魔力の器 その2
七才から祈りを捧げていたと言われて、頭が混乱してきた。
「私達純血のマグダレナの民は、生まれながらにして魔力の器を持っているの。
そうそう、ラルナダルト領には魔力の器を持つ平民が多くいるのですよ。器が完成するのは年の頃にして十四から十六の間だったかしら」
じゃあ、十六才で測定するのは、マグダレナの民の為じゃなくオーリーやイリダの民の為?
「魔導値が安定するのがそのくらいの年ということもあって、十六で測定するのですよ」
私の疑問を見透かしたのか、祖母が教えてくれた。
アリガトウゴザイマス。
「……質問を、お許しいただけますか」
ルシアンだった。
頷く祖母にルシアンが尋ねる。
「オーリーやイリダの血を引く者達が魔力の器を持つ条件を、ご存知でしょうか」
真っ直ぐにルシアンを見つめていたかと思うと、祖母は目を細めた。
「母体です」
母体?
「子を宿した者が女神を信仰する者であれば、子が魔力の器を持ちます。けれど器が出来上がるのに少なくとも十四年は必要とするのです」
キャロルを思い出す。彼女は魔力の器を持っていたけれど、信仰のしの字もなかった。なんちゃって聖女になっちゃったぐらいだし。
彼女のお母さんが女神を信仰していたってこと?
「女神への信仰は長らく廃れていました。かろうじて残っていたのはラルナダルト領ぐらいだったのではないかしらね」
そう言って悲しそうな顔をする祖母の肩に、祖父が手を置いた。祖母は口元だけわずかに微笑んで見せて、頷いた。
なるほど。
ラルナダルト領はマグダレナ様を信仰していたから、平民であっても魔力の器を持つ者が多いのか……。
「……王家に邪魔をされて私が当主として認められなかった時には、ラルナダルトなんて潰れてなくなってしまえば良いと思ったのよ。だからソルレに強引について行ったの」
ふふふ、と楽しそうに祖母が笑う。
私としては内心ドン引きである。
潰れちゃえってそんな……。
「お祖母様……」
限られた人間しかここにいないからってさすがにどうかと思い、ちょっと責めるように祖母を見る。ずっと探していた銀さんという元婚約者なんかも後ろに立ってる訳ですし……あぁ、でも銀さんの父親がやらかしちゃったんだっけ?
祖母は笑顔のままである。銀さんも無表情である。
「肝心の皇家も公家も己の役割をすっかり忘れているのに、ラルナダルトだけが頑なに守っている。そのラルナダルトを守る筈の王家が潰そうとするものだから。もういいんじゃないかと思ってしまったの」
うーん……それはやむなしかも……?
間違いなく私も嫌になったと思う。
「領地を飛び出し、名を偽ってソルレの妻として生きました。一人息子は残念な子でしたが、レイ、私に貴女を授けてくれた」
急に私が出てきた?!
「この大陸は滅びに向かっていました。大地への魔力の供給はあったとしても、女神へ祈りを捧げない為に魔素の濃度が尋常ではなかった。
僅かなりとも意味があると信じて、カーライルに移り住んでからも祈りを捧げていたけれど、レイの成長する姿を見ているうちに、このままで本当に良いのかと考えるようになったのです。……私の判断は間違っていたのではないかと」
ため息を吐き、祖母は悲しそうな笑みを私に向けた。
「レイ、貴女の生きる世界を守りたいと思うようになったのです」
その言葉に涙腺が崩壊しそうになって、手を握りしめた。私の手をルシアンが優しく包んでくれて、嬉しいんだけど、更に涙腺が危険なことに!
ゼファス様ってば呆れた顔してるし!
いや、でも、こんなの聞かされたら泣くでしょ?!
前にも教えてもらったけど、祖母にこんな葛藤があったなんて初めて知ったし、私自身が子を持ったことで気持ちが変ったのも大きい気がする。
「ありがとうございます、お祖母様……」
「レイは泣き虫ね」
祖母が泣かせたのに!
ルシアンが私の涙を拭こうとするのを必死に抵抗する。自分で出来るから! 子供じゃないから!
「ラルナダルトの祈りの歌を讃美歌とすることは許しませんが、新たな祈りの歌として讃美歌を作ることは許可します」
「お許し、感謝致します」
感謝の言葉を述べてから、魔力の器をマグダレナが生まれつき持っていることを知っているのはラルナダルト家だけなのかと尋ねた。
「ニヒトは知っているわ」
銀さんが祖母の後ろで頷く。
「けれどラルナダルトの血を引く者がいなかったから、ダヴィド達は知らないかも知れないわね?」
確かめるように祖母が銀さんを見る。
ラルナダルトとレーゲンハイムは知識が失われないように共有するという話だったような?
銀さんは険しい表情のまま、言った。
「……レーゲンハイムがラルナダルトになりかわろうとしない為に、最低限のことしかダヴィドとアウローラには伝えておりません」
王家がラルナダルトを潰そうとするのを見ていたからだろうか、銀さんが自分の子や孫に伝えないと決めたのは。
「ラルナダルトの血が途絶えたのであれば、我らレーゲンハイムも滅ぶべきなのです」
レーゲンハイムって本当凄いよね……この絶大なまでの忠誠心。
その向く先が私っていうのが実に申し訳ない……。
「疑問は以上かしら?」
祖母が尋ねると、ルシアンは頭を下げた。
「感謝申し上げます」
「ルシアン、そなたはアルトの人間ですが、レイの伴侶となったのです。ラルナダルトの持つ知識を引き継ぐ必要があります」
祖母は私を見て「レイ、貴女も」と言った。
「はい」
「畏まりました」
視線を感じて、ちらと見るとゼファス様が無表情ながらどことなし不機嫌そう。
多分だけど、ゼファス様は私に負担がかかるのをよく思っていないのだろう。でも、知らなくてはならないと祖母が判断したのなら、それを否定も出来ない。
親心なんだろうなと思うと、胸の中がくすぐったくなる。
どれだけ私がしっかりしても、ゼファス様は心配しそうで、私もリュリューシュやロシュフォールに同じことを思いそうだ。
諦めたのか、ゼファス様はため息を吐いた。
「讃美歌はこっちで適当に作っておくから」
讃美歌を適当にとな?!
それって女神様に対して大分不敬じゃないの?
「鬱陶しいぐらいに女神を崇拝している司教がいるから、その者に任せれば間違いないよ」
鬱陶しい……マグダレナ様、ゼファス様に罰は当てないで下さい。この人はちょっと捻くれているだけなんです……。
「歌劇とミュージカルについては詳細を書面にして提出して頂戴。どのように運営していくかを決めねばならないし、演じる場所も用意しなくてはならないでしょうから」
「ミチルから得た情報を元に原案をご用意しております」
……いつの間に!
ルシアンの言葉に満足気に祖母が微笑む。
許可もらってから資料とか用意、って思ってたんだけど……許可されることを織り込み済みで用意しているとは……。
多分ですけど、恐ろしい勢いで計画が策定されて、建物とか色々用意されるんですよね、分かってます……。