ラルナダルトに継がれる真実 その一
ゼファス様にお守りを渡すと、興味なんて全くありませんけど? と言わんばかりの表情をされた。でも手から離さないあたりそれなりに気に入ってくれたと見た。
「それで?」
「ラトリア様にお渡しするお守りにゼファス様のお祈りをいただけたらと思いましたの」
テーブルの上に、ラトリア様のためにと刺繍を刺したお守りを置く。
「コレには?」
手に持った自分のお守りのことをさしているようだ。
「そちらのお守りにはゼファス様がこれからも健やかにお過ごしいただけるように、私の祈りを込めさせていただきました。効果があるといいのですけれど」
目に見えるものじゃないから祈りがこもってるといいんだけど。邪念は混じってないハズ?
「ふぅん」
刺繍したのは前世使っていた日本語です。
ほらお守りによくあるじゃないですか? 漢字のアレ。いやぁ……指に何度針刺したか……。
絆創膏欲しい。開発をお願いしたいからあとでルシアンとロイエに相談しよう、うん。
「そなたの祈りだけでは確かに心許ない。ラトリアには役目を果たしてもらわなくてはならないから、仕方ないな」
ゼファス様の斜め後ろのミルヒがにやにやしているのが視界に入って気になる。
あれはきっと、ゼファス様は素直じゃないなーとか思っている顔だ。
私がミルヒを見ていることに気がついたらしく、ゼファス様が振り返り様になにかをミルヒに投げた。
「ぁいたっ!」
何故! と顔に出ているけど、ミルヒ、君は私よりも分かりやすすぎだと思うよ……。さすがの私も思うぐらいだからよっぽどだと思われマス。
「これは預かっておく。ラトリアには渡しておくから気にしなくていい」
「ありがとうございます」
ゼファス様の指示を受けてミルヒがお守りを丁寧にしまう。
良かったー。やってもらえることになって。
天邪鬼だけど優しいから、ゼファス様ならお守りを渡さなくてもやってくれるって思っていたけど、渡して正解だったっぽい。素直じゃないから自分も欲しいとか絶対言わないし。でも間違いなく拗ねる。
迎えに来てくれた銀さんの後について祖母の待つサロンに向かう。
ソファに座る祖父母の後ろに銀さんがすかさず立つ。私とルシアンが並んで座り、後ろにダヴィドとアウローラが。
セラがお茶を淹れてくれている間に、祖父母にお守りを差し出す。
「なにかしら?」
「お守りです。お義兄様への餞にと作りましたの。それで、ルシアンやゼファス様、お祖母様やお祖父様にもお渡ししたくなってしまって」
「まぁまぁ、嬉しいこと」
お守りを手にした祖母は刺繍を撫でる。下手なんでボロが出そうだからあんまりいじらないで欲しいのが正直なところですけれども、気持ちは入ってますよ!
「これはなにかの模様かしら?」
「長寿祈願、という意味です」
皆が漢字読めなくて本当よかったよね!
私しか解読不能なぐらい下手な刺繍だからね……。できないわけじゃないけど、難易度の高いものは無理っス。
「私たちの孫娘は優しいこと」
ねぇ、と祖母が祖父に話しかけると、祖父がほんの少しだけ口元を緩めて頷いた。
うむ。喜んでくれてなによりですよ!
二人にはまだまだ長生きしてもらいたい。
茶の注がれたカップが全員に行き渡ると、祖母は確認するように頷いた。
「では、ラルナダルトに伝わる話を教えましょう」
よろしくお願いしますの代わりに笑顔を返す。
「あれから私も皇宮図書館の蔵書をいくつか読んでみたのよ。女皇ペルビアナが保身のために真実を歪曲していないか確認のためにね」
私と違って、ラルナダルトの人間として真実を教えられて育った祖母からすると、皇国が二分する原因となったペルビアナに対しては色々と思うところがある様子。
私はいまだにおとぎ話を耳にしているような感覚なんだけれどね。
「時の女皇は第一子として皇子、シラン・ディンブーラを産みました。シラン・リヴァノフ・ライ……後の雷帝国の祖ですね。彼は女神への信仰も厚く、優秀でした。けれど男子であった為に後継者にはなれなかった。
そうそう、女子が皇位を継ぐべしと定めたのは八代目女皇 イルレアナ。皇国を磐石なものとしたといわれる方です」
祖母の話は続く。
「彼女が皇位をほかの継承者と争った当時は、皇族の数が異常な程に多かったといいます。
いくら祈りを捧げるために皇族が必要だったとはいえ、本当に皇族なのか疑わしい者があまりにも多かった。
自身が皇位を継ぐに相応しい者だと証明するため、魔力を増幅させる神器を作り出し、たった一人で女神への祈りを成功させました。
即位後、イルレアナは真に皇家の血を引くならば女神への祈りを捧げられるはずであるとして、皇族たちを篩にかけていきました。そうして祈りの力──錬成を行うことができる者たちを選び、八つの公家を残してあとは粛清し、確固たる地位を築いたのです」
そうそう、それでなぜか里見八犬伝の八剣士の名前を公家につけるんだもんね……。イルレアナさん……八犬伝好きとみた。
「祈りそのものに神器は不要ですが、魔力は増幅されます。あるに越したことはありません。
ですが大した力がなくとも神器があればそれなりの結果を出せてしまう。これが皇家を堕落せしめました。錬成のできない者ばかりになってしまった。
イルレアナが女子と限定したのは、当時本当に皇族の血を引くのか疑わしいものが多かったからであり、男子が不適格だったわけではありません。
しかし、いつの世も権力を手にしたいと思う者はいるもの。男子よりも女子が皇位を継いだほうが操りやすいと思ったのでしょう」
想像に難くない……。
生きた人間が一番怖いっていうのはよく聞く話。
「ペルビアナ様は……」
聞くまでもないんだろうけれど、つい口にしてしまった。
「愚かではなかったと聞いていますが、その母である女皇は優柔不断で皇配の言いなりだったとか。
優れた兄に対して劣等感を抱いていたペルビアナの矜持は、自身が次の女皇になるということで保たれていたのでしょう」
次の女皇なのに兄より劣るとは、なんて比べられていたのだろうか。それは辛い。
だけど、兄も実力があっても上を望むことができなかったわけだし……それともそうやってペルビアナの劣等感を刺激して自分たちの意のままに操ろうとしてたってこと?
「女神はアスペルラ様を愛し子としてお選びになられた」
……正直、マグダレナ様、なんでアスペルラ姫を愛し子にしたんですかという話だよね。それさえなければまだ、なんていうか、その場をやり過ごせたかも知れない。
「女神マグダレナに選ばれた愛し子は女性だけではありません。男性にもいたのですよ」
なんと?!
初耳!
「ですがそれは権力者たちにとって好ましくないものだったのでしょうね。男性の愛し子はいずれも短命だったそうです」
そう言って目を細めて微笑む祖母がすこぶる怖い。内容も怖いんだけどまず祖母が怖い。
……それにしても……。
……つまり、マグダレナ様はお怒りで。
それなりに優秀だったけど男性だからという理由で信仰心の厚いシラン皇子は皇位に就けず、劣等感拗らせたペルビアナが兄皇子を冷遇したとするなら、マグダレナ様が妹のアスペルラ姫を可愛がっても不思議じゃない。
「シラン皇子は次の女皇としてアスペルラ様を推挙しますが、これまでの行いを咎められることを恐れた者たちがペルビアナを推します」
あかん奴や、それ。
女神の愛し子いるのになんでそれが許されると思った? あぁ、でも男子の愛し子を暗殺しちゃっても罰が当たってないんだとしたら強気にもなれちゃうの? え? 正気?
「アスペルラ様は女皇となることを望みませんでしたが、皇子はそうは思わなかった。
腐敗した政治を変えるために有志を募り立ち上がろうと計画し、失敗するのです。
皇子への処罰はなかなか決まらず、その間に母である女皇とアスペルラ様が逃したそうです」
なるほど。
それで逃れた先で帝国を立ち上げちゃうんだ。
優秀すぎない?
皇子はアスペルラ姫こそ女皇に相応しいと思ってその座を譲るために頑張ったんだろうなぁ、きっと……。
とはいえ、そんな簡単に国を二つに分けられるはずもない。それだけ皇国の政治に不満を抱いていた人たちが多かった、ってことですよ……。
「アスペルラ様は兄と姉を愛しておられました。
それから己が身の安全の為にラルナダルト家に降嫁し、生涯をアドルガッサー領で過ごすのです」
男子の愛し子が暗殺されていたのだとするなら、アスペルラ姫はペルビアナ陣営から見たら邪魔だよね。
「ペルビアナは愚かでしたが、己の愚かさを自覚するだけのものは持ち合わせていたのは幸いでした。
けれど後悔をしてももはや引き返せない状況。女神への祈りも捧げられない女皇など、存在価値がありません」
時おり祖母の隠しきれない怒りが混じります。
ずっと呼び捨てだしさ……。アスペルラ姫のことは様付けなのに。
「真実を記した書物を残し、それをイルレアナが残した建物の中に隠したのです。
あの中に入れるのは皇族だけ。権力を持つ者たちに真実を捻じ曲げられないために」
皇宮図書館って、ペルビアナが残したものじゃないのか。イルレアナさんって正しいチート転生者感ある。主人公って感じです。
「ここは疑問に思わなくてはならないところよ、レイ。それほど貴重な書物がなぜ貸し出し可能なのかと」
祖母の言葉にはっとする。
……そうだ、門外不出なら分かるけど、貸し出し可能だった、あの図書館。
驚いている私を見て祖母は微笑む。
「イルレアナが残したのは番人。あの二人こそが全てを知る者たちなのです」
あの年齢不詳な、人形みたいな司書!
残したってことはロボットっていうかアンドロイドっていうか……え? 何者?
「先日番人に新しい情報を伝えました。
それがフセの名を持つ者に許された権限です」