単な刺繍なんかも入れるつもりでいる。質の良い既製品を平民達にも着てほしい。手入れがしやすくてそれなりに丈夫な服。

 安定して作れるようになったら、下級貴族向けのセミオーダーメイド、つまりプレタポルテを手掛けたい。デザインを何十パターンも用意して、そこからサイズ感やらなんやらを合わせていったり、刺繍なんかを入れていく。勿論生地はコンフェクションのとは違う。同じ綿でもこだわると肌触りがまったく違うものになるんだよね。

 オートクチュールはやる気ナシ。それは既存の職人さん達の領分だから。私がやりたいのは、平民や下級貴族達の衣服の質の向上とか、平民の生活の安定とか、そっちを目指したい。


 娯楽に関しては先導を切るけど、他の国でもやってもらいたいんだよね。ディンブーラ皇国圏内だけでなく、雷帝国やギウス国にも広まってほしい。

 楽しいことは沢山あったほうがいいと思うわけですよ。カジノとかあの手の賭博は勝手に出来ていくんだろうな。どこまでを合法とするか、さじ加減とか難しそうだけど。国営にしたってどうせ違法なのは生まれるもんです。

 そういえばカーライル王国では、お金を貸す時の金利に上限がもうけられていたけど、ディンブーラではどうなんだろう? 悪徳業者とか、駄目絶対。

 ラルナダルト領はアルト家が治めてるから大丈夫そうだけど。でもゼファス様が皇太子になってから皇国内も色々改革したって聞いてるし、そのへんも改善されてると思う。


「月払い?」

「そう、日払いではなくて月払い。月給ね」


 出来高制ではなく、月給。つまり給与ってことですな。最低限のノルマは決めるとして、安定した給与がもらえるというのは安心して働けるのでいいと思うんだよね。その上で、良いものを作れたら賞与ボーナスが出る。おサボりは許しませんぞ。

 

「それだと高い技術を持つ者は出て行ってしまうのでは?」


 ダヴィドの心配はもっともなんだけど。


「それでいいの。そういう者達はより上を目指していけばいいのだから」


 私が目指したいのは、底上げ。安心して生きていける社会っていうか。誰もが能力に溢れてるわけじゃない。働くことにやり甲斐を見出せる人もいるし、働くことは生きるのに必要だけど、家族との時間のほうが大事だとか、別に優先したいものがある人だっているはず。

 皆が皆馬車馬になったら、経済は豊かになるかもしれないけど、不満はたまる気がする。競争社会はきついものです。前世を思い出しちゃう……。

 お金があっても……な人もいるけど、貧すれば鈍する、なんて言葉があるし、衣食足りて礼節を知る、という言葉もあるわけです。

 あまりに拙速に経済ばかりが発展した結果、失ったものが大きかったんじゃないかなー、と前世の母国を思い出してみたり。


「私は弱き者も生きていけるようにしたいだけなの」


 前世の私のような、普通の人間でも生きていけるように。ものすごい贅沢はできなくても、生きていけるように。


「女神の愛し子の慈悲深さが遍く広まりそうですね!」

「そういったものは本心では不要なのだけれど……」


 恥ずかしいだとか、そういうことを言ってる場合ではないところにきている、と思う。祖母やゼファス様、ルシアン、ラトリア様、ロシュフォールにリュリューシュ。私には他にもたくさんの大切な人達がいる。次々と浮かんでくる皆の顔。


「その名は必要な時に使ってくれればいいわ」


 私自身はそれを使ってとか、女神の愛し子に相応しいことを! とか、そういうのを意識し続けるのは無理だから。私がやってみたいと思うことを皆に相談しながら進めていきたい。私にはないんです、指導力なんてものは。そんなもの皆無。でも、ありがたいことに助けてくれる人達がいる。それがとても幸運なのだということも分かっております。


 経済は無限に広がり続けられるものではない。ある分野が特化して経済を牽引したとしても、半永久的に経済を支えるのは無理だ。上向きではなくなると何処に矛先が向かうかといえば、働いている者達。上に立つ者達は、国であれば税を上げたり、組織であれば報酬を下げようとしてくる。もしくはより高い目標を押し付ける。

 成長した木もいずれ実をつけなくなる。ようやくなった実が腐っている場合もある。

 いずれ訪れるものだとしても、それを恐れて何もしないのもまた違う。私達にできるのは、結局前に進むことだけなんだろうと思う。悲しいかな、絶対的な安定なんてものは存在しないらしい。


「地上に楽園などというものはないし、作れはしないの。人は己の足で立ち、歩むしかない。前に向かって歩めるように、その時正しいと思えることを私達はするしかないのだと思うわ」


 どんなに良い方法でも民がついてこない、なんてのもよくあること。生きていくのに精一杯の者達に、これを食べずに我慢すれば十年後には百倍だよ! なんて言ったって上手くいくわけがない。

 時間がかかっても正しく知識や技術を身につけさせたい。そうしたとしても豊かになった国しか知らない者達は簡単に手に入るものを欲しがったりする。


「ミチルちゃんが……」

「やる気に満ちてる……!」


 熱があるんじゃ、みたいな目で見るのやめてくれるかな、キミ達。アウローラまでそんな酷い!

 理想論だけなら私だってちょっとは言えるんですよ。それを実行に移す力とか手法とか知らんけど。言うだけならね!


 閉塞した世界の向く先。

 どれだけ努力してもいずれやってきてしまう。それでも、その時に皆がまた立ち上がれる力のある国にしたいって思ってしまう。

 知識や技術は、なんだかんだいってやっぱり、人を救うんです。だから目指すよコンフェクションの向上を、プレタポルテの作成を。

 ないのなら、起こしてみせようムーブメント! ……のキモチ。


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