神の代理人
亜族の治療法が解明されたことで、町や村を囲む壁は不要になった。かと言って壊すのもお金のかかることだから、そのままになっているのがほとんどらしい。あったほうが治安を維持しやすいとかあるだろうしね。
広がった土地を上手く管理しているトコロもあれば、あるがままに任せるテキトーなところもあるようで。
……今後格付けされちゃうんだけど、大丈夫なのかなー? とか思ったり。
私のぼんやりした提案はルシアンを通して公家、皇室に伝わって、実際に可能な形に練り直されて議会にかけられているとのこと。
意外なことに議会制度は継続してるんだよね。
貴族しか参加できてないけど。今度から各ギルドの長も出席するようになるとかなんとか?
民意を汲み取る気が皇室側にあるってことで、発表した時は結構平民たちの間で騒ぎになったらしい。
試合はとりあえずラグビーからみたい。
クーデンホーフ公がしきるらしい。武人って感じの人だから、ラグビーっていうより闘技場とかのほうが似合いそうだけどね……。コロシアム的な。
ラグビーが落ち着いたら他のスポーツも増やしていけたらいいよねー。
対亜族で人を配置していた冒険者ギルドは、今では対盗賊ぐらいしか仕事がなくなっていたので、この際手広く仕事の幅を広めるってことで、警備なんかもやるらしいよ。
警備もノウハウが必要だし、いざなにかあった時にも慣れた人のほうが心強いし、良い改革に見える。
カフェが完成したら見に行けるのかなー、出来たら行きたいなー。
春。カフェが出来るのは嬉しいけど、ラトリア様がいなくなっちゃう。良いことと悪いことが同時に来る感じで、複雑な気持ち。
色んなことが着実に進んでいってるのは分かる。
お義父様がカーライルの宰相を辞めてから、加速度的に様々な物事が動いていった。
アルト家はラルナダルトとくっついて、カーライルを出ることになったから、お義父様がカーライルを出ることにしたっていうのは、まぁやむなし。カーライル王家からしたら、ラトリア様がいると思ったのかもしれないけど、あのままカーライルにいるとなればラトリア様の子供は……。
その時のゴタゴタを利用して旧アドルガッサーの王家の傍流をラトリア様に潰させて、ついでにギルドを貴族から切り離した。
ラトリア様の血筋を残すために色々やったんだよね、つまり。
周囲を見渡し、セラとアウローラしかいないのを確認してから呟く。
「魔王様、人の子だったのね」
「そんなこと言って許されてるの、ミチルちゃんだけだからね?」
呆れ顔のセラに、うっすら苦笑いを浮かべるアウローラ。
それはね、自覚あります。
ただ、大抵はいつの間にか皆が集まってて、それに気づいてない私がうっかり本音漏らしてるって奴で、個人的には不可抗力っていうか。
「この大陸のことは、問題がありつつもそれなりに上手くいくのだろうと思っているけれど、あちらが心配なの。あのお義父様がラトリア様を派遣するだけで終わるのかしら?」
それにルシアンだって、ゼファス様だって、祖母だって、私には優しい顔を見せてくれてますけど、それだけじゃないって私だって分かってますしね……。
「そうね。ミチルちゃんが考えているように、何事もなく、ってことはないと思うわ」
まだ私に伝えられる状況にないとして、ルシアンたちが何もしてないはずもなく。
不確定な状態を話すのがルシアンは嫌なんだろうな、きっと。私を不安にさせたくないとか、諸々の事情で。
「ミチルちゃんは自分ができることをしてるんだからそれでいいと思うわよ? ミチルちゃんがいくら悪巧みしても可愛いもんでしょうし」
真の腹黒な人たちの前では私なんて小童、青二才ってことですよね。知ってますよ!
私もそこは無理だって分かってマス。私が不安なのは……。
「規模が大きくて不安になるの」
周辺にどうこうじゃないもんね。国家レベル。
「それはそうよ」
さらっと認めてるし。
前世の庶民感覚が抜け切らない私からすると、想像つかないんだよね、国家間の争いっていうのが。
いや、前回のは国家間の争いでしたけど、それよりも滅びの祈りのほうに意識がいってたから。
今度のはなんていうか、人対人、そういうのって泥沼化しそうで怖い。
神様が出てくると、なんていうか人からしたら、あぁー、チートきたわぁ、って感じで諦めるしかないと思うんだけど、相手が人だと諦めもつかなさそうっていうか。
神の代理人みたいな人が仲裁に入るのかな。
私がいなければ教皇のゼファス様がやるんだろうけど、残念ながら私がいるんですよねー。
……ん?
「私がマグダレナ様の愛し子であるように、オーリー神やイリダ神にも愛し子というのか、代理人と呼ばれる存在はいるのかしら?」
「いません。正しくは、今はその務めを果たしていない」
来ましたね、ルシアン。
そろそろ来ると思ってましたよ!
さすがに私も成長したというか、分かってきましたからね!
「今は?」
「えぇ、今は」
答えてから私の隣に座る。
よくあるパターンは、皇国もそうだけど、神の代理人が王になるって奴。
「双方の王家がその役割を果たしていないということですか?」
王家と神の代理人が分かれる理由は色々あるんだろうけど。神の代理人だと子供が持てないとか、穢れとは無縁じゃなきゃいけないけど権力欲しいとか。子供二人に等分に権力与えたいとか。
「そうです。
愛し子と呼ばれる、特別に目をかけられる存在がいたことはないようですが」
そんな存在がいたらオーリーはずっとイリダに隷属してないだろうし、そこは分かる。
でもイリダもないのかな。
「イリダ神は完璧を求める神です。自身の創造物はすべからく完成されたものであるという自負がある」
はっきり言うなぁ。
そう断言できるだけのものを見つけたのかな。
「イリダ神は、過去に一度、己が民を滅ぼしています」
?!
なんて反応していいのか分からないでいる私に、ルシアンは説明を続ける。
「不要となれば民を滅ぼし、新たな民を作り直す。それがイリダ神です」
「……オーリー神は」
「切磋琢磨しろ、という考えのようですね」
ほっとする。
良かった、オーリー神のほうが理解できる。
ガチ気合い論的ブラック要素にはこの際目をつぶりますよ……。
堕落しきった民を滅ぼす、っていうのはまぁ、聞いたことあるよね。神の裁きって奴。
そうかー、イリダ神は容赦ないキャラかー。いや、神様相手にキャラってのはおかしいけど。
「最初に作られたイリダの民は、何故滅ぼされたのですか?」
「驕ったからのようです。自らの叡智が神の叡智を凌駕すると」
おぉう……これもよくあるパターン。
古代メソポタミアのバベルの塔みたいだ。
「神の叡智を畏れ敬え、神を讃えよ、それがイリダの教えの最初の一文です」
んん……。
ベタな、っていうかまぁ、そういうもんなのかな、神様って……。
「イリダ王家は、イリダ神の代理人として立った王朝です」
えーと、あの名前がやたら長い人たち……。
私を誘拐させようとしたりとか、こっちに攻め込んできて、クーデター成功させようとした……。
「神の代理人は完璧な存在であれ、そう書かれていました」
目覚めてから聞いた、ショロトルという人が抱えていた闇。苦悩というか。それがあって自己を守るためにいくつもの人格が生まれたと。
完璧な存在であれとか、恐ろしいな。
「イリダには教会のようなものはないのですか?」
「あるようですね。王家の代行として教会は存在するものであり、あくまでも神の代理人は王家だそうです。
現在残っている王族はショロトル……ケツァルコアトルです。それと、彼の息子です。ヨナタン・オセロトル・ミクトランテクートリ」
子供がいる。
ソレはそうか、と思ってから、疑問がわく。
「魔素は子供にも影響がありますよね?」
ルシアンは目を細めて、僅かに微笑んで答えなかった。