利己主義な願い
ケツァ視点です。
短いのでもう一つアップします。
ディンブーラ皇国との交易で最重要とされる魔石。
動力源として取引されたはずのそれは、今では魔素に蝕まれつつある身体を癒すために使われることが増えた。
このままでは魔石の絶対量が足りなくなる。
アル・ショテルはゼナオリアやディンブーラ皇国よりも技術が進んでいるが、それは動力あってのもの。
なくなった場合に立ち行かなくなるものが多い。過去、動力の確保のために鉱物や木材などを利用していたが、それは限界がくる。
魔石はマグダレナの民が生み出せるものであり、彼らがいる限り作り続けることが可能な、ある意味無限の、価値の高いものだ。
皇国から魔石の取扱量の上限を増やすと知らせを受けた際には感謝した。が、魔石の販売価格は引き上げられることになった。
足元を見られている。
必要とされるものを少しでも高値で売るのは間違っていない。
選択の余地があるなら、そう素直に受け止めることが出来る。でも今はオレたちに選択権はない。
微熱の所為で赤い顔をして、アニーの腕の中で目を閉じるヨナタン。
毎日砕いた魔石を口にさせているものの、それでは解決しない。日々魔素に蝕まれる幼い息子。オレとて影響がないわけではない。アニーもそうだ。体力があるからなんとかなっているだけ。
「次に価格を引き上げられたら、回らなくなる」
これまでアル・ショテルは、魔石は取引したがそれ以外の取引に対して乗り気ではなかった。全くしないわけではないが、なるべく絞り込んだ。
自分たちの技術を守るために不用意な流出を抑えたのだ。財源が確保され、国内がある程度安定したのち、少しずつ取引する品目を増やしていこう、そう取り決めていた。
オレたちイリダの民は確かに技術力がある。だが、追いつかれてしまったらそれまでだ。
価値は下げないようにする必要があった。
「背に腹はかえられない。取り扱う品目を増やそう」
異議はなかった。
財源が必要であり、命を失っては意味がない。
どうすればいい。
どうやったら女神は魔素を止めるのか。
いくらマグダレナの民をこの地に受け入れたとしても、全ての魔素を消し切るのは不可能だ。余計なことをして魔素の量が増えるようなことは避けたい。
「歌う姫にお願いできないのかしら」
アニーが呟く。
研究員でもあるアニーは、魔素の影響を知る一人だ。答えを探し続けているのに見つからず、オレとの間に生まれた息子は魔素の被害を受けている。
「姫が私たちイリダが滅びるのを望まなかったから、大陸にあった毒は消えたんでしょう? だったら、姫にもう一度お願いすれば」
アニーがそう思うのも無理もないことだ。
「……あの時は自分たちの大陸がイリダとオーリーの戦艦に襲撃されていた。戦艦を退けることを女神に願い、慈悲を受けたんであって、当たり前じゃない」
「わかってるわよ!」
アニーが大きな声を出すと、腕の中にいたヨナタンが泣き出した。アニーはヨナタンに謝りながら背中を撫でる。
ヨナタンが泣き止むと、アニーが俯きながら言った。
「じゃあ、どうすればいいの……ヨナタンにこのまま苦しみ続けろというの……」
あの時滅ぼされてもおかしくはなかった。そう思えば女神に感謝の気持ちがないわけじゃない。でも、新たな毒に蝕まれながら生きていかねばならないこの状況を受け入れることができない。
オレたちはまだしも、なんの罪もない子供にまで苦しみを与えていることに、誰にとも言えない怒りがわいてくる。
歌う姫は女神の愛し子。
愛し子に助けを乞うことができたなら──。