フライング カフェ
カフェが完成したYO!
このノリ久々ですわー。
憂鬱になることのほうが多かったからね!
「カーライルのカフェに行った時のことを思い出すよ」
「それはロシェル様と?」
「そうだよ」
春目前で、暖かな光が金色のラトリア様の髪を更に眩くする。
髪の色も瞳の色も違うし、顔立ちだってルシアンはお義父様似で、ラトリア様はお義母様似で、容姿は似通っていない。
でもこうして並んでいる後ろ姿を見ると、そっくりだと感じる。姿勢の良さだったり、歩き方が。
カフェが開店する前にラトリア様は旅立ってしまうから、ワガママを言って一日だけ営業してもらうことにした。私とルシアンとラトリア様だけの貸し切りです。
なお、忖度により給仕はロイエ、セラといった面々です……。
「カーライルの店舗とは趣きが違って、これもまた良いものだね」
そう言って店内を見回すラトリア様を、私は複雑な気持ちで見つめていた。
私の視線に気づいて、ラトリア様は困ったように微笑む。
「思えばいつもミチルには誤解されている気がするよ」
「誤解ですか?」
そうだよ、と答えて、案内された席に座る。
私とルシアンはその正面に並んで座った。
「本当なら私は三つの家の次期当主に認められていなければならなかった。けれど私の意気地の無さをフィオニアは見抜いていた。こんな男に仕えたくないと思われても当然だ。私だって覚悟のない人間になど仕えたくないからね」
ラトリア様は戯けるように肩を竦めた。
「ルシアンが転生者であるミチルと婚姻を結ぶために、アルト家の次期当主の座を求め、私は助かったと思った。私にはその重責は担えない──そう思った。それは今もだけれどね」
お茶とケーキが運ばれてきた。
私の前にはパパイヤのコンポートのタルト(誰だこれを選んだの!?)
ルシアンの前にはチーズタルト……。ラトリア様の前にはチョコレートのタルト。
作為を感じる……。
「ミチルが眠りに着いたことで、私は父に言われたんだよ。子をもうけることを許す、と」
後継者以外は子を持つことが許されない。そんな鉄の掟があるアルト家。
「私がいつ目覚めるか分かりませんでしたから」
それは仕方のないことだと思う。……ルシアンは私以外を妻に迎える気がなかったから。
「それは違うよ、ミチル」
違う? なにがだろうと思っている私に、ラトリア様は予想外のことを言った。
「父は、ミチルは目覚める。だからそなたは子を持つ必要があると言ったんだ」
チラ、とルシアンを見ると、目を細めていた。
「どこまであの人が考えているのかは正直に分からない。けれど父は信じていたんだ、ミチルが目覚めることを。私も信じたかったしね。
はじめはラルナダルトにアルト家が取り込まれてしまってもいいように、私の子をカーライルに残すためなのかと思っていた」
私もそう考えるだろうと思って頷くと、ラトリア様も微笑んで頷いた。
「あの人は常に可能性のあることに対して手を打っていくからね、私たちをカーライルに残すことを考えたろうし、それ以外にも使える場所があると思ったんだろう」
確かにお義父様なら考えそう。
魔王じゃなくても、血を尊ぶ貴族ならそう考える。
「父が呟いた言葉の意味が、最近になって分かったような気がするんだ」
魔王の呟き? 新手の呪いか?
「負けを知らぬ者が、何故負けを知らないのか」
ラトリア様を見る。
私には禅問答のように聞こえた内容も、ラトリア様には答えが出ているようだった。
ルシアンを見ると目を閉じている。
「答え合わせは、そう遠くないうちにすることになるだろうと思うよ」
え、ちょ。
ラトリア様もルシアンも分かってて、私だけ分からなくって、もやもやしそうじゃないですか、それ?
楽しそうに笑う義兄を軽く睨むと、楽しそうに笑う。
「ミチルのおかげで私は愛する妻との間に子を持てた。なんとしても守り切って見せるよ」
「お二人だけ分かっていらして、私は分からないままだなんて、酷い」
不服を申し立てるとラトリア様は笑った。
「私もルシアンも、多分そうだろうと思ってはいるけれど、断言できる要素が足りない。ただ、ミチルは何も知らないのが嫌なんだと聞いたからね、少しだけ伝えたんだよ」
ぬ! そうだけど! そうなんですけどね!
「私もルシアンも父からの課題は乗り越えた。課題はね」
抗議しても無駄だと分かったので、諦めてタルトを口にする。
「けれどこの立場になって分かる。課されたお題を解決することの易しさを。
一見何も見えない、穏やかな海面を見渡して、どこの水が濁っているのか、水中にどんな問題を抱えているのかを調べ、今後どういった波になるのかを予測し、対抗策を練る。たとえ失策しても挽回できるようにする……」
聞いてたら頭が痛くなってきた。
腹黒さんって生易しくないんだ(褒めてない)。
「息子であることの幸福を今更感じるよ」
ラトリア様はルシアンを見る。
「私よりも難しい、茨の道を弟は選んだ」
それから私を見る。
「分からないことは不安を誘うだろう。取り残されたような、疎外感を覚えることもあるだろう。ミチルは狙われることが多いから余計にね。
でも、ルシアンはミチルを絶対に裏切らないよ。ルシアンが裏切らないということは、アルトは絶対にミチルを守るってことだ」
ラトリア様のその言葉は私の心にずっしりと重くのしかかった。
知りたいと、不安になるから教えてくれと願うことは、時にワガママでしかない。
ルシアンは私との約束を違えないようにするだろう。でも状況は刻々と変化する。時と場合によっては約束を違えることも出てくる。その時に私との約束の所為でルシアンの行動を制限することになったら? 私のことを思って動いてくれているのに、その私がネックになってしまったら?
私はただ、知りたかっただけで、邪魔をする気なんて皆無でも。
私のためにアルト一門すべてが動く。その言葉の重みに今更気づく。
「兄上、今すぐ船に乗ってはいかがですか」
ルシアンの言葉にラトリア様は苦笑いを浮かべる。
「そなたは本当に、兄に対して遠慮がないね」
「気持ちはありがたく頂戴します。ですが妻の不安すら飲み込めないのでは、私は無能の烙印を押されます」
「あぁ……そうだね、怖い方は二人もいたね」
……皇城にいるヒトタチですよね、スミマセン。
遠い目になるラトリア様。ラトリア様は二人とあまり接点ないと思ってたんだけど、知らぬところであったのやも?
「愚兄の言葉など気にしないでいいですよ、ミチル」
優しく微笑むルシアンと、泣きそうな顔をするラトリア様。その様子にほっとする。
変わらない二人に安心してしまう。
変化が悪いとは思わない。けれど変わらないものがあることに心が休まる。変わることは必要なことだけど、刺激ばかりでは疲れる。
「もうちょっと兄上に優しくしてくれてもいいと思うよ、ルシアン」
「すぐつけ上がるでしょう」
いや言い方。
遠慮とかじゃなくて、対人の礼儀がゼロどころかマイナス。
酷いと言いながらタルトを食べて、美味しいね、と喜ぶ義兄に笑ってしまった。ノーダメージなのはやっぱり兄弟でこのやりとりに慣れているからだろうな。
「いつまでも兄だからと思っていると足を掬われます」
今の言葉はさすがに辛辣すぎると思ってハラハラしながら見ていると、ラトリア様がため息を吐く。
「容赦がないね」
それから困った顔で、「心しておくよ」と答えてまた笑顔でタルトを口にした。