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土曜日。時刻は十三時二十二分。
現在地は駅前。
昼ごはんは、食べていない。
神咲遙香は、まだ来ない。
持て余した時間で僕が考えていたのは、大幅に遅刻の彼女に、どんな悪態をついてやろうかということだった。
時は金なり。二十二分という時間は価値だ。
自分から誘っておいて、これだけ待たせる奴があるか。
僕は手に持ったコーラの缶を揺らした。
小さな気泡が立つ音がする。
ぐっ、と、コーラを仰いだ。
「お待たせ」
僕は逸った。
考えた悪態を喉元に準備する。
スイッチの入った頭の回転、第一声が颯と組み上がっていく。
――しかし、第一声は、どこかに吹っ飛んだ。
浴衣。
僕は息を呑んだ。
息と一緒に、悪態も呑みこまれて(いや、物理的にはコーラか。)、僕の頭はすっかり仕切り直された。
「や、やあ」
僕の口から出てきたのは、悪態でも何でもなく、素っ頓狂で、繕うような言葉。
きっと、ばつが悪いのだ。
「似合う?」
「…客観的に見て、似合ってるんだと思う」
僕は見惚れていることを、客観を盾にしてはぐらかした。
綺麗だと、そう素直に思ったのだ。
だが、その感情が言葉に表れることは無い。
十年間という連続は、その感情に蓋をするには十分な期間だった。
不意を突かれ、溢れかけた感情は閉じ込められた。
いや、閉じ込めたのかもしれない。
僕の頭は沈着した。
「客観的って何よ。あたしに見惚れたでしょ」
「客観的に綺麗だとは思う。似合っているとは思う。それだけだよ」
「もう。少しくらい感想言えっての」
「それより、なんで浴衣?今日は昼食と映画じゃなかったか」
「夕方は夏祭りがあるじゃん」
「そうじゃなくてさ、どうして祭りに行くつもりだと言わなかったのかって聞いてる」
「だって、お祭り行くって知ってたら、何かさ、驚きっていうか、ネタバレっていうかさ?」
「?」
神咲はバッグから何かを取り出した。
取り出したそれをこちらに放り投げる。
白い個包装――ちゅぱちょんキャンディだ。
"Milk flavor"、とある。
「飴ならいらないって」
「「ばーか」」
「よく反省することだね」
「「ばーか」、って…」
やはりこの、飴言葉という慣わし、もとい、神咲遙香という幼馴染は、土台分からない。