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くじを引いた。
神咲は外れて、僕は当たった。
景品は何の偶然か、ちゅぱちょんキャンディ人気フレーバー詰め合わせ。
神咲は拗ねた。
「ずるいよ」
「そんなこと言ったって。運だよ」
「祐樹はずるい」
「僕は飴好きじゃないから、あげるよ。これ」
「いいの?」
「うん」
「本当?ありがとう」
僕は詰め合わせを手渡した。
受け取ると、神咲はすぐに袋を開けた。
「でも、甘くない奴なら舐められるんだよね」
いくつか選ぶと、それを僕に渡す。
「ありがとう」
「どういたしまして。それより、ねえ」
彼女はどこかを指差した。
指の先を追うと、鳥居がある。
「お賽銭してこう?」
正直、僕は少し躊躇った。
僕はこの手の話題に明るくない。
だが、この夏祭りであの鳥居をくぐることは、恋愛という文脈における願掛け的な意味合いを持つらしいことは知っている。
「どうしたの?」
「…いや」
「早くはやく」
僕は神咲を追いかけた。
曖昧なまま、神社に流れ込んだ。
神咲は願掛けのことを知っていたのだろうか。
僕が知っているくらいだから、きっと知っているはずだ。
しかし確証は無い。
僕はそれに触れない。
彼女もそれに触れない。
この世界の誰も、それを問い正さない。
だから、確証はどこにも無いし、曖昧だ。
僕と神咲はすぐに賽銭を終えた。
「何をお願いしたの?」
「えっと」
「…健康、かな」
これはでたらめだ。
「あはは。祐樹らしいね」
「もっと楽しいことお願いしなよ。まだ若いぞ?」
彼女は僕の顔をのぞき込む。
「余計なお世話だよ」
僕は少し視線を逸らした。
――会話はそこで止まった。
僕は、神咲遙香が何を願ったのか、聞かなかった。
聞かなかったのか、聞けなかったのか、それは分からない。
その行為が、大した意味を持たないのだとしても、曖昧に甘んじた僕に、その資格は無いのだと。
そういう風に、僕は理由を付け、納得した。
納得なんて、エゴだ。
僕は納得で包んだエゴで、大切をすり潰した気がした。
そして、刹那、罪悪感のような感情が、僕を横切った。
ただ、それが本当に罪悪感だったのかを推しはかるには、短すぎて、やっぱり僕は曖昧だった。
「すっかり夜だね」
「…そうだね」
「そろそろ帰る時間だ」
「うん」
「僕はこっちだから」
「うん」
「それじゃあ、また」
僕は神咲遙香に背を向ける。
そして、歩を進めようとした。
「あのね」
――しかし、彼女は許さなかった。
咎めるみたいに、始めた。
「えっとね」
「…」
「えっと…ううん、なんでもない」
「どうしたの。気になるから」
「ううん。本当になんでもない」
「…」
「ずるいから」
「…ずるい?ああ、くじのこと?詰め合わせならあげたんだから――」
「くじが当たってずるい、祐樹は」
「何だよ。根に持つ――痛」
僕の顔に何か当たった。
地面に落ちたそれを、訝しげに拾う。
ちゅぱちょんキャンディ。
赤の個包装。知らないフレーバーだ。
「それもあげる」
「いや、いらないよ。飴嫌いだって――」
「言ったでしょ。ずるいって」
彼女は僕から距離を取った。
「それはね、宿題」
「いや、さっきからおかしいよ。どうしたの」
神咲は答えなかった。
その代わりに、笑った。
――彼女の朗笑を見た僕の感想は、言葉の目盛りをすり抜けて。
そして、落ちるだけ落ちて、最後に抱いたのは、似合っているな、と、そんな拍子抜けな言葉だった。
けれど、確かに、紛れも無く、その表情は神咲遙香の表情なんだと思う。
僕達は帰路に就いた。
僕は、ポケットの中にある飴の、かたい感触を確かめた。
――相変わらず、土台、分からない。
確かなことといえば、右手に伝わる、この感触くらいだ。
――この感触は、つなぎ目で。
昨日と今日は繋がっていて、今日と明日は繋がっている。
過去と未来は、連鎖している。
僕と神咲遙香は、この感触で繋がっている。
何もかもは、感触ひとつで繋がって、有機的で、必然に溢れて、意味にまみれている。
世界は、連続だ。
僕は、何だか、分かった気になった。
ほんの少しのところは、ひょっとしたら、曖昧でなくて、確かなこともあるのかもしれないと。
少しだけ背伸びして、そう思う。
僕は綻んだ。