オリヒメとヒコボシ
もうじき七夕ですね。
という事で思い付いたのを書いてみました。
本編を最後までお読みいただいてからの方がネタバレがありません。
何故、自分は選りに選って牽牛に転生したのかと、牽牛少年が自分の運命を呪ったのは一瞬だった。
牽牛は前世の己の名前を覚えている。
ルシアン・アルト・ディル・ラルナダルトという名だった。
彼が愛したミチル・レイ・アルト・ディス・ラルナダルトは、誰に生まれ変わっているのか。
まだ誰とも結婚していない状況で良かったと牽牛少年は思った。
もし、ミチルが織姫に転生しているとするなら、これから起こる事を回避せねばならない。
つまり、あまりにイチャイチャし過ぎて天帝に怒られて、会えるのが年に一度に限定されてしまうという恐ろしい状況の事だ。
前世で牽牛少年は、ミチルから七夕というものの話を聞いていた。
もっと上手くやれば良いのにと思っていた存在に、己がなるとは。
そう、だからこそ、上手くやらねばと牽牛少年は決意した。
ミチルが織姫でなかった場合、織姫との結婚は何としても阻止しなければならない。そもそも現時点でそんな話は来ていないので、心配はいらない。
ミチルを見つけ出し、誰かのものであるならソイツを抹殺し、誰のものでもなければ速やかに己のものにせねば。
もしミチルが織姫であった場合は、天帝の娘を嫁にもらう訳だから、ただの牛飼いではいられない。
天帝の目に止まるような牛飼いにならねばならない。
神々の頂点に立つ天帝の目に止まる牛飼い、というのが全く想像が付かないが、やるしかないと牽牛少年は思っていた。
それはそれとして、愛するミチルを探す時間を捻出する為にも、牛飼いとしての仕事は効率よく済ませなければならない。
まず、畑作業。
牛に土起こしをさせる為の道具をひかせる。これを人力でやっていては大変である。それを牛にやらせるのだ。
土に肥料を混ぜ込む事も忘れない。
同じ畑で連続して野菜を育てないなど、ミチルがアレクサンドリア領で実践していた知識と技術をまるっといただいて、美味しい野菜を効率よく育てつつ、牛にもたっぷり青々とした草を食べさせた(という名の放牧をした)。
せっかく育った野菜を虫食いだらけにされない為に、より虫が好むような花や、逆に嫌うような花を植えるなどもした。
数年後、牽牛の畑は宮中に知られるようになる。牽牛の作る野菜は超美味だと。
連作を防ぐ為と、複数の牛を用意したりとしているうちに拡大し、今では牽牛農場と呼ばれて、いっぱしの農場経営者になっていた。
使用人を雇って、大きくなった畑を管理させ、牽牛自身はあちこちを飛び回ってはミチルを探していた。
牽牛は、年齢も18になり、結婚適齢期を迎えた。あちこちからうちの娘と、と声がかかると、念の為に顔を合わせに行き、ミチルかどうかの確認をして、違うと分かれば牛飼い如きには身の過ぎたる話とお断りしていた。
牽牛は、織姫がミチルであると確信していた。あちこちとは言っても天界は下界程広くない。数年で回れる範囲だった。実際かなりの数の神々と顔も合わせた。
魂を結びつけた関係上、ミチルが下界にいるとは考えにくかったし、ミチルは同じ天界にいると魂のコンパスは告げていた。
ミチルが織姫であると思う理由の一つに、姫が機織り小屋に篭って出て来ないというものがあった。
ミチルは引きこもりの傾向があった。人付き合いもそんなに好きではない。
一介の牛飼いであった青年の立身出世ぶりは、遂に天帝の耳に届いた。
美しく勤労(?)な牽牛は、どんな女性を前にしても靡かないと。
「これはこれは、なかなか面白い話だね」
引きこもりまくりな末の姫の婚姻相手を探していた天帝は、牽牛と織姫を会わせる事にした。
天帝に突然呼び出された牽牛は、織姫との顔合わせに胸を高鳴らせていた。顔は無表情だが。
これまでどんな事をしても近付く事が出来なかった織姫に、ようやく会える。
織姫がミチルなのかどうかを確かめたい。牽牛はミチルが好きな白い百合の花束を持って、天帝の住まう宮殿に向かった。
*****
私はため息を吐いた。
私には前世の記憶がある。なんだったらその前の生の記憶もあったりする。さすがにだいぶ忘れてきているけど。
前世ではミチル・レイ・アルト・ディス・ラルナダルトというやたら長い名前だった。
伯爵家の令嬢として生まれた。貴族だった。
後継ぎでも何でもなかったのに、アホな両親と兄の所為で幸か不幸か爵位を相続した。結婚もしたからその家の名前も加わったし、何故か皇族にまでなってしまった所為でその家の姓まで加わったり、祖母の生家を継ぐ事になったり──紆余曲折した末の名前。
試験を受けたら名前でまず手こずる事になったと思う。
私は夫であるルシアンと魂の一部を交換した。あの時のやりとりは返す返すも詐欺だよね、と思う。
魂の交換をすると、生まれ変わっても巡り会えると聞かされていた。
しかし、だ。その保証はどこにもない訳で。
ミチルとしての人生を終え、転生してみれば織姫になっているではないか。
モブなのに。まさかのヒロインになってるとはこれ如何に?!
織姫ですよ、織姫!
旦那の彦星とラブラブし過ぎて父親に引き離されて年一しか会えなくなるという、バカップルの片割れにまさかの転生ですよ?!
次の問題は、将来の結婚相手になるだろう彦星は、ルシアンだろうか……? という問題だ。
もしそうじゃなかったら……?
ルシアンが彦星になっている可能性もなくはないが、そうじゃなかった場合はどうなるのか?
彦星と結婚後にルシアンが出てきたら、彦星殺されるんじゃ? と思うと怖くて機織り小屋から出られない。
心を鎮める為に機織っちゃう!
そんな訳でやたらめったら布だけは織り続けた。
鬼のような織りっぷりとか言われた。ほっとけ。
同じ色の糸がなくなったら適当な色の糸を継いで織り続けた。そんな無茶苦茶な布なのに、何故か五色の布と呼ばれて重宝がられたが、それもどうでも良かった。
このままではいかん、引きこもってる場合ではない。
ルシアンを探そう、と決意した矢先、引きこもりの末娘を心配した天帝が、おまえの夫を見つけたと言ったのがつい一週間前。
「なかなか面白い人物だから、織姫も気にいると思うよ」
どうでも良いけど、天帝が、前世での義父とキャラ被ってるんだけど、まさか転生してないよね?
さすがに何でも前世と結びつけるのは無理があるな、と思い直した。
そうじゃないとちょっと怖い。
とにかく、彦星がルシアンじゃなかったら、断ろう。
天帝の娘だし、この世界トップの娘だし、末っ子は我儘ですという事で断ってしまおう。
そう決意した。
今日は彦星と会う日だ。
姉達にやたらと念入りに着飾らされて、宮殿に拉致された。なんか前世でもこういうのあったな。デジャヴだわーと思いながら、宮殿の廊下を歩く。
緊張する。
どんな男性なのかしら、素敵な人だと良いのだけれど…なぁんて甘い緊張感ではなかった。
どうかルシアンが彦星に転生してますように。
もし違って強引に結婚させられて、それで意外に彦星が良い人で良かったわぁ、と幸せな結婚生活を送っていたら、ルシアンが出て来て彦星が抹殺されるとか、もしくは会えなくされるとか。
年一でしか会えないのってもしかして…?
アホな事を考えているうちに天帝の待つ琥珀の間に着いてしまった。
父上に促されて隣に座る。
「姫、ご覧」
御簾越しに、翡翠の床に跪く男の人が見える。
あれが噂の彦星さんか。牛飼いの。
ルシアンが牛飼いとか、イメージにかけ離れ過ぎてる。
前世と今生の私の容姿は全然違うからね、ルシアンも牛飼いが似合いそうな容姿かも知れないけど。……って牛飼いが似合いそうな容姿ってなんぞそれ。
「牽牛はとても優れた男でね、牛を使って効率的に畑を耕し、生産性を上げ、かの者が持つ畑を広げ、今では立派な農場主なんだよ」
「?!」
彦星が効率的とか農場主とか、聞いた事ないけど?!
ま、まさか……?!
動揺している私に気付いていないのか、父上が彦星に声をかけた。
「牽牛とやら、面をあげよ」
はっ、と返事をして顔を上げた牽牛と目があった瞬間、心臓が大きく跳ねた。
直ぐに分かった。
あぁ、ルシアンだ、と。
*****
ルシアンこと彦星の膝の上に座らされている。
あれからあれよあれよと言う間に私と彦星の婚姻が決まり、新婚生活に突入した訳だが。
伝承の通りに、織姫と彦星は日がなイチャイチャしちゃってる。
これはいかんのではないか?!
その事を彦星に訴えたところ、彦星は問題ありませんよ、とにっこり微笑んだ。
牽牛農場は効率よく運営されており、伝承にあるような、働かなくなってどうこう、という状況にはなっていない。
正確に言えば働かなくても部下がなんとかする状況になっていた。
わぁ……。コーリツテキだなー…(棒読み)
いやいや、でも、私は機織らないと! と思っていたところ、私が機織りしている姿を彦星がじっと見つめる始末。
そうでした、この人は私が何かをやってるのを見るのが大好きでした……。
「黒髪姿の貴女も、良いですね」
そう言って彦星は私の髪を撫でる。
彦星は黒髪だ。瞳も黒い。顔立ちは違うけど、まごう事なくイケメンだった。
私は黒髪のストレートで、今回はとても梳るのが楽な髪なので助かっている。
ミチル時代と違ってとにかく機織り小屋に引きこもっていたのもあって、色白である。
姉達程美しくなく、ちょっと子供っぽい容姿だ。
またしてもばいんばいんに生まれつかなかった!
魂につるんぺたん属性とか刻まれてんのかな?!
「私とミチルの魂が結び付いている事が証明されて本当に良かった」
ね? と言うと私の頰にキスをする彦星。
……それにしても、彦星と織姫の一年に一度しか会えないという状況は、ルシアンによって壊されてしまったけど、これって問題ないんだろうか……?
願い事とか、色々さ。
「年に一度しか会えない二人が、他人の願いを叶えている余裕があるとは思えませんが……叶えれば叶えただけ一緒にいられる時間が増えるならまだしも」
確かに?!
そんな暇あったら働いて天帝の怒りを解く方が現実的かもね?!
「それより、どうしてそんなに恥ずかしがっているんですか?」
恥ずかしくて顔を見れない私に、拗ねたように言う彦星。
「婚姻を結んでから既に二月は経っているというのに」
いや、だって、今生のルシアンもイケメンすぎて!
なんでこんなにイケメンなの?!
彦星は私の頰を軽く噛んだ。
「荒治療が必要みたいですね?」
ひぇっ?!
モブからヒロイン?に生まれ変わっても、私のモブ気質はそう簡単にはなくならなさそうです……。
「愛してますよ、私の織姫」