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響歌


 森の中、二方向から互いに近づいていたリリスとイシスは、それぞれ魔道士を倒したすぐ後に探し人の無事を確かめる事ができたのだった。


 茂みを掻き分けた瞬間、互いの姿を認め、息をのむ二人。

 あぁ、無事でいてくれたのだとリリスは感極まり、文字通りイシスに飛び込んでいった。

 イシスの方はそんなリリスの動きに驚きつつも足を止め、その勢いで彼女が怪我をしないようにとぶつかる瞬間少し体を後ろに移動させながらその身を抱き止める。

 二人はただただ無言でぎゅうっと互いを暫し抱き締め合う。イシスの肩には栞で作った小鳥が柔らかくとまり、そんな二人を祝福するかのようにさえずった。

 後続の騎士たちは、そんな二人を驚き半分、祝福半分の気持ちで見つめる。イシス付きの騎士でリリスを知らない者は一人も居ない。

 無感動にも見えていたリリス。

 彼女の行動は、彼らの予想を遥かに越えた場所に着地してきた。


「イシス、怪我は?魔道士にあったりしなかった?」

「お守りのお陰で怪我はないよ。魔道士は二人切り伏せて来た。」


 端から見たらとても感動的な恋人たちの再会なのに、耳元で話される言葉に甘さはなく、ずいぶんと現実的な会話が展開している。

 互いに身を離すとずいぶんイシスが汚れていることにリリスは気がついた。


「イシス…怪我…」

「だから、無いよ。」


 じっと見てくるリリスに苦笑して、全部返り血だよと伝える。

 お守りの効果が強かったから自ら盾になっていた…という事は話すつもりはないが、リリスが素早く他の騎士たちに視線を滑らせた事で気付かれたなと察した。


「急いでここから離れたいけど、重要な話を聞いてしまったから、あと数ヵ所、要を潰してきたいの。イシスは安全なところに待避していて。」

「何いってるの?それこそ僕の仕事でしょ。リリィは後列で守られててよ。」

「だめ。イシスの安全が一番。」


 珍しく…いや、こんな強固に言い募るリリスは初めてで、イシスは戸惑う。


「一体どうしたの?」

「何が?」

「いつもだったらそんなに言い募らないよね。何かあったの?」

「ん…何も、無いけど…」


 強固に意思を変えようとしない事をイシスに聞かれ、リリスは頬を染めて視線をそらした。

 そんな表情もはじめてだ。

 イシスはゆっくりと眉間に皺を寄せ、その顔をじっと眺める。

 ほんの数日、離れていた間に彼女に何が?自分のいない間に訪れた変化とは?と、頭の芯が冷たくなるような感覚。


「とにかく、それは僕の仕事。譲れない事だよ。」


 ぐっとリリスの細い肩を掴むと、イシスは首を振る。リリスといる時には見せたことのない厳しい顔に、リリスは息がつまって返事ができなかった。イシスを初めて恐いと思った。でも、リリスはリリスでイシスを守ると決めて来たのだ。引き下がるわけにもいかない。それは、絶対だ。

 捕まれた肩に手を伸ばし、リリスはイシスの手に触れた。


「私も、譲れない。イシス、危険なところに行かないで。」


 言った途端、古い古い物語がフラッシュバックし、リリスはほろりと涙を溢した。


「私にイシスを守らせて。どこにも、行っちゃやだよ。」


 一粒涙を流してしまえば、後は勝手に流れるものらしく、次から次へと大粒の涙が目から落ちていくのをリリスは止められず、滲む視界の向こうのイシスをじっと見上げ続ける。

 その視線を受け止めながらイシスはリリスの想いがどこから来たのかわからず混乱する。


 城下から連れてこられた小さな少女は、研究以外に興味がないらしいともっぱらの噂で、暫く経って我慢できずに実際に会いにいってみれば、噂以上に掴み所のない少女であった。


 自分の事に頓着しないが、生活リズムはきちんと守る。

 人の言葉に興味はないが、受け答えはきちんとするし会話もスムーズ。

 研究の邪魔さえしなければいつでも柔らかくこちらの事を受け入れてくれるが、何をしていようと関心はない。

 手を握れば握り返され、手を離せばそのまま自分の時間へすっと帰っていって振り向きもしない。


 そんな、何年も変わらない、変えられない人だった。


「私は、強いよ。今の私ならイシスを守れる。」


 頭を殴られたような衝撃。イシスは知らず、手に力を入れてしまう。その手のひらの下にはリリスの細い肩があると、すっかり頭から抜け落ちている。


「うっ…」


 漏れる呻き声と、耐えるような顔。

 リリスの様子にやっと自分が彼女の肩を強く掴んでしまっていると気がつき、イシスは慌ててその手を離そうとするが、ぎゅっとリリスが重ねた手を握って来た。


「ごめん。リリィ」

「良い。イシスなら、何でも良いの。」


 二度目の衝撃。


「リリィは…僕をどうしたいの…」


 ぐったりと、リリスの肩に乗せた互いの手の上に額を乗せて、深い深い溜め息をつかざるをえない。何に試されているのだろうかとイシスは色んな気持ちが溢れて仕方なかった。


「どうって、安全なとこに、居て欲しいよ?」

「そうじゃない…」

「ごめん。言いたいことがわからないよ。」


 なぜ彼女はこんなにも情熱的な気持ちを向けてくれた後なのに、こちらの気持ちが全くわからないのだろう。髪の時と同じ反応。

 やっぱり好きなのは自分だけなのだと思い直し、イシスは顔を上げた。


「どうもリリィの気持ちを変えるのは難しそうだ。要というのは、後何ヵ所?」


 目星はつけてるんでしょ?と、イシスはリリスから情報を聞き出す。リリスは、イシスの来た方向と、魔道士のいた距離を確認し、地面にガリガリと図をかきはじめる。


「私の予想になるけど、断片的な情報から推測したのは、地場を乱すことでモンスターの移動を促し、誘導してるのだと思う。だから要の周囲もそういう罠をかけられたんだろうし。」

「なるほど。あの時森からモンスターが溢れたのはそういうことか。」

「地場の乱れた範囲は上空から一度確認してある。だいたい四角形になる形で、私とイシスの来た方向と距離から、推察した要の位置はほぼ間違いないと考えて良さそう。東西南北に頂点を置いた要のうち、西と南が削れた計算になる。」

「残りは東と北か。」

「私が倒した方は、他の要と連絡を取って指令を受けていたように見えた。司令塔に置くならたぶん北。」


 推測と言いながら、今いる場所から計算される方向と距離を具体的に地面に書き込んでいくリリス。

 イシスと側近はそれを覗き込みながら作戦をいくつか考えるも、さて、それはリリスに受け入れてもらえるものだろうか?と、先ほどの強い姿勢を思い出して首をかしげる。

 よく知っているはずのリリスなのに、ここに来てその思考が全くわからない。


「リリィ、君は自分がやると言うけどここは一緒に要を潰す事を優先しない?」

「…」


 眉間にシワを寄せるリリスに、困ったな。と笑いながらイシスは言葉をかき集める。


「要が無くなれば戦況も好転する。僕が連れてきた部隊はほぼ無事なまま将軍のところに据え置かれてると思う。小競合いを潰し終われば城に帰れる。ね?これが安全なとこに帰る一番の近道…でしょ?」


 言い含めるイシス。その言葉は正しい。

 しかし、事実や現実とは違うところで気持ちがままならずリリスは迷う。

 イシスを守る。

 それだけ叶うなら…それだけが叶えたい事だから…。

 しかし、イシスがここまで言うのだ。


「……わかった。イシスは私が守る。だから連れてって。」


 暫しの無言の後、やっとリリスは頷いた。

 周囲の騎士たちは安堵に息をはき、イシスも笑顔をこぼした。


 それからの動きは慌ただしいものだった。

 隊を二つに分け、東と北の要に向かう事とし、イシスの隊は人数を最小限にした上でリリスを入れ、もう一つの部隊にはリリスからの守護の術式を振りかけた。


「悪意あるものを何でも弾くけど、触媒がないから三回までしか弾かない。」

「盾役を入れ換えながら確実に殲滅するように。」

「はっ!」


 東へ向かう部隊と分かれ、イシスとリリスの部隊は北へと向かう。

 ふわりと浮かぶリリスは、そっとイシスに寄り添う。


「不謹慎だけど…」

「うん?」

「ローブが羽の形になってるからかな。リリィ、天使みたいだね。」


 ずいぶんと緊張感のない部隊になったなと、側近たちは笑いを必死で噛み殺した。




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