ラルナダルトに継がれる真実 その二
鼻向け…
はな…むけ…
餞!
……え、ただ八犬伝好きだから名前に入れただけだと思ってマシタ。
「皇位に就く者がフセの名を継ぎ、歴史を番人に伝えてゆく。そのようにして真実を守るのです」
「八公家が継ぐ名にはどのような意味があるのですか?」
「フセとヤツフサにのみ与えられた権限はありますが、八公家に与えた名は当主であることを示す以外のものはありません」
ちょっと残念。
中二病的なものを期待したのに。
「ヤツフサという名をゼファス様がお継ぎになられたということは、オットー家には名が二つあるということなのですね」
確かシミオン様がギ、と名乗ってた。
義、のギですね。
「ヤツフサの名は、私も知らぬものでした。あれはオットー家が持つ隠し名なのでしょう」
慌てて口を押さえる。
迂闊に口に出しちゃいかんかったのか。
っていっても、あの儀式に立ち会った人たちは皆知っちゃったけれど、大丈夫なのかな?
慌てた私を見ても気にしていない様子からして、大丈夫っぽい。
「イルレアナはフセの名を持つ者が道を誤った際に止められるよう、ヤツフサという名をオットー家に授けたようですね」
……八犬伝のイメージだと裁くのはフセなんじゃないかなーとか思うけど、ヤツフサよりフセって名乗りたかったのかな、イルレアナさん……。
ワイルドカード感あるのはヤツフサだけれど。
「ラルナダルトに降嫁したアスペルラ様は、世界の安寧をひたすら祈り、赦しを乞う歌を捧げ続けます。降嫁する際にアンクを返上してしまったため、姫の祈りはかつてのものよりも弱いものでした。
満足に祈りも捧げられないと嘆くアスペルラ様に、女神が授けたのが女神の滴。レイ、貴女に譲ったものです」
入浴時と眠るとき以外は肌身離さず身につけている。アンクもあるし、滴もあるので私が捧げる祈りは倍々ゲームみたいに増えているらしい。魔力の器も二つあるし。そこだけチートなんだよね、私。
「アスペルラ様の血を継ぐラルナダルトの者は歌うことで錬成と同じ効果を生み出すことが可能です。この力を持つ者は誰にも利用されてはなりません」
分かるような、分からないような?
魔素を取り込んで歌って、大地や女神に魔力を捧げるぐらいのものだと思うんだけど。
「皇家は神器を失い、満足に祈りを捧げることが不可能となった。そのような時にアスペルラ姫と同じ力を有する者が現れたならば、皇室の正当性を糾弾しようとする者や、帝国の皇帝は必ず手に入れようとするでしょうね」
ルシアンの言葉にはっとする。これ絶対分かっていない私のために言ってくれたな……。
……そうか、利用されちゃうのか。利用価値があるんだ。
今の公家は野望を抱くような人はいなさそうだからいいけど、もし皇家に取って代わろうって人がいたら絶好のチャンスになっちゃうのか。
祖母が頷く。
「この力は安易に広まってはならないもの。ですからアスペルラ様は女神マグダレナに願ったのです。
ラルナダルトの当主が認めた者のみが、祈りの歌を捧げられるようにして欲しい、と」
「そうなのですね……私はなにも知らず、女神に歌を捧げるばかりで……無知を恥ずかしく思います。
お祖母様……私を認めることを躊躇われなかったのですか?」
私が幼い時に、祖父母は神器を探すための旅に出た。孫娘がどんな人間になるかも分からなかっただろうに、私をラルナダルトの人間として認めた。
祖母は楽しそうに微笑む。
「泣き虫で恥ずかしがりやの貴女が人前で歌うことは考えられなかったもの」
泣き虫で恥ずかしがりや!
確かに人前で歌うとか、過去の私なら無理。
今だってやけっぱちだし、大勢の前で歌うのは断固お断りだ。
「私たちも生きて帰ってこれるか分からなかったわ。それに、すべてを捨てて嫁いだ私が貴女にしてあげられるものは名を譲ることと、ラルナダルトとして認めることだけだったのです。
ただ、女神の滴は力を持つもの。それだけはなにも知らぬ貴女に渡すことはできなかったけれど」
もし両親や姉たちに見つかったら、間違いなく取り上げられてしまっただろうなぁ……。
祖母の選択は正しい。
「滴をこちらへ」
身につけていた女神の滴を外し、祖母に渡す。
その名の通り滴の形をしており、常に身につけられるよう装飾品になっている。
「私はもうレイの名を持たぬ者だから授けることはできないから、その時がきたら貴女がロシュフォールとリュリューシュに授けるのですよ」
そうか、私がやるのか。
責任重大だ、なんて思っていたら祖母が続けて言った。
「『歌う姫の末裔、レイの名をいただく者が女神に乞い奉る。新たな祈り手の誉れをこの者に与え給え』」
えっ、ちょ、口伝?!
ルシアンなら間違いなく一言一句間違いなく覚えているだろうから、あとでメモしてチェックしてもらおう……。己の記憶が一番信用ならないよ……。
そういえばむかーしむかし、レイの名を祖母からもらった時に、おまじないをかけてもらった。
あれ、本物だったんや……。
祖母が差し出した女神の滴を受け取ると、ルシアンがつけてくれた。
「ラルナダルトが皇国から離れた経緯は理解できましたね?」
「はい、お祖母様」
その後はラルナダルト家を守るはずだったアドルガッサー家がおかしな方向に向かうんだよね……。
「皇国から離れたラルナダルトは以後、女神マグダレナに仕えるためだけに存在したのです。
千年の時を経て、ラルナダルトが皇国に戻ることになるとは夢にも思いませんでした。人生とは、思いがけないことの連続です」
そうですよねー。祖母の人生とか大河ドラマか! っていうぐらい波乱に満ちてるもんなー。
一瞬、歌劇の演目にいいんじゃないの?! とか考えたりしたけど、そうすると私もとか言われて藪蛇になりそうだからお口チャック。
「私は覚悟をもってこの立場におります」
祖母の声音が変わったことに気づいて、表情を伺うと、真剣な眼差しで私を見ていた。心の中を見透かされそうで一瞬ぎくりとしたけれど、私もまた逃げないと決めたから、こうして色々と動き出したのだ。
「はい」
私のために祖母は皇位を継いだ。ゼファス様も。
「歪みを正す機会を得た折に己がこの立場にいること、感謝しているのです」
歪み。
「政は綺麗事だけでは成り立たないことも十分理解した上で、私はこのマグダレナの大陸を守ります」
「微力ではありますけれど、私も、私にできることを成したいと思っております」
隣に座るルシアンを見ると、微笑んでくれた。
祖母も微笑み、頷いた。
「女神がこの大陸だけでなく、あちらの大陸にも奇跡を起こしてから数年が経ちました。大地に満ちた魔力は減りつつあります。
あれだけ広く知らしめても、人というのは危機が目の前に訪れないと焦らぬもの」
そう、魔力を大地に注がないと農作物が育たないよ! って教えたのに、駄目な領主は魔力を注ぐことすらサボり気味らしい。
魔力はすぐに注げるけど、注いだからって植物や野菜が瞬間的に育つわけじゃないのに。
ギルドによって農作物が前よりも流通しやすくなったこともよくなかったらしい。
育てなくても買えばいいという発想になったアホもいるんだって。いくら魔力がーっていったって、天候とかあるわけですよ。日照り続きになって水が足りなくなったら意味がない。
大地は繋がっているから隣の領地だって不作になるかもしれない。ギルドだってボランティアじゃないんだから、商売をちゃんとするわけです。需要と供給のバランスって奴ですよ。
つまり高値で買わなくちゃいけなくなる。よくあるパターンとして、気にせず増税した領主がクーデターでやられちゃう。
それはまぁいいんだけど、領民の怒りがギルドに向かったら困るってことと、だからといってギルドにボランティアはさせられないってことです。
「教会の復興は進んでいるのでしょうか」
セーフティネットとしてボランティアができるのは教会だよね。嫌な言い方だけど、教会が頼りになることで領民はマグダレナ様と皇室を信頼する。
「えぇ、勿論」
祖母の表情からして、これを機に各地の膿を出そうとしているんじゃなかろうか。
ギルドは国に属さない機関になった。表向き。
オットー家やラルナダルト家が裏で制御すると、この二つの家に力が集中してしまう恐れがある。
本来ならゼファス様はオットー家の人間じゃないほうがいいんだろうけど、ゼファス様のあと、皇位を継ぐのはリュリューシュで、そこから先は各公家と血を繋いでいけばラルナダルトだけが力を持つことを避けられる。
それでも、アスペルラ姫の力を受け継ぐのはラルナダルトだから、やっぱり力が偏る。
教皇の地位は皇国と帝国が交代で継ぐとして。
ギルドは最終的にオットー家からもラルナダルト家からも切り離すべきだろうな。
力を分散させることも大事だけれど、イリダやオーリーにそこを突かれるのも困る。
問題が山積み。問題しかない。
平和が続くのは良いこと。でも得てして問題が先送りされてしまう。
「皇国で行っている祝祭を、各国の教会で取り行うのです。教会にばかり民の心が向くことを恐れた者たちがどうでるか、見極めなくてはね」
祖母、怖い。