イケメンカフェといったら、イケメンカフェなんですよ。
これにてイケメンカフェ編は終わりです。
異論は…ぐっと飲み込んでいただけると…。
喪中ではあるけれども、お見送りは慶事でもないからと許された。
やたら厳重な警備を敷いてもらった上での、ラトリア様のお見送り。
「大物になった気持ちだよ」
そう言って笑うラトリア様の表情は明るい。
大物扱いされてもいいとは思うけどな。
船には最後の積荷が運びこまれていく。
あれがすべて運び込まれたなら、ラトリア様は旅立つ。
泣きそうになっている私の頭をラトリア様が撫でて、その手をそっとルシアンがどける。
いつものやりとりすぎて笑う。
「やっと笑ったね」
私よりも不安を感じているはずのラトリア様が笑顔で。なにがあるか分からないのに。沢山のものを抱えて、アル・ショテルとゼナオリアに行く。
私はメソメソしてばかりで、本当に成長しない。
頑張るぞ、やるんだぞと何度も心の中で思うのに。へたれすぎる。
へたれだけど、頑張ったあとは疲れ切ってぐだぐだしちゃうんですけど、今、頑張らないでいつ頑張るのだという気持ちが自分の中にわいてきている。
「旅立つ方へ送る歌があるのです」
「おや、そんなふうに言うということは、もしかして聴かせてくれるのかな?」
「はい」
私が頷くと、ラトリア様は少し驚いた顔をする。
「ミチルは人前で歌うのが苦手だったろう? 無理しないでいいんだよ?」
こそっと小声で言う。
実の兄よりも優しくしてくれた義兄に、あれだけよくしてもらっておきながら、私はなにも返せていない。私が歌ったところでなんなんだ、って話なんですけどね。でも、旅立つ人への歌ってことはさ、なにかしらの祈りが含まれてるんじゃないかって思うんですよ。
目を閉じて、胸に手を当て、深呼吸をする。
三度深呼吸をして、目を開けると、困ったような顔をしたラトリア様がいた。私のことを心配してこんな顔になってるんだろう。
「"光あれかし あなたの行く道に"」
少しずつ色んなことが分かってきて、不安な気持ちばかりが募るけど。
「"私は力なく 祈る事しか出来ぬ 弱き身なれど"」
周囲の魔素がゆっくりと私の中に入ってくる。そしてそれは身体の中で膨らんでいく。
もっともっと膨らんで欲しい。この光がラトリア様を包んで守ってくれるように。
「"あなたを思う気持ちだけは 誰にも負けはせぬ
光あれ 光あれかし あなたを守る力となれかし"」
私の中でこれでもかと膨らんだ魔力が、差し出した手から溢れ、ラトリア様を包む。
ラトリア様の周りに集まった光はぐるぐると渦を巻いて、空に向かって伸びていった。名残惜しそうに光の飛んでいったほうをラトリア様は見つめる。
それから私を見て笑顔になる。
「聖下からお守りもいただいて、こうして祈りの歌まで歌ってもらって、私は本当に果報者だ」
姿勢を正すと、ラトリア様は私にボウアンドスクレープをした。
「殿下。この身に余る程の慈悲を賜りましたこと、ラトリア・アルト、生涯忘れません。必ずや彼の地にて成果を上げてご覧に見せます」
「……頼みますね」
にっこり微笑むと、ルシアンを見てラトリア様は頷いた。ルシアンはなにも言わずに頷いた。
「ではね、愛する弟と妹よ」
「いってらっしゃいませ、お義兄様」
「朗報を期待しております」
二度頷き、ラトリア様は船に向かって歩き出した。
タラップの真ん中で、ラトリア様は振り向いて手を振った。我慢できなくて手を振りかえす。
「振りすぎ」
いつの間に来たんだ、天邪鬼聖下?!
「顔に出すぎだから」
はっとして表情筋を引き締める。
そうでした、ここお外。遠巻きとはいえ、人いっぱいだった。
「先程の歌は初めて聴いた」
……一体いつからいたの……。
「旅立つ方に歌うものですから、ゼファス様はこれからも耳になさることはないかと」
無言で私を見るゼファス様。
なんか変なこと言った? だってユー、重要人物なんだから皇都から出ないでしょ? 教皇だった時は雷帝国に行ってたけど、もう許されないでしょー。
……あ、お守りと同じで歌わないと拗ねる? 拗ねちゃう感じですか?
「……そうだね」
え。今の間、なんですか。
セラを見ると苦笑いを浮かべてる。
えぇ? ちょっとあとで正解教えてください……(汗)
「見送ったらカフェに行くよ」
あれ? 開店準備中じゃなかったっけかな?
ゼファス様がちらとルシアンを見る。
「発案者なんだから、一度はきちんと確認したら?」
「はい。それは、勿論?」
ルシアンを見たら微笑まれた。
……ひぇっ!
船上からラトリア様は手を振ってくれて、それにはそっと手を振りかえして。
出航した船を見つめていたら、ゼファス様に「行くよ」と言われた。
もうちょっと情緒っていうか、余韻っていうか。感傷っていうか!
馬車に乗り込む。
ゼファス様専用馬車に初めて乗り込んだんだけど、すっごいキラキラしい。金糸で装飾が施された純白の内装。その内装に負けてないってこの人、本当どうなってんのかな。
ちなみに私の馬車は青多めです。癒しの空間ですわ。
ルシアン? ルシアンのはね、なんか全体的に暗いっていうか黒くて、闇夜にも紛れそうなアサシン仕様ですね、えぇ。期待を裏切らないです(褒めてない)。
「今度図書館を改装するから、読みたい本があるなら借りておくか、早めに読んでおいて」
「そうなのですね?」
なんだろ。
前に行った時は魔力の器に特化したものばかり読んだから、他のはあんまり読んでないんだよね。
「……それならば、本のみ皇城に移動させてはいかがですか? 出入りは皇族のみとすれば問題ないかと」
「そうだね。あの図書館は八代目女皇イルレアナの統治時代に建造されたものだから、改装にどれほど時間がかかるのかも不明だし」
年代ものの建造物って、改修しようとしたら実はー、っていうの結構あるっていうもんねー。
数年がかり、下手したら十年とかかかりそう。
「皇城で読めるのでしたら、ゼファス様やお祖母様のご機嫌伺いのついでに足を運べそうですね」
モニカからの恋愛小説攻撃をかわすためにも、皇宮図書館の本を借りるの、良いかも知れぬ!
カフェに到着して、ルシアンにエスコートしてもらい、店内に入る。
「ようこそお越しくださいました」
ずらりと並んだ給仕係たちに出迎えられる。
いつの間にここまで特訓を……と思うほどの、キレイなお辞儀をされた。
ひぇ……実はダヴィドって完璧主義者なのかな。超絶スパルタとか。
一斉に姿勢を戻した給仕たちに、固まる。
「どうしたの? 喜びなよ」
ナニ言ッテンノ、ユー。
ずらりと並ぶ男性給仕たちが、イケメン揃いだったのだ。それはそれはイケメン。
「頑張りましたー。ミチル様のお眼鏡に適う者を集めてみました」
褒めてと言わんばかりのドヤ顔をするダヴィドを思わず睨んでしまったけど、私悪くない!
隣に立つルシアンを見ると、目を細めて微笑んでいて、私を真っ直ぐに見てる。
ご……誤解だ。誤解です……。
「る、ルシアン……」
「なぁに? ミチル」
ヒィッ。
ミチルの寿命は三年縮んだ。