不思議な存在
本日2つ目。
ゼファスの従者 ミルヒ視点です。
ゼファス様は目の前で笑顔を浮かべるアルト公を睨みつける。
「許すはずがないだろう」
冷静さは失っていないものの、苛立ちは抑えきれないようだ。
ミチル様のことに関してはゼファス様は許さないからなぁ。
「悪くない案だと思うけれどね」
「何故こちらに危険なものを持ち込む必要がある。納得させるだけの情報を出さずに飲めと言われて頷く愚か者はいない」
アルト公が合図をすると、後ろに立っていた執事がテーブルに本を置いた。
「……これは、イリダ神の聖書」
「ゼファスも神の力の源について考えたことがあるから、答えに辿り着いたのだろう?」
ゼファス様の動きが止まり、表情が消えた。
「我らが創造神 マグダレナの力の源は祈りだ。マグダレナの民の血を引く者の祈り。そこに魔力の器の有無は関係ない。あれはただの加護なんだからね。
ゼファス、君が皇国と帝国が交互に教皇を務めることで、力の均衡を取るのはマグダレナの民を増やし、女神への信仰心を集めるためだろう?」
「……そうだ。女神はミチルの祈りにより力を取り戻した。女神の滴はオットー家が管理するアンクなどとは桁違いの増幅力を持つ」
アルト公は頷く。
「さもありなん。あれは女神が自ら作ったものだ。己のためにね」
ラルナダルト家に降嫁した古ディンブーラ皇国最後の女皇 ペルビアナの妹姫であり、女神の愛し子だったアスペルラ姫。彼女の祈りの助けになるようにと女神から与えられた女神の滴。それは今、ラルナダルト家の当主となったミチル様の手元にある。
……ということを、ずっとゼファス様の側にいるので覚えた。
「女神の滴を持つミチルの祈りは、八代目女皇イルレアナを上回る」
「結構なことじゃないか。それぐらいの力があるからこそ、ミチルは我らの旗印になるのだからね。
今、どれだけ純粋に女神に祈れる存在がこの大陸にいる? ミチルが祈りを見せた数だけ女神を信じる民が増えるが、それはすぐには増えない。
魔素も限界があるだろう」
ゼファス様はイリダ神の聖書に視線を落とす。
「イリダ神は一度民を滅ぼした。新しく神の代理人となった王は神を敬いながらも滅ぼされることを恐れ、神と約束をする」
アルト公はおや、と言わんばかりに眉を上げて驚いた顔を作って見せる。
「さすがゼファス。博識だ」
ゼファス様がご存知だと分かっていて言うのだから、公の性格は本当に困ったものだ。この人とずっと付き合っていたからゼファス様は素直じゃなくなったっていうか、拗らせてしまったのではないだろうか。
「"王家の血を引く者がいる限り、私は民を滅ぼさないと約束しよう"」
アルト公の言葉に変な声が出そうになるのをぐっと我慢する。
「イリダ神は歯牙にも掛けなかった妹神の民に負けたことを許すまい。失敗作と判断された民はすべからく滅ぼし尽くし、新たに民を作り直すだろう。
今も王家の正しい血は残っているからね、見つけ出して殺すだろう」
背もたれに寄りかかり、胸の上で手を組んでアルト公は微笑む。
「この世界で最も安全な場所は何処だか知っているかい、ゼファス」
知らないのか、答える気がないのか、黙ってアルト公を睨むゼファス様を、公は笑顔で見つめる。
「皇宮図書館だよ。あの番人は女皇イルレアナが作ったとされているが、魂を吹き込んだのは女神だ。
あの場所にいれば誰も手を出せない。女神がその力を失っても効力が発揮されるように作られているんだよ。
片方の鍵はフセが持ち、もう片方の鍵はヤツフサ……ゼファス、君が持つ」
ゼファス様の眉間に皺が寄る。
「……よく、そこまで調べられたね」
「君のその隠し名を知ってから調べたよ。様々な手段を用いてね。そもそもずっと疑問だったんだよ。彼らは何者なのかとね」
ゼファス様が否定しないということは、これはただの答え合わせなんだろう。
自分の主人をベタ褒めするのもアレだけれど、ゼファス様はとても優秀だ。
アルト公の存在で霞んで見えるかも知れないが、非凡だと思う。いつも面倒くさそうにしながら、物事をきっちりと片付ける。
基本的に人を信用しないゼファス様だけれど、アルト公のことは信頼……はしてない。能力は信用しているように見える。
ゼファス様が信頼しているのはミチル様だけだ、きっと。なにをおいてもなにを捨てても、ミチル様のことだけは守るのだろう。
ミチル様のなにがそこまでと思わないこともないけれど、なんとなく分かるところもある。
「皇宮図書館にあるのは確かにペルビアナが残した書物が中心だ。アスペルラ姫の持つ知識は陛下とレーゲンハイム翁が持つ」
何かに気づいたのか、ゼファス様がはっとした顔をする。それを見てアルト公は頷く。
「シラン・リヴァノフ・ライ。彼もまた記録を残してくれていたんだよ、ゼファス。
彼は諦めていなかったんだ、アスペルラ姫が女皇になることをね」
死んだのちもね? と言ってアルト公が微笑んだ。