襲撃者の正体
扉を閉めたシリウスはイリスを見下ろした。
「何故、部屋から出た?何かあったらどうするつもりだ?」
「ご、ごめんなさい…!」
「好奇心を抱くのも大概にしろ。無謀な好奇心は身を滅ぼすぞ。あまり、勝手な行動をすると、俺も手に負えない。だから、あれ程…、」
「ち、違うんです!私…、確かに部屋を出ましたけどそれは好奇心ではなくて…、その…、」
「何だ。まさか、逃げようとしたのか?」
ブンブンとイリスは首を振った。
「じゃあ、何だ。はっきりと言え。」
「あ、あの…、あなたが…、シリウス様が…、いなくなっていたから…。だから、もしかして、何かあったのかなって気になって…、」
シリウスはピタリと動きを止めた。
「それで部屋を出たと?」
「す、すみません!」
シリウスははあ、と溜息を吐くと
「…もういい。次からは気をつけろ。俺は負傷者の手当てがある。ここで大人しくしていろ。」
「あ…、あの…!」
イリスは出て行こうとするシリウスを呼び止めた。シリウスは顔だけ振り返る。
「あの…、私も何か手伝えることは…、」
「お前は来るな。」
そう強く言い切られ、イリスはビクッとした。それ以上は何も言えなくなる。それを確認し、彼はそのまま部屋を出て行った。
「お。シリウス。どこ行ってたんだよ?」
「包帯と軟膏を取りに行ってただけだ。」
甲板にシリウスが現れると、グレンが返り血を浴びた顔で振り返った。
「情報は聞き出せたのか?」
「ああ。やっぱり、船長がお目当てだったらしいぜ。依頼人も吐いた。…シルヴァレーン王国の貴族様だってよ。」
「シルヴァレーン…。確か船長の…、」
「ああ。船長の故郷だよ。まーた、荒れるかもなあ。」
シリウスはチラリ、と捕虜達がいた筈の場所に目を向ける。そこには、もう誰もいない。しかし、生々しい血痕が残っていた。
「捕虜達はどうした?」
「あー。何人かは加減間違えて殺しちまったんだよ。けど、残った奴らはちゃんと生かして牢にぶち込んであるからさあ。」
「…そうか。」
シリウスは無感動に頷くと負傷者達の手当てを始めた。
「そういえば、船長はどうしたんだよ?珍しいじゃん。部屋に籠っているなんてさ。」
「そういや。今日はあんまり顔を出さねえな。昨日のがまだ効いているんじゃねえの?なあ、シリウス。」
「…さあな。」
「っ、おい!シリウス!もう少し加減しろって!」
シリウスはジャミールの手当てをしながら質問にそっけなく答えた。
イリスはシリウスに勝手に船内をうろつくなと言われ、部屋にいるように言いつけられた。暇だ…。イリスははあ、と溜息を吐いた。イリスはチラリとシリウスの書棚と机に目を向ける。見たことがない薬草と液体や丸薬が入った瓶、鋭利な刃物と鋏みたいな形状の物やピンセットもある。本棚には解剖学や薬学、歴史書、経済学、地理学…、たくさんの難しそうな本がある。やはり、医者であるだけあり、シリウスは頭がいいのだろう。凄いなあ。と感心しながら本を一冊手に取る。パラパラとページを捲っているとパサリ、と羊皮紙が床に落ちた。慌ててイリスはそれを拾った。随分古びた紙だ。何気なくそれを開いてみる。そこには、不思議な文様と古代文字が記されていた。だが、あまりにも古いのか所々がインクの文字が滲んで解読不能な部分も多い。
―これって…、
イリスはそこに書かれている内容を凝視した。次いで、胸元に仕舞い込んでいた懐中時計を手にする。
「やっぱり…、同じだ…。」
丁度そこにガチャガチャと鍵を開けようとする音がした。イリスは慌てて羊皮紙を本に挟んで元の場所に戻した。
「お、お帰りなさい。」
「…ああ。」
シリウスはイリスをチラリと見ただけですぐに机に向かった。そのままいつものように薬草の調合をするシリウスを見てイリスはおそるおそる声をかけた。
「あの…、シリウス様…。」
「何だ。」
「何か…、私にお手伝いできることはありませんか?」
「…いい。お前は休んでいろ。」
「でも、あの…、私今は何もすることがなくて…、何かしていないと落ち着かないのです。せめて何か…、」
シリウスはイリスを見た。ドキドキしながらシリウスの答えを見つめる。すると、シリウスははあ、と溜息を吐くと、
「なら、そこにある薬草を細かく砕け。それ位ならできるだろう。」
「っ、はい!」
イリスはパッと顔を輝かせて頷いた。シリウスの隣でイリスは薬草を潰していく。
「この薬草も…、何かの薬になるんですよね?」
「擦り傷や切り傷によく効く。」
「あの、こっちの薬草は何に使うんですか?」
「それは、頭痛によく効く薬草だ。」
「へえー。薬草によって色んな効能と種類があるんですね。」
シリウスはほとんど無口だがイリスが聞けばきちんと教えてくれた。どれも勉強になる事ばかりだった。
「シリウス様…、まだ休まれないのですか?」
「ああ。お前は先に寝ていろ。」
もう寝る時間だというのにシリウスはまだ何か調べ物をしている様だった。彼は本を読んでいる時は眼鏡をかけていた。美形のせいか眼鏡をしている姿もよく似合っていてイリスはドキリとした。
「あの…、でも、早く寝ないと明日に障ります。今日は色々ありましたし、早くお休みに…、」
「…これを片付けたら休む。」
イリスは眉根を寄せた。ランドルフもよく仕事を根詰めしてよく熱を出して倒れていた。だから、ついイリスはお節介だとは思いながらも、早く休んで欲しくて声を掛けてしまった。一体何を調べているのだろうかと彼の手にしている本と綴っているノートを覗き込んだ。




