魔力の器
前世では既製品の洋服が普通だった。
こっちにもあるにはあるけど、それは庶民のものだし、それはコンフェクションと呼ばれる大量生産される粗悪品で、貴族向けはオートクチュールが基本。
オートクチュールなんて下手すれば採寸から始まって、デザインを決めてそれから製作だから何ヶ月もかかる。貴族の服は装飾が多いし、刺繍もあるし、なにしろミシンがないんですよね。
足踏みミシンでいいからあれば少しは楽になるだろうし、品質も上がるんじゃないかなぁ。
私がやってみたらどうかな、と思っているのは足踏みミシンの作成と、高級既製品の普及。
電動ミシンも魔石があるから作れるのかも知れないけど、平民にとって魔石は一般的じゃないし。
ミシンのメカニズムなんぞ知らんので、こうするとこうなる、っていう大変適当な説明をセラやダヴィドにしたら、険しい顔になったよね。すまぬ。
っていうかさ、一般人は人間ウィキペディアじゃないんだからそんなに色々知らないからね! 断じて私がものを知らない訳じゃ……ないと……思いたい……。
こういうものを原材料にするらしい、とかは知ってても実際の制作手法とか分からんのです。
勝手なことを言いますが! それでも何とかしてくれるのがアルトファミリーだと信じてます!
「それで良いと思っています」
こういうものが作りたいけど手法は分かりませんと無茶振りした私を、ルシアンは否定しなかった。
「ミチルも感じているでしょうが、マグダレナ大陸の文化水準の歪さに」
あ、ルシアンも気付いてましたか。
「魔導レンジなるものが存在するかと思えば、医療が呪い頼みだったりと、知識や技術水準のばらつきが著しい」
うんうん、私もそう思う。
「高水準な技術によって制作されたものだけがそこにあって、利用出来るものなのかと言えば利用そのものは可能です。制作方法も分かっているなら同等に近い物も作れるでしょう。ただ、それ以上の物は作れません。制作方法が失われればそれも叶わない」
発展途上国の人達が、先進国からもらったものを使うことは出来ても作れない、っていうのに似てる。
まったく同じものが作れないとしても、そこに近付けるようにしていかなければ技術も知識も増えない。だからルシアンは自力でそこを目指すのだと言ってるのだと思う。
ただ、頑張って追いつきましょう! って言って追いつけるものでもなくて、目標は必要だよね。
「技術の進化は、欲望が生み出すものだと父が言っていました」
お義父様……。
間違ってないけど、言い方……。
ガタン、と大きく揺れて馬車が止まる。
「着きましたね」
今日はルシアンと一緒に祖母に会いに来ました。
歌劇とかミュージカルとか讃美歌を広めることについて許可を得る為に。
ルシアンのエスコートで皇城の中を進む。
祖母の生活の場は皇城の中でも奥に位置する。
謁見の間や皇城で働く文官たちの執務室は城を正面から見て手前と奧に分けた場合、手前になる。
祖父母やゼファス様の執務室はそれぞれ二階にあって、生活の場は三階。四階は使用人たちの部屋になっている。
移動が己の足しかないからね、あんまり高い階には住まないんだよね。
皇族専用のサロンに案内され、窓から見える庭を眺めていると、祖父母とゼファス様がやって来た。
「お祖母様、お祖父様」
非公式ですからね、笑顔を振り撒いても許されるのはありがたい。
「いらっしゃい、レイ」
祖父の大きな手が私の頭を撫でる。
親からすればいつまでも子供を子供扱いしてしまうのと同じで、孫にもそう。
ゼファス様にも挨拶をすると、顔を背けられてしまった。えぇ……なして?
長椅子に腰掛けると、セラがお茶を淹れてくれた。
なお、今日はルシアンがいるからルシアンが毒味しました。毒が効かない人の毒味って意味あるのかなーとか、思わなくもないけど。
「今日はミチルが私たちに願い事があると聞いているのだけれど、何か困ったことでもあったのかしら?」
「困りごとではありませんが、私の希望がお祖母様やゼファス様の妨げになってはいけませんから、ご相談に参りましたの」
「言ってごらんなさい」
ほほほ、と柔らかく笑う祖母を、ゼファス様がチラ見した。なした?
「民の間で歌を用いた舞台を流行らせたいのです」
「歌を用いた舞台?」
歌劇とミュージカルの説明をする。
私もね、そういった教養は少ないんで、こんな感じっていう雑な説明しか出来ないんですけどね。
「まぁ、それは随分と楽しそうだこと。民にも娯楽は必要だもの。息抜きをさせることはとても大事なことよ」
「ありがとうございます、お祖母様、安堵しました。歌劇とミュージカルとは別に、讃美歌を教会で歌ってはどうかと考えているのです」
「讃美歌? 女神を讃える歌を歌うってこと?」
ゼファス様の問いに頷く。
祖母は手のひらの上で扇子をゆっくりと広げ、またゆっくりと閉じていく。
「……私たちが受け継ぐ歌は、ラルナダルトにしか意味を成さないことは承知していますね?」
「はい。それについてお祖母様にお尋ねしたいのです。血の混じりがあるレーゲンハイムが歌っても祈りにならないのは何故なのですか?」
「認めぬからです」
え、まさかの認可制?
「ラルナダルトの当主が認めた者だけがその力を得るのです」
パチン、と音をたてて扇子を閉じると、銀さんが侍女たちを部屋から退出させた。
「ラルナダルトの血を引くからといって、全てがラルナダルトとして認められる訳ではありません。
当主が認めた者だけがラルナダルトを名乗ることを許されます」
ほぅほぅ。
アルト家も厳格だけど、ラルナダルトも決まりが色々あるんだね。
「認められた者だけが捧歌が可能なのです。それがレーゲンハイムの歌に祈りの力がない理由です」
祈りは多くの人が捧げられたほうが良いように思うけど、そんな簡単な問題じゃないんだろうな……。
「では、私が認めた者であれば捧歌は可能ということなのでしょうか?」
「ラルナダルトの血──アスペルラ姫の血を引く者ならば」
あー、そうかー、それが一番重要ですよねー。
アスペルラ姫の血を引く人間は歌で魔力を作ることが出来るっていう、珍しい体質を引き継いでいるんだよね。
「レイがロシュフォールとリュリューシュをラルナダルトとして認めたならば、二人は捧歌が出来るようになるでしょう。
リュリューシュは早い段階で捧歌をさせても良いのではないかしら?」
「十六になるまでは歌っても効果がないのではありませんか?」
祖母はひ孫の誕生を心から喜んでくれている。
リュリューシュとロシュフォールのこともそれはそれは可愛がってくれている。
いくらひ孫が可愛いからって、前のめりすぎだよね。
「そう教えられていることを失念していたわ」
そう言って祖母は小さくため息を吐いた。
「多くの者が知る事実は、ラルナダルトが受け継ぐ事実とは異なります。権力者が自らの都合の良いように意図的に歪曲することもあるし、忘れさられてしまったものもあるのです」
お茶で咽喉を潤した祖母は、顔を上げて私を見た。
「私は捧歌を七つの時から行っていました」
ほわっつ?!